19・豊稔池
マルチプルアーチダム。それが豊稔池に採用された形式。
アーチダムというのはその名のとおりだが、技術的にアーチが難しいほど広い場合にアーチを複数連ねて造るのが多連アーチダムである。
特に、コンクリート技術が乏しく、石積を多用しなければならないこの世界だと、マルチプルアーチダムは現実的な選択肢となる。
ただ、強度はアーチダムに劣り、地震にも弱いとされていることが気にはなるが・・・
「東は地震は多いのか?」
ダムを造る前、まずは豊音ちゃんにその辺りを聞いてから構想を練ることにした。
「本島は殆どないの。火山も無いから揺れる元が無い。小頭や女木は火山があってしょっちゅう揺れておるそうじゃ。屋島は元々大陸の一部じゃから揺れることも無いらしい」
「じゃあ、過去にも地震は無かったのか?」
「記録にはなかった筈じゃな。女木は何度か山が崩れるほど揺れたりしたらしいがの」
そうすると、東は日本ではなく、英国みたいな立地と考えた方が良いのかもしれない。考えてみれば、なだらかな丘陵地が広がる地域と山岳地帯が控える構図はマサに英国。イングランドとスコットランドみたいだ。すると、女木はアイスランドかな?小頭と屋島は該当するところはないが・・・
「少なくとも、東建国から2000年、大きな地震は無かったわけか」
「そうじゃ。初代さまは地震を前提に遺言されておるが、学者も今のところ、大地震は心配ないと言うておる」
「山脈の南が切り立っているのは向こうに断層とかあるんじゃないのか?」
たしか、スコットランドも断層ではなかったか。フィヨルドだっけ?
「あれは侵食崖だそうじゃ、山自体が険しいじゃろ?あれは硬い岩盤が侵食されて出来たものらしいぞ、海もすぐには深くならんそうだしの」
なるほど、ってか、豊音ちゃん、やけに詳しいな。
「豊音はなぜ、そこまで詳しいんだ?」
「なに、南岸開発が出来ないか考えておったこともあるからの。じゃが、これと言った妙案は出てこなんだ」
「今すぐは無理だろうけど、技術が進歩したら、南岸に巨大ダムを造って水力発電やるのもありかな」
「発電所?池で発電なんか出きるのか?」
「デカさが違うよ、コンクリート技術が進歩したら、高さ200メートルとかの堰を造れるからな。地震が少ないなら、岩石積み上げるのもありだが、それには大型機械を開発しなきゃ無理だからな」
「高さ200メートル・・・」
豊音ちゃんは絶句していた。ただ、今造るのは高さ30メートル程度だけどね。
そんなわけで、満濃池と豊稔池の建設構想を伝えたわけだ。ちょっと時系列が前後したが、気にしてはいけない。
豊稔池にたいして満濃池は堰堤長は倍近くなる。
豊稔池は5連アーチたが、満濃池は12連アーチくらいになるだろうと技術者は言っている。
さて、なぜ、石積アーチしなんかにしようとしたかって?それは実物を両方とも見たからとしか言いようがない。
不良老人に連れられて香川県を回ったのだが、ウンチク好きな彼が得意先まわりのついでに寄ったのだ。満濃池と豊稔池の説明も、その受け売りだよ。そうそう、マルチプルアーチダムってのは、日本では豊稔池と宮城にある2連アーチの大倉ダムの2ヶ所しかないそうだ。
大倉ダムは至って普通の意匠だが、豊稔池は石積のため、まるでヨーロッパの古城を思わせる。
満濃池は土の堰堤だから、これと言った印象がない。川を塞き止めていると聞かなければ、満濃池がダムなんだとさえ思わなかったくらいだ。
そう、象頭から少し山手に行くと見えてくる谷間、そこに造るのだから、土の堰堤よりも、石積マルチプルアーチの方が迫力が出ると思わないか?
少し興味を持って調べてみたら、欧米のマルチプルアーチダムは意匠がすごかった。石積では欧米のダムみたいには出来ないだろうが、豊稔池の迫力は再現できるだろう。
技術的なことは丸投げだから、後は見守るしかない。さて、そろそろ石油発動機が出来そうだ。