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12・想定外

 缶詰のカシメ方は決まった。ただし、器具の完成はかなり先になりそうなので、内容物に混入しないようにハンダ付けして試作を進める事になった。

 圧力釜は蒸気機関の技術から応用して早々に完成した。121℃でどうなるか、幾つか実験して、今から作れるか試している。

 そんな合間に農務技術者と話をしていたら、驚愕の事実に突き当たった。


「えっと、無いんですか?」


「その様な話ははじめて聞きました」


 なんという事だろう。石油発動機さえ完成させれば色々すぐに動かせると思っていたが、これは想定外だ。


 実はこの世界、未だに唐箕や千歯こきが存在しないらしい。


 唐箕というのは、こき取った穀物やマメなどを風の力で選別する農具で16世紀の中国で確認されている。日本にも元禄時代に入ってきた記録がある。つまり、18世紀には広まり出した農具であり、蒸気機関があるような世界じゃ当然だと思っていたのだが・・・


 千歯こきについては分からないでもない。


 こっちは日本で稲作のために生まれた農具である。しかも、行商人が広めた農具であり、東に無いのも仕方ないかもしれない。が、やはりそれはそれでおかしい気がする。なにせ、敷物の上で叩いたりこぎ箸などで時間をかけて脱穀していると言うのだから、時代錯誤も甚だしい。方や近代、方や古代って、どうよこれ・・・


「そうなんですが、鉄製品については古代より受け継がれて来たもので、蒸気機関についても鍛冶屋には口伝としてその基本的な構造が伝わっていたものです。きっと、初代様が技術が整った暁にと口伝されたか、今はなき沖の社に書き残されたのだと思っております」


 そんなことを言われた。


 つまり、高台に街を作ったり、蒸気機関を伝えるくらいだから、初代「伝承の者」は、明治辺りのうどん県民だったのかもしれない。それでも辻褄が合わないが・・・


 何れにせよ、石油発動機以前に唐箕と手動式脱穀機を作っておかなければならない。唐箕ならば、図面さえあれば大工が作れる代物だ。あと一月そこらで麦の収穫らしいから、今から広めたらすぐにも効果が出るだろう。

 脱穀機の方は今年は試験だな。モノは木で大半を作れるから材料の問題はないが、こぎ歯の配置や枚数はやってみないと分からない。


 ただ、千歯こきには後家倒しという異名がある。脱穀はこき箸などで相当な時間や労力を使う仕事だったが、千歯こきはその多くを奪う事になったので、多くの人を困らせた一面もある。脱穀機となればさらに10倍ちかく能率を上げてしまう。脱穀が数時間で終わる簡単作業に変化する。それはとりもなおさず「大騒動」だ。

 一応、既に近代化をはじめている都市部に溢れた人達を吸収する余地がいまのところありそうだが・・・


 宮に帰って改めて豊音ちゃんにも聞いてみたが、やはり、伝承の者が2000年前には無いようなモノを作り出し、或いは伝えて東は発展したらしい。その時には実現しなかったのが蒸気機関や鉄船で、それらが実現したのはこの100年程度の事らしい。


 そして、蒸気機関や鉄船が作れるのは、東以外は交易により伝播した中しかない。それ以外の地域は蒸気機関を知らず、鉄船の技術など未だ無いのではないかとのことだった。


「海面上昇が全ての発達を止めたようなもんじゃ、わしの一族にも大した話が伝わっておらんのも、初代が降り立った場所、今は海の中に本来の国の社があって、多くの物をわしらも失った。もしかしたら、社の書物が健在なら健太の事もわかったかもしれん」


 豊音ちゃんもそんなことを言った。つまり、俺が19世紀半ばと思っていたのは初代伝承の者による中途半端なチートの結果らしい。その影響下にあるのは東と中、中と密接な関係にある基くらいで、それ以外の国々は程度の差こそあれ、未だに16世紀以前に相当する国が大半だろうと思われる。


 この世界で大航海時代を演じているのは東と中なのだ、西方平野は半ば水没し、中世に至った国すらルーテシアしかないと言うのだから・・・


 ウルムは遊牧騎馬民族、いわば、未だ13世紀の話が展開されていると言って良いかもしれない。この時代錯誤感は本当に想定外・・・


「で、健太、話を逸らさずに早よ習い事を始めんか」


 うん、忘れていた。俺がこっちの文字を読めたらもっと早く世界の状況を把握出来たかもしれん。頑張ろう。


 何だかんだで遅い開始となり、気が付いたら豊音ちゃんはウトウトしている。


「もう、お開きにしよう」


 俺がそういうと頷くだけで立ち上がれない。仕方がないので今日は俺の部屋で寝かせることにした。嫁だし、問題ないだろ。寝てる相手にはなにもしてないぞ。


 朝起きると、寝相の悪い豊音ちゃんが布団団子を作っていた。


「豊音、朝だぞ」


 なかなか起きない。丸まっているから布団も容易に剥がせない。なんとか布団を剥がすと、いや朝からそれはないでしょ・・・


「おはようございます」


 タイミングの悪いことに女官さんの登場である。


 扉を開けて挨拶をして、そっと閉められてしまった。いや、そうじゃないから!

 俺は慌てて豊音ちゃんを起こして女官さんに引き渡した。


「巫女、まずは風呂へ」


 寝ぼけながら女官さんに連れられていく豊音ちゃん。


 朝食は何事もなかったかのように行われている。いや、俺と豊音ちゃんには何事もなかったから当然だが・・・

 時間が押している豊音ちゃんは手早く食散らかして朝の御祈りへと向かった。今日も団子だったが、以前より綺麗な食べっぷりだったよ、服は汚さなかったからな。


「高鉢さま、少々お時間をいただけませんか?」


 そこに居たのは女官長だった。

 今日は特に予定はない。快く受けると後で部屋へ来るとのことだった。


「今朝も先日同様、巫女に手を出しておられませんね」


 なんの話かと思ったら、これである。俺は返答に困って目を泳がせる。


「確かに、巫女は年相応とは言えません。幼く見えます」


「いや、俺、合法ロリはストライクゾーン」


 それだけは即答した。豊音ちゃんは可愛いし幼児体型で大して出るとこ出てないが、それが良い。


「ごーほーろりとはよく分かりませんが、巫女に魅力を感じると言うのならば、私から言うことはございません」


 えっと、どしたの?


「本来、巫女が婿を迎えるのは婚儀の夜です。婿が名を伝えられるのもその時になります。しかし、高鉢さまは『伝承の者』として御降臨の際に名を伝えられております」


 ふむ、そうだ。


「本来であれば、宮に男が入るのは婚儀の後。高鉢さまは異例なのです。更に、『名を知る者』である貴方さまを巫女から引き離す事もできません」


 そうだったんだね。何となく分かってはいたが・・


「高鉢さまは巫女に手を出してもよろしいのですよ?既に3ヶ月になります。先に申し伝えておきますが、高鉢さまに接する女官は全て既婚者です。貴方さまが手を出すのは双方に不幸をもたらします」


 なんか、話が怪しい・・・


「べ、別に女官達に手を出そうなんて考えてないですよ、俺」


 俺、そもそも女性が苦手だ。女官長ですら30代か40前半でしょ?綺麗な人だから魅力的だけど、それが逆に・・・、他の女官達も美人揃い。女好きなら天国なんだろうが、プチコミュ障で素人童帝の俺には居場所が無いんだよ。


「あの、ひとつ聞きたいんですが、巫女は知識があるんですか?」


 昔の世界で姫様が結婚以前には性知識を与えられないとかテンプレだからな。


「市井での事は分かりませんが、我々は一切お伝えしておりません。婚儀の直前に初めて伝えるのが宮での仕来りです。巫女についても同様です。婚儀以前にお手を出すのは構いません。もし、高鉢さまが婚儀まで純潔を旨とするならそれも構いません。ただ、女官は相手をしませんし、巫女の名を知る高鉢さまは遊廓への出入りも出来ません」


 そういえば、誰も俺を遊びに誘って来なかったのって、そういうことか・・・

 何だろう。普通、特権階級はハーレム可な筈なのにこの国ではトップが女性で、一夫一妻制、そのくせ周りは美人揃い。欲情したら嫁とイチャついてろって事か。

 悪いがヘタレな俺にはこの状況も想定外だ。


「あ、あれだ、婚儀まで純潔を守るって、ほら男らしいし、ハハ・・・」


 完全に目が游いでいたよな・・・


「わかりました。巫女の事は高鉢さまに一任します。巫女に何かあればこちらで対処は致しますが、乱暴なことはなさらないでください」


 うん、なんか誤解された?それも含めて想定外だよ!

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