聖女降臨
現在・・・
「クロン君……」
「懐かしいな。あれから2人だけでクエストなんてほとんどなかった」
「あんなこともあったしね」
やや頬を膨らませ、顔を赤らめつつも唇を尖らせるクレナ。
あの事がどのことかしっかり分かっているクロンは後頭部を掻いて苦笑した。
「悪かったって。ていうかまあ、間違えたそっちにも――」
「間違えるでしょ! その顔よ!?」
「はいはい分かったよ。で、どのクエスト……九頭竜ナインスロートって……高難易度のレイドボスバトルじゃないか。しかも発動してまだ時間が経ってない」
クロンは驚愕しながら、クエストが書かれたぼろ切れを指で撫でた。
レイドボス――多人数によりようやく討伐が可能なレベルの強力モンスターの総称。
複数のユニットで戦うもよし、人数制限全てを自分のユニットでも良い。
ちなみに今回の最大参加可能人数は12人。
なぜ、このクエストがクロンを驚愕させたか。
まず、レイドボスクエストの発令そのものが珍しい。そして、この九頭竜ナインスロートはかつて数度発令されている。
その時何度も叫ばれた言葉がある。
ナインスロートは12人で倒せる相手ではない。
確かに当時の環境は最大レベルがいなかったということもあるが、最初は誰も参加せず、2度目の発令では7回の討伐作戦が行われ、1度しか成功できなかった。
「サークルナイツはこれをやるつもりか?」
クロンの問いに、彼女は目を伏せて首を横に振った。
「ようやく戦力が整ってきたところだけど、まだ早いっていうと思うわ。リーダーは責任感が強いから」
すぐに、金髪のイケメンがクロンの頭に浮かび上がった。確かに、アーサーなら危険をわざわざ踏もうとするような行動はしないだろう。
「なら、どうするつもりだ? 確かに前回に比べて君は倍以上レベルが上がっている。だけど死ぬ確率の方が高い」
死ぬ。
あまりに簡単な話だが、この世界で死ねば死ぬ。デスゲームの基本だ。
「でも、このモンスターだけは……倒さないといけないの」
「第1回の討伐戦、だな」
つい懐かしい昔を思い出そうとした時、表側が騒がしくなった。
「あの、止めてください! 私初心者で……」
「良いって良いって、俺たちが教えてやるから」
「そうそう。初心者ならなおさらだって」
「でも私は――」
「なあ、あんたら、その人、俺たちの連れなんだ。放してくれないか?」
クロンは掲示板から目を離さないまま、後ろに声をやった。
声を聴く限り、女性1人に男性2人が絡んでいるらしかった。よくある初心者勧誘。その上、女性を自分のユニットに入れることでマスコット化しようと言う魂胆が見え見えだった。
「なんだと? 嬢ちゃんも一緒に入るか?」
「確かに可愛い……おい待て、もう片方、疾風クレナだ」
「な……テーブルナイツの……」
「顔は覚えたわ」
にっこりとほほ笑んで、語数以上の恐怖を含んだ言葉を吐いたクレナ。男たちは小さな悲鳴を上げて、へらへらと笑いながら消えていった。
小さく「すいませんしたっ」とか言っていたが、クロンは意に介した様子もない。
「大丈夫? 変なのに絡まれるから、装備は早めに変えた方が良いよ?」
クレナが掲示板から離れたので、クロンも視線を背後に向けた。
美しい女性が目に入った。長い艶やか金髪。初期装備の白い服を纏っているが、少しだけアドベンチャーしないと手に入らない杖を握っていた。
とにかく困ったような表情で、安心、というよりは焦っているように見える。
彼女の様に初期装備をしているのはほぼ間違いなく初心者だ。
デスゲームが始まって1年、まだまだ恐怖から冒険に出ることが出来ない人々はたくさんいる。
そんな初心者を狙って都合よく利用する輩もまた、そこそこの数がいる。
「あなた、お名前は?」
「ミュウルです」
思わず苦笑したクロンを、クレナが足蹴にして黙らせた。
この世界における名前は、クロンの見立てでは実際にゲームをプレイした時に選択するであろう名前が付けられる。
つまりミュウルは本名がどうあれミュウルとしてプレイする。そのネーミングセンスに思わずクロンは苦笑したのだ。そしてそれは、確実に失礼である。
「ミュウルさん。多分あのへんなのはもう寄ってこないから安心してください。ええと、どこのユニットかな……。良かったら私たちが送りますよ」
「えと……あ、そのクエスト」
ミュウルが目を向けたのは、クロンがいじっていたクエストが書かれたぼろ切れた。
そう、九頭竜ナインスロートのクエストだ。
「私、それに行きたいんです」
クロンとクレナは顔を見合わせて、ほとんど同じタイミングで頷いた。
『無理』
「そ、それは百も承知です! それでも私は……」
一層焦りを増した表情になった、無謀な初心者ミュウル。
クロンはグロックを引き抜いて素早く安全装置を外す。カチャカチャと機械的な音が数度鳴った後、誰もが気付けば、銃口はミュウルを捉えていた。
「え……」
「君に、死の淵を覗く覚悟はあるか?」