死
「波状攻撃。魔法使いは、テリューに防御系バフを」
「それはどの子ですか!?」
「黄色い竜。雷雲竜テリュニアルバールドラゴン」
羊の角のような角を持った黄色い竜、テリューを前面に立たせたライム。
ミュウルはと言えば、ライムが適当につけたモンスターの名前を覚えるのにシックハックしていた。
ライムが連れて来た竜は、ライムの職業テイマーによって手懐けられたものだ。
ちなみに、テイマーがモンスターを手懐ける条件はモンスターを倒す事。
雷雲竜は言うなればナインスロートと同じような強さを持つモンスター。
他の二匹も同じレベルで、ライムがずっと前から飼い馴らしている。
ナインスロート戦で持ち込まなかったのは、倒される可能性があったのと、雷雲竜以外は新顔だったため使い方が分からなかった。
「出し惜しんでもいられないわね」
雷、水、炎の三属性のブレスを浴び、一瞬アストンオートが怯んだ。
あまりに強く強大な力を前に、ライムは舌打ちして大剣を抜くと、瓦礫の一部に飛び乗った。
「あんたらはそのまま私諸共攻撃しなさい。こいつを殺すことを優先!」
ドラゴン三匹はライムの言うことを忠実に守り、惜しげもなく容赦ない攻撃を放ち続けた。
空を舞う三匹に翻弄されながらも、全く攻勢を弱めないアストンノート。
町の壁を抉る前にライムが押しとどめてはいるが、足りない。
すぐにミュウルたちがバフで防御アップや体力アップを施すも、それを超えてくる。
「……私の体力はレッドゾーンのままで良い。死ぬ直前に丁度良く回復させて!」
「何を言ってるんですかライムさん!」
「私は、死線を潜り抜けることで強くなる!」
「ミュウルっち、ライムっちの特技は喰らうだけ喰らってパワージェムを打ち込むこと……信じて!」
ナギハはアストンノートのウィークポイントを探し続けたが、全体をカバーしているドラゴンのどれも当てていないように思えて見つけられていないようだ。
かくいうライムも見つけられていない。瓦礫に降りて本体を攻撃しているが、HPにダメージが入らない。
「部位破壊しないといけないわけ? あの、なんか小さいキモイ奴の」
「端末で良いんじゃない? ほんと弱点っが! ちょ!」
ナギハも決して安全ではない。影の手がナギハを襲い、ついでに壁の一部を剥いだ。
「この壁……もろい……」
「クラッススさんの目的が見えそうですね。それよりも、どうすれば……」
「あんたは黙ってバフをかけなさい。こいつは私が叩く!」
大剣を振るい続ける。スピード勝負では勝てない。一撃必殺で確実に倒す。
筋力特化のライムが編み出した戦術だ。なのに決めきれない。
「テイマーで攻撃は避けられても、私が決めなきゃいけない。なのに……!」
どうやったって、災害獣はひとりでは倒すことが出来ない。
それをひとりで倒そうとしているライムは不可能を可能にしようとして苦しんでいる。
「フィア!」
赤色ドラゴン、火焔竜フィアルナーガが被弾……光の粒子となって消えた。
テイマーとしての意地すら打ち砕かれた。
ライムのHPバーは半分以上で止まっている。足りない。デッドラインに到達できなければ、ライムの力は発揮されない。
「アイル!」
氷豹竜アイルレードドラゴンが、アストンノートの巨大な口に飲み込まれた。
一匹、また一匹と消されていく。その度に、ライムの自信が消えていく。
テイマー。この世界で唯一の職業。テイマーの職業適性が発生する条件はただひとつ。
自分よりレベルの高いモンスターを倒し続けること。自殺行為を続ければ手に入る力。
だから誰にも教えなかった。そのお陰でライムは最強足り得た。
でも今、さらに圧倒する力が町を滅ぼそうとしている。足元で、または町の中で、何人死んだのか見当もつかない。
「でもね、私はあんたを倒して、まだ最強であり続ける! 言っとくけど、私は、この世界で、生きると決めたんでね!」
ライムにとってここに来る前の世界なんて端からどうだって良かった。
この分かりやすく、シンプルな世界で生きていくことを決めた。
「だから、倒れろや!」
大剣を振るい、《パワージェム》
一撃必殺はしかし、アストンノートの端末をいくつか倒すに終わった。圧しきれない。
敵があまりに強大過ぎる。
歯噛みをして、痛む手を無視して、無理をして、それでも決めきれない。
当たり前の結果だが、ライムは納得しない。
「私の――」
アストンノートの瞳が輝き、ライムへ向けて巨大な口を開いた。
口の中心部で光が収束していく。見慣れた光景だ。どうせこの後レーザーでも撃たれるのだろう。
完敗だった。初めて、負けを認めざるを得なかった。
突っ込んだ上にこの様だ。きっとクロンは笑わないだろう。悲しんでくれるかどうかわからないが。
覚悟を決め、切っ先を地面に向けた時……黄色い背中が眼前に迫った。
「え……」
「グルルルル――」
雷雲竜テリュニアルバールドラゴンが低い呻きを上げ赤いレーザーを受け止めた。
迸るエフェクトがまるで鮮血のようにテリューを襲った。
片手で何を掴もうとしたのか、ライムには分からない。
ただ結局、彼女は空気どころか光の粒子も……テリューの声すら、掴めなかった。
不甲斐なさだけが、握り込んだ拳の中に残った。
「……ごめん」
ライムが取り出したのは投げナイフだ。ダメージはないに等しい代わりに睡眠効果がついている。
もちろん、ボス系のモンスターに食らう攻撃ではない。ライムが投げたのは……ミュウルだ。
「つ……」
よもやライムから攻撃を受けるなんて思っていなかったミュウルはあっさり被弾。睡眠効果で眠ってしまった。
「ライムっち!」
全てを目撃していたナギハが困惑と共に叫んだ。
「回復なんていらないのよ。私は、いつだって死線を彷徨ってきた。ナギハ! あんたそろそろ弱点分かったんでしょうね!」
「え、あ、たぶんじゃけえ、確証がないんよ」
「構わない。あんたを私は信じる!」
「あの、アストンノートの体の中に核があって、それが移動してるんよ。光系の攻撃を受けた時、庇うことがあって、それがバラバラだったから」
「わかった。……クロンに伝えて。あんたに一度は勝ちたかったって」
「なんで……自分で言えばいいじゃん! いやだからね、僕が自分でそんなの!」
ナギハの意思などお構いなく、ライムはアストンノートの攻撃を微妙に食らった。
完全に避けるわけでもなく、喰らうわけでもない。ライムが狙っていたのは、おおよそ馬鹿なことだ。
HP残り1――
ライムが目指したのは、パワージャムが最も力強く機能する瞬間だ。
そしてその時は来た。あまりに愚かな行動だが、とうとうライムはやってのけた。
一撃でも喰らえば終わり。それはゴブリンでもボスでも関係ない。終わりなんだ。
「さあ、あんたと私、最後の戦い!」
核がどこにあるかはさっきまでの戦闘で把握できていた。あとは、ありったけの力で剣を振るうだけだった。
「はああああああ!」
巨大な渦の中でたった一つの宝石を探すようなものを……成し遂げた。
確かにとらえた手応え。核に大剣がダメージを与えた。今まで三匹のドラゴンを失ってようやく入れたダメージも相まった。
ライムの決死の一撃により、災害獣は……討伐された。
しかし、その代償は大きかった。
「な――」
「ライムっち!」
死の間際、ライムを襲った強烈な一撃。最後とばかりにアストンノートが放った一撃は……ライムを飲み込んだ。




