酒場でパーティー乾杯!
「それでは! 【四竜の塔】第27層の攻略を祝して、乾杯!」
『乾杯!』
青い鎧をつけた剣士の男が乾杯の音頭を取ると、酒場のあちこちでジョッキを打ち付ける音が響き渡った。
クロンは頬杖をついて、ちびちびとアルコールを口に運んでいく。
勝利の美酒に酔えるような感じではない。なにせ、クロンはボスに触れてすらない。
「お待たせ、クロン君。ごめんね、ごたついちゃって」
と、人垣の奥からクレナがジョッキを持ってやってきた。装備はついさっき27層で着ていた赤い鎧風装束。ギレットドラゴンのクラスだ。装備地だけでBランクがAになる程度にはレアもの。
「いや、気にするなよ。それよりいいのか? 俺がここに来ても」
「良いんじゃない? 一年近く経つけど、君がレベル50だってこと知ってる人は少ないし、SSSだって知ってるのは……本当に少数じゃない?」
「まあそうだけどさ」
「それに、クロン君がいなかったら、被害は甚大だったし、最悪倒せなかった。最初から攻略に参加してくれたら――」
「やらないよ。デスゲームはこりごりだ」
クロンは長い髪をいじりながらジョッキを口に運んだ。別に格別美味しくはない。
「君は良いのか? 自分のユニットに行かなくて」
大手攻略ユニット《テーブルナイツ》に所属するクレナは今頃引っ張りだこになってもおかしくない。そうでなくてもかなりの美人だ。引く手は数多だろう。
「うちのリーダーが代わりに引っ張りだこよ。それより、ありがと」
「俺は何もしてないよ。大群をキルしまくっただけ。クリアしたのは君たちの力だろ。27か……あと何層あるんだろうな」
「分からない。円柱と言うよりは逆三角柱みたいな建物。その外観と中身は合ってない」
「そうだな。100層あってもおかしくない。さて……帰るよ」
「え、なんで? もっと一緒にいたらいいのに。今はうちのユニットのおごりだよ?」
「だからだよ。俺はこの場に相応しくない」
「飲みな」
「遠慮する――」
「話を遮ってすまない。クレナ君、今回の遠征で君の報告書に2,3、疑問があった」
クロンたちのテーブルに入ってきたのは、ついさっきまで注目を浴びていたアーサーだ。
金髪に綺麗な瞳。男から見ても端正で憧れる程の美青年だ。
「リーダー。そんなの、あなたじゃなくとも別の人が聞きにくればいい事じゃないですか?」
「ああ、その通りだ。回りくどい事をしてすまないが、今の反応でわかった。ボス戦の中盤から姿を消した理由を教えてほしい」
「私の役目は遊撃です。部隊を率いているわけでもなかった」
「そうだ。私は君のその強さを高く評価した。集団を統率するためには、信用することだけではいけない」
「なにが聞きたいのですか?」
「なにをしていた?」
アーサーは正義そのものだと、クロンは感じていた。
正しい事を頭ごなしに言うのではなく、説明してくれる。ただ、自分が正しいという大前提で。
クレナは追い込まれ、同時にクロンも追い込まれていた。だから、顔色が窺われないようにジョッキをずっと口につけていた。
クロンと戦っていたことがばれれば、クロンがSSSクラスだとばれる。
また、デスゲームをさせられる。
「戦っていました。多くのスポーンモンスターと」
「納得いく。君のステータスは余りある」
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名前:クレナ
職業:剣士【S】
ランク:S
レベル:50
HP:2300
MP:1500
筋力:2000
敏捷:3000
スキル《多連攻撃》《超耐火性》《二刀流》
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剣士適正がSランクな上に装備している防具がかなりレア。
クレナはこの世界において数少ないレベル50であり、稀少なSランクだ。
確かに、その辺で無双していてもおかしくはない。
「私も、頑張ったってことで良いですか? あの、ホント疲れるんですよあれ。ずっと湧いてくるから」
「ああそうだろう……君がこの戦いのヒーローだ。改めて表彰の機会を設ける」
「いやいやいやいやいや」
クロンを守るために嘘を言ったが、これではまるでクレナ無双伝説だ。
「集団の統率、組織とはそう言うものだ。さすがは《疾風》クレナだ。ところで……邪魔をして悪かった。お嬢さん」
一瞬誰のことを言っているのか、クロンは視線の先を辿るまで分からなかった。
アーサー、それに、今にも笑いだしそうなクレナが自分を見ていることに気づいた。
気づいたからと言って、すでに空のジョッキを口から離す以外出来ることはない。
問題だ。容姿を理由に変な目立ち方をしたくはない。
「あ、はい。私、クレナさんの友達なんです。最近、ようやく外に出始めて」
甲高い声が自分の腹から出てきて寒気がした。俯いて必死に笑いをこらえるクレナの震えが机を伝ってくる。
「そうか。最近、外へ出る人間が増えて進歩を感じる。彼女が友なら安心だろう。楽しい歓談を邪魔してすまない。では」
アーサーの背中を見送ったクロンは机に突っ伏した。もたれた机のざらつきが一気に酔いを醒ます。
「飲みな」
「ああ、そうする。あと、俺のおごりだ」
これで明日から、クロンは取りあえずこの世界の大手ユニットリーダーに美少女と思われるのだから。