裏方の仕事
「アーサー!」
強固に聳える壁。
人智を超えた資産が生み出した人類最後の防衛ライン。
壁の中で人々はようやく得た安心を前に、それでも戦闘が始まる緊張の中佇んでいた。
息をのみ、最後の日を待つ顔はしかし、戦う意思、生きる希望で溢れていた。
アーサーが見せた希望だ。
彼らの目を前に、クロンは2丁拳銃を持って怒りの表情で英雄を見た。
「……誤解があるようだ」
「ああ、そうだな。その言葉は聞き飽きた」
足元に向けて撃つ。怒りは籠っていたが威嚇のつもりはなかった。むしろ、警告だ。
「わかった。では、戦いながら話すとしようか」
「ああ、それは非常にありがたいね」
デュエルモード受諾、そして承認。
英雄と名無しの美少女が戦う。理由を知らぬ市民からしてみればその程度の状況だ。
というより、災害獣と言う災害を前に、何をしているのだ、という。
戦いの火蓋は、そんな市民の想いを知ってか、速やかに切って落とされた。
アーサーの鋭い斬撃。タックルと同時にまさに圧しきる攻撃を受ける訳もない。
横に交わすと同時に2丁拳銃のダブルタップ。剣と銃とでは、近づかなければ銃が圧倒的に有利。
アーサーは手にそのまま装備できる小さめの盾で弾丸を受け止めると、素早く盾の裏から突きを出す。
銃がどれ程有利か知っているからこそ、さっさと距離を詰めているのだ。
「なにを勘違いしているのか聞かなくともわかっている。ナギハ君には誤解があった」
「友だちがぼろぼろになるのにどんな誤解があるのか知りたいものだ」
マガジンが空になるまでバックステップで銃弾を撃ち続けるクロン。
言い終わる前にはたっぷり距離を取り、あまりにも素早く武器チェンジ。
バレットM2で狙撃の構え。
「甘い」
ソードダンス――
空いた距離を一気に詰めるため、剣に与えられた銃を一気に圧しきる秘策。
アーサーが使ったのは《フォースカット》
赤いエフェクトと共に斬撃がクロンを襲った。
銃が斬撃を受け切れるわけもなく、クロンにダメージが入る――
「オートガードだ」
バレットの銃身を盾に、攻撃を受けき――れない。
「ちっ、あんたの攻撃は素早いな」
「そうかな?」
地面を足裏でこすり、クロンは制止。すぐに武器チェンジで剣を二振り取り出す。
アーサーはディレイ中で動けない。盾で弾を弾くつもりだっただろうが……ソードダンスには敵わない。
「全職適正か」
「終わりだ」
クロンのソードダンスが入る――
と思った瞬間……物理的ではない速度で盾、そして剣が……スライドした。
「な――」
「英雄を甘く見るな」
ディレイ解除。アーサーのソードダンス、《ライズラッシュ》が発動する。
猛攻に次ぐ猛攻。オートガードであっても、システムであっても、防ぎきれない攻撃。
「あなたも俺を甘く見過ぎだ」
オートガードはあくまで自動で防御するに過ぎない。
集中し、経験と直感を以ってしたクロンの反応が勝り、攻撃を防ぎ切った。
「……君ほどの人間がいたとは」
「あなたのスキルも異常だ。というよりなんだそれ、何もしなくても死なないじゃないか」
毒度が普通じゃない。アーサーがやったように、クロンのオートガードは意表が付ける。
しかし、アーサーのスライドガードは絶対に守るぜ性質防御だ。
「さあ。だが、落ち着いて話を聞いてほしい。今回の首謀者はクラッススだ。奴は町を守る振りをして、町を破壊するつもりでいる」
「あーらら、それ以上話す気なら、ちょっと良くないことが起きちゃうんだけど?」
矢が放たれる――
クロンはしかしオートガードで。
アーサーは最早チート級のスライドガードで。
「最強の一角2つを相手どるのってホントキツイから辞めて欲しいけど、あんたが裏切っちゃうのが悪いんだよ? アーサー。
クロンはなんだろ、単純に巻き添え。ナギハちゃんは元気?」
「アーサー、どうやら誤解があったようだ」
「理解に感謝する」
クロンとアーサーは剣を抜き、真の敵、その駒であるオメガに向き直った。
「クラッスス軍を全員敵に回す用意があるというのなら、さっさと剣を抜きな」
オメガの指揮に従うように、クラッスス軍たちどこからともなく湧いて出てきた。なぜか赤色の布を腰に巻いているところから見ると、オメガの私兵。
アーサーは逆に兵を下げ、自らだけが剣を構えた状態でクロンよりも前に出た。
「まあ待ちな、アーサー。ここは俺に任せて、あんたはクラッススを。ここを片付けたら俺が追う」
「馬鹿を――」
「あんたがリーダーだ。さ、ここは任せろ」
「……死ぬなよ」
背を向けたアーサーはたった一言のみ伝えると、剣を納めて走った。
クラッススの場所を知っているのは彼だけだろうし、なによりクロンは……
「俺は裏方で良い。じゃあ、始めようか。やれやれ、集団での対人戦は初めてなんだがな」
クロンはニヤリと笑い、自らの周りに大量の武器を出現させた。
相手はモンスターよりもモンスターらしい人間だ。手加減走れいられない。
ただの一撃で、全員、屠るだけの話だ。




