殺人者
数時間前・・・
クロンに言われ、ナギハはクラッスス、そしてアーサーの動向を探っていた。
第一に、ふたりはなぜか町にいなかった。
第二に、ふたりがいたのはナギハの知らないポイントだった。
第三に、完全に人払いをして災害獣の脅威に背を向けた二人が何故ここにいるの不明。
解決する事すら叶わない問題の先は、洞窟だった。それも、わざわざ自分で植えた形跡のある樹が入り口を隠している。
しかもユニットハウス設定されているため誰も入ることが出来ないという徹底ぶり。
もしナギハが情報屋として、町に住む人間の誰よりも世界に詳しく無ければ突破は難しかっただろう。
「さーて……この世界のプログラムに介入……よし」
ナギハは情報屋だが、悪用されるような情報は決して売らない。それどころか封じ込める。
例えば、安全安心なはずの開かない扉を持つユニットハウスの鍵があるとか。
侵入成功。しかし、場所は部屋ではなく、庭園だ。
それも、なぜか明るい洞窟に植物が生え、ほとりには湖。平和な地下空間。
「わー、すっご……アーサー……それに、クラッスス?」
茂みの中に身を潜め、ナギハは湖のほとりで何か話しているふたりの姿を見た。
「わかっているのか、アーサー。大勢が死ぬ」
クラッススがシリアスな表情でアーサーに語り掛けるように言っていた。
アーサーは腕を組んだまま何も言わず、ゆっくりとクラッススを見ていた。
「多くが死んでも、私は信念を曲げるつもりはない。目的のために、選んでいい手段とそうでない手段がある」
「ああそうだな。だが、君の高潔な選択で人が死ぬ。何とも思わないのか!
町のリーダーとして、君を買いかぶっていたようだ。
まさか、取るための手段を取る勇気すらないとは。滅ぼす気なんだな、町を」
(なにを言っているの? アーサーが、町を……滅ぼす?)
ナギハのスキルを以ってしても、もう少し近寄らない限りは話が……。
「はーい、そ、こ、ま、で。うふ」
あまりに低い女声が耳のすぐ近くで聞こえた途端、ナギハの体が浮いて……地面に叩きつけられた。
「きゃあ!」
「手荒な真似はしたくないから大人しくしててねぇ」
弓を片手に、もう片方の手にはナギハを持って赤いフード……オメガが草をかき分ける。
「王。ここにかわいい子ネズミちゃんが。どうする?」
「話を聞かれたか?」
「そりゃそうでしょう。だってこの子、情報屋です」
「殺せ」
「なに――」
アーサーが何か言う前に、クラッススの命令を聞いたオメガが短剣を取り出した。
クロンの話を聞いた限り、毒系の武装を扱うのに長けているらしい。
「ナギハちゃーん。私が人殺しだってことは知ってる?」
「え……」
「王は私が人殺しだから雇って傍に置いてるの。私も、王が私を暗殺に使ってくれるから仕えてる。こんな世界よ? 人殺しが、金の次に力を持つ」
ぎらついた刃をフードの前でちらつかせる。
オメガの呼気は興奮しているようで、ナギハの恐怖を余計にかきたてた。
「止めて!」
「ああ、いいわぁ。素敵。この世界で殺人が何で良いかわかる? 死んだら、光になって、花火みたいに消えてくの。あなたの花火も、綺麗よぉ?」
オメガがナイフを突き立てる。鈍い痛みと、毒の違和感が体を巡って吐き気がした。
ナギハはえづきながらも、なんとかオメガから脱する。
伊達に超敏捷極振りステータスではない。殺人鬼の恐怖を背中に受け、それでも穀物の畑を駆け抜けた。
殺人鬼が追いかけてくる。いいや、追いかけていないのかもしれない。
それでも恐怖はずっと首のあたりをまとわりついた。
モンスター相手ではないのにモンスターと同じ死の恐怖を感じたナギハは過呼吸を起こしながらも、何とかオブジェクト前に到達……離脱に成功した。
†
「まさか、ここに来ることが出来るとは思わなかったうえに、オメガ、お前が仕留めきれない程のスピードがあろうとは、な。
まあ、どうでも良い。オメガは引き続きやつを追え。秘密が外部に漏れれば面倒だ。
秘密を知った奴はもれなく殺せ」
クラッススは素早く、跪いたオメガに命令を下すが、本人は首を傾げていた。
「良いんですか? あなたの息子の傍にはアルファがいます。あれは、純粋だ」
「必要あらば殺せ。ゼスは連れてこい。それ以外は皆殺しで構わん」
「ご命令のままに、王」
オメガが素早く消えたすぐあとで、クラッススの頬を拳が捉えた。
ぐらついて地面に尻餅をついたクラッススを、アーサーは侮蔑の籠った視線で見下ろした。
「さっきから黙って聞いていれば! 貴様は何がしたい! クラッスス!」
怒りに満ち溢れた瞳を見やり、クラッススは笑いながら立ち上がった。
「高いスーツなんだぞ? 君が、甘ちゃんだからだ。ここを見つけた時、私は悟ったよ。
この世界の帰還はクリアなんてものじゃいけない。神を引きずり下ろすんだ。そのためには、プレイヤーが攻略不能な数まで減る必要がある」
「なに……まさか貴様……! 最初から町を潰すつもりだったのか!」
クラッススは頬を緩め、邪悪な笑みを浮かべた。




