ナギハの偵察
「よし、ダメージが入った! 目を狙え!」
ソードダンスを目に当て、ディレイの硬直中も弾丸をばらまき続けるクロン。
その背後にかけて影の触手が伸びる――
「援護に入る。スイッチだ」
斬撃が放たれる前と後で2度攻撃が可能なゼスの一撃が叩き込まれるが、クロンは舌打ちする。
「俺にスイッチは必要ない。戦い方が違うんだ」
「援護はいるだろ」
「喧嘩している場合じゃないですよ。気持ち悪いのが来てます!」
魔法使いはほとんど攻撃が出来ないのも同じだ。それでも、大量の効果バフとHP回復と言うヒール魔法はかなり仲間を助ける。
現に、クロンもゼスもHPが減らない。攻撃力と防御力も向上している。
だが、災害獣がこの程度なわけがない。
「まずい! モンスターどもがリスポーンし始めた!」
魔法使いのひとりが指さした方向に、敵の大群が見えた。
それも、雑魚じゃなく中ボスクラスのモンスターの大群だ。
クロンはもう一度舌打ちした。自分では直せない、なんて弱々しい理由じゃない。このままでは自分以外は全滅してしまうという心配だ。
そんな心配は前世でもうたくさんだった。
「撤退する」
「戦い始めたばかりだろう?」
「敵の大きさは今4メートル。大害獣がこんなに小さいわけがない。魔だこいつはギミックを隠しているに違いない」
「……分かった」
顔を見合わせたゼスは何かを察したのか、素直に頷いた。
前衛ふたりが撤退に合意した以上、ミュウルたちも下がる他ない。
急いで逃げようとした時――中ボスたちがミュウルの一団を襲った。
「皆落ち着いて――」
ミュウルの言葉が、牛人間型のモンスターが放った棍棒によってかき消された。
腹にダイレクトな一撃をもらうミュウル。吐けない体の何かを吐くように動けない。
お陰で他は脱出が完了し、ミュウルだけが取り残された。
「ちっ――」
クロンが反応……するよりも早く、ゼスが群れの中に飛び込んだ。
「はあ!」
背中に備えていた剣と、もう一振り、いつの間にか出していた剣。
最初にソードダンス。これも発動前と後での二連撃。合計12連撃のライズラッシュ。
それだけで終わらない。ディレイが始まる前に、右手で持った剣が赤いエフェクトを纏った。
連撃は出来ないが、一撃一撃が重い四連撃、《フォースカット》が発動。
有り得ない。右手で放った上にディレイが始まる前に左手でソードダンスを繋げた――
クロンでさえ度肝を抜かれる技は最早才能だ。
敵は一機に数を減らし、ディレイのタイミングでクロンがスイッチする。
「大丈夫か? ミュウル」
ディレイが解けると同時にミュウルをお姫様抱っこするイケメンを前に、クロンは肩をすかせた。
「は、はい……」
ミュウルの頬がポッと赤らんだ。
「行くぞ、お二人さん」
クロンが殿を務め、悠々とダンジョンを脱出。クロンに追いすがれるモンスターなんていなかった。
息を切らして外の日差しを浴びたクロンはさっと後ろを見やった。
ダンジョンが、まるでアストンノートが出てきた時のように揺れていた。
「こんなダンジョン初めてだな。これで確実だ。今回の災害獣、アストンノートの出現条件はこのダンジョンの20層到達だったんだ」
納得したとばかりにクロンが頷くと、ゼスも横に並んで崩壊する城を見上げた。
「おい待て……ふざけんなよ……」
絶望の交じった声で、ゼスが上空を睨み付けた。
ダンジョンはすっかり割れ、瓦礫の一部からは殺気散々追い掛け回されたアストンノートの影が入り込んでいる。
影はダンジョンを飲み込むように広がり……一体となった。
アストンノートの一部分がダンジョンと融合し、巨大化。その上、影の触手ひとつひとつにさっきまでアストンノートだと思っていた本体が出現。
しまいには……あまりに巨大な瞳と口が腹に出現。無数の眼球はもはや顔や胴体どころかそこら中でぎょろついていた。
「あの、もう……生理的に無理なんですが」
「でかすぎるだろ……退け退け退け! この分なら町に着くまでまだ時間を稼げる!」
「クロンっち……ちょっと待って……」
振り向いた先にいたのは……ボロボロのナギハだ。何事かとすぐに肩を貸して駆け寄った。
「どうした、なんでこんな……」
「アーサーを信用しちゃダメ……クラッススと、彼は……」
「ナギハ……安心しろ、気絶しただけだ」
今のはミュウルを心配してクロンが気を回して出た言葉。その甲斐あって、ミュウルは冷静にナギハの体を抱きとめた。
目を見張る光景だ。ナギハのHPバーは既にレッドゾーン。
異常なほどに敏捷性を上げているナギハが逃げきれないモンスターなんていない。
つまり、どこか強いプレイヤーと戦闘になったとしか思えない。
「ミュウル。ナギハを頼んだ。やれやれ次から次へと。問題は解決すらしていないのに。なにひとつ!」
珍しく怒りをあらわにして地面を足で抉るクロンに、誰も言葉をかけることはなかった。
ゼスもミュウルも、ただ黙ってクロンがこの後何をするつもりか、考えているようだった。
「……町に戻るぞ」




