モンスターのデザイナー
「おいおい、一撃で砕くか? お前知ってるか? この鉱石はグラム8万エルだぞ」
「そいつに行っても分かんねえよ」
「矢は当たっているはずだが……HPダメージバー減っていない。何者だ、こいつ」
アストンノートは漆黒だ。巨大な下半身部から幾つもの足をうねらせせているが、それらも液体か煙が集合しているようで、果たして実態があるのか怪しい。
顔も影で口しか見えず、髪の毛なのか頭部の触手なのか、振り乱す様は恐怖でしかない。
ドリームと同じで頭に英名が使われているため、恐らくこのダンジョンそのものが誰か一人の趣味で作られている。
クロンは涼しい顔で砕け散ったかなり硬度の高い丈夫な剣を捨て、斧に持ち替えた。
ボロボロのゼスは大きくため息をついて、背中の件を引き抜いた。
アルファと言えば表情が見えないが、ダメージはしっかり受けているところを見ると多少焦っているだろう。
全員の状態を見たクロンは、ちらりと背後の階段を見やった。
現在三人がいるのは、回廊の第7層。
そう。そこまで退かざるを得なかった。クロンだけならまだしも、ふたりがついてきていない。
いや、正直な話、ボス戦なんてほとんどやっていないクロンは戦い方がわかっていなかった。
自分が生き残る戦い方は可能だが、それ以外は出来ない。だから裏方で良かった。
「ゆっくり退いていくぞ。戦闘が始まって何時間稼げた」
「数える余裕はなかったさ」
「18時間だ。貴様の仲間の見立てでは数日はあったはずだぞ?」
「ああ。今日で2日の時間は稼げたわけだ」
アルファと巧みにスイッチしながら、クロンは笑みを浮かべた。
余裕があるかないかと言われれば、自分が生き残るという点においてはある。間違いなく。
ただ、皆を守るという重役を背負えば否だ。確実に死人が出るだろう。
「クラッススの壁建設がどこまでいくかだな」
「王のお考えもまた時間稼ぎだ。問題を解消するにはこのアストンノートを倒すしかない」
「だが、HPがまったく減ってない。クロン、何か手立てはないか?」
アルファもゼスも、クロンが元デスゲームサバイバーであることは知らない。
単純にクロンの力そのものを頼っての問いを無碍には出来ず、斧を両手で持ち、ハンマー投げの要領でスイング。
丁度いいタイミングで離してアストンノートを牽制。
「無いことはない。とりあえずふたりは町に戻れ。これを知らせる必要がある」
「アルファ、行ってくれ」
「ご命令のままに」
アストンノートの目元に閃光効果のある矢を放ち、アルファは消えた。
一瞬、アストンノートは腹を隠すような動作をした。顔はフェイクか。
本当にスニークスキルが異常に高い。すぐに見失ってしまう。
「ゼス、君もだ」
「俺が消えたらあんたはひとりでも戦うつもりだろう。それは出来ない」
「なに?」
「裏方が好きなのは別に構わないが、命を粗末にするな。あんたを大切に思ってるやつは大勢いる。あんたが思っている以上にな」
剣を構え直し、アストンノートに向かい合うゼスの表情は暗かった。
いつもと同じように。ただ、それが悲観的な顔じゃないことをクロンは知った。
「俺も嫌だ。あんたは……綺麗だから」
少々照れて物を言うゼスに、とんでもない罪悪感が胸を埋め尽くすクロン。
しかし、自分が今彼が生きるためのモチベーションになれるのなら、恥も罪悪感も後にしようと覚悟した。
なりが美少女でずっとやってきている。もう、覚悟どころかこれは信念だ。
「ん。ありがと、ゼス」
「ああ」
微妙な空気がふたりの間を流れた。状況が状況ならつり橋効果もあって恋に落ちているんじゃないかと思う程だ。
それでも、ふたりがいるのは戦場。命を懸けた戦いの舞台。色恋沙汰は許されない。
クロンも銃を抜いて、アストンノートに向かい合う。
十数時間も戦って一切ダメージを負っていない強敵。ふたりで倒してはいけない災害獣。
だがこの十数時間は伊達じゃない。
「クロンさん! 魔法使い部隊を後方に配置してます。全員バフを!」
『了解!』
ミュウルが叫び、光がクロンとゼスを包み込んだ。
呼応するようにアストンノートが哭き、細い腕で攻撃を仕掛ける。
状況は切迫しているが、戦うための材料はそろった。
全ての武器を出さんと言うばかりに、クロンは自分の武器をばらまいた。
「良いか、奴の攻撃は全てフェイクだ。本体を狙っていけ」
「どれが本体だ」
「腹だ。口がある場所が顔とは――」
「ゴガガガガガガガガガガガガ」
あまりにも耳障りな音を立て、アストンノートの腹が抜栗問われて口が出た。
同時に、顔の左半分を占める程の巨大な目がぱっくりと開き、右側は細かい無数の目で埋められた。
控えめに言って気持ちが悪い姿を見て、クロンやゼスはもちろん、誰もが「うわぁ」とたじろいだ。
「気持ち悪いです! クロンさん!」
「俺の名前を繋げると俺が気持ち悪いみたいになるから止めろ、ミュウル」




