英雄と地獄の王
「クロン、君の気持ちも分かるが、アーサーの危惧も察してほしい。私はあの時、情報が如何に価値のあるものか、エルが人を守るかを知った」
「ならなんでその情報で助けなかった」
「私は、セカンダーだったんだ!」
クラッススは立ち上がり、クロンの両肩に両手を置いて真剣なまなざしを向けた。
「誰が私のままの私を受け入れた!? 誰が私の息子を受け入れた!
諸君らもどうだ。金が鳴ければ私たちセカンダーをここにいれたか? 違うだろう。
私には時間が必要だった。そして今、この町で最も有名な英雄がいる。
クロン、君にもわかるはずだ。何故なら君も、セカンダーだからだ!」
思わず固まった。
だがそれを図星を突かれた顔だとでも思われたのか、アーサーや他の面々は一様にクロンに視線を注いだ。
おかしな話だ。目立ちたくなかったというのに、今やたった一人の男のせいで目立っている。
スローライフがいきなり遠のいた事実よりも焦るべき事案があった。
「違う。俺はセカンダーじゃない」
「君みたいな見目麗しい女性がセカンダーではなく、なぜレベル50の、それもSSSランクなのか説明してほしいな」
会議室が一気にざわついた。あのアーサーでさえ、度肝を抜かれたような表情だ。
「SSS?」
「なんだそれは」
「クロン君。教えてくれ、君はセカンダーなのか?」
「違います。ややこしいですが、こうなるのが嫌で隠していたんです」
クロンの思い通り事を運ばせるには、このまま、SSSランクだとばれて騒がれるのが嫌だった、と言う状況を作る必要がある。
間違っても、元デスゲームプレイヤーとは言えない。
「こうなること? まあ君にも、私同様、事情があるとしよう。では、何故隠した?
君の強さは私を優に超え、アルファもオメガも、息子でさえも比肩を許さない。
アーサーに並ぶ力だ。
もう一度聞く。なんで、隠した? 君が矢面に立っていれば、もっと多くの命が助かったとは思わんか、クロン」
(このたぬきおやじが……!)
心中にクラッススへの恨み言を吐き出し、クロンはそれでも無表情を貫いた。
前世で感情を出してろくなことになった覚えはなかった。そう、無表情は武器で才能だ。
アルファとオメガが表情を隠しているのも同じ。
そんな部下を抱え、こんな世界で息子を作った男と真正面から戦って勝つ方法を、クロンは知らない。
「待て。それは暴論だ。クロン君にもクロン君なりの戦いがあった。現に彼女は、クレナ君を救っている」
「おいおいおいおい、アーサー。分かっていないようだから、特別に教えてあげよう。
この世界ではどう足掻いてもSランク止まりだ。つまり彼女は救世主。
君の立場を危ぶむ存在だ!」
「君が彼女を出さなければ、今頃彼女は湖のコテージで静かに暮らしていたさ」
「ああ、それ最高」
「そうだな。だが、君の部下で腹心のクレナ君。私の息子と共にとてつもない速度で攻略を進めている。君はどうだ?
腹心が台頭し、あのダンジョンをクリアした瞬間、君は過去の存在となる。
見目麗しく強い騎士か、過去の英雄か。そして彼女の友達はSSSランク。
彼女を助けるために、クロンはきっとコテージから出かけるぞ?」
巧妙だった。
クラッススは巧妙にアーサーのプライドをくすぐった。
問題なのは、アーサーはクラッススを手玉に取っていると思い込んでいることだ。踊らされていると見せかけて、自分の掌にクラッススを置いている。
しかし、実際ここを支配しているのはアーサーではない。クラッススだ。
要するに、クレナをどうにかしなければアーサーの立場が危うい。
しかしクレナをどうにかすればクロンが黙っていない。つまり、クロンをどうにかする必要がある。
巧妙に、クラッススはクロンを表に出していった。
「……クレナ君の任を解く」
「正気ですか、アーサー! こんな戯言を信じて!」
「町には、必要なんだ。救世主が。だが、今のクレナ君ではまだ荷が重い。君が、彼女を支えてくれるなら別だが」
「……俺に何をさせたい」
「素晴らしい! いやいや素晴らしいよクロン。君ならそうしてくれると信じていた。
我々は気たる時のために軍勢を作らなければならない。君は今この場で、アーサーに忠誠を誓い、アーサーの剣となるんだ。《テーブルナイツ》に入れ」
「なに? 俺が灰色の鎧着飾って剣を振るえっていうのか? 湖のほとりに良い物件探していたところなんだが?」
「これが終われば相応の報酬を渡すさ。どうする? クレナ君を大切に思うなら」
人の何を、突いて、交渉しようとしているのか、クロンは理解に苦しんでいた。
それと、闖入者が現れたのはほぼ同じタイミングだった。
「クロンっち! 災害獣!」




