20層
「はあ……」
「あら、ナギハちゃん。何か困ったことでもありましたか?」
溜息を吐きながらとぼとぼ歩くナギハの頭を、ミュウルは優しく撫でた。
ふたりがいるのは、20層。その偵察任務に就いている。
というのも、クレナの動きが止まった。スケジューリングを考えればまったく問題はない。
問題はないが、クレナらしくもない。
代り映えもしない灰色の岩肌が続くダンジョン。ところどころレンガ造りの壁が通路になっていて、モンスターがいる。
それらは全て、ゼスが砕く。
「いや、友達とちょっとね」
「それは、彼女の事か? クロンだ」
ああそういえば、ミュウルとゼスはクロンを女子だと思っているんだったと、ナギハは長い耳をぴくつかせた。
「まあねぇ。教えたくない過去を知らない内に知って、怒っちゃったかなって」
「……クロンさんには、確かに闇があります。でも、ナギハちゃんならそれを紐解いても許してくれるのではないのでしょうか」
「だと良いけどさ」
「俺から言うのも何だとは思うが、嫌いだったらり好きじゃないやつとは2度と話さないさ。それより――」
拳銃を引き抜いて通りのモンスター全てを駆逐しながら、ゼスはくるっとふたりを振り返った。
「そんなキャラじゃない。たった1日一緒にいただけだが、俺は彼女に信頼を置く。
むしろ、ひとりで乗り越えることが出来ないようなら、君が力になってやれ。
俺ならそうする。ウザがられてもな」
「なんかゼスっち、恋してるみたいじゃん」
「あらあら、素敵なことですわ」
言っておいてなんだが、いつ、クロンが男だというべきかナギハは迷っていた。
いきなり失恋させるのも気が引ける。美女が男だと分かれば、それこそ問題だ。
「俺のことはどうでも良い。それより、少し休むか?」
「それはゼスさんの方です。あの攻略から2日と経っていませんよ?」
「そうそう。これ以上ひとりの記事を書き続ける気にはなれないんよ。早く休んで」
「次の攻略までは全て休むつもりだ。クロンは有能で頭も良い。アレほどの女性は他にいないよ。
……彼女が言っていた。俺や彼女がもし攻略で死ねば、攻略は2度と進まないと」
「それは私も感じていました。今だって、魔法使いの数が全然足りていません」
「クロンっちって、やっぱそう言うのに詳しいんだなぁ。自信無くしちゃう」
クロンと言う存在に振り回されているようで、全員解決策の模索を図っていた。
とにかく今の攻略速度は普通じゃないし、一人の英傑に全てを賭けている。
誰かが死ねば、あとは終わりだ。
「それより、もうすぐボスフロアだな。リス地点のマッピングも済んでる。軽く覗くのも悪くないとは思うが?」
「やーめといた方が良いと思うけどなぁ。ま、見てみるのも悪くないかな」
「いざとなれば、私が回復しますわ」
「あ、そうだ。この間良い素材がここで手に入ったけぇ、ミュウルっちの杖をいい物に変えてあげる」
「まあ、それは嬉しいですわね。っと、この扉を開けば……」
「ああ。開けるぞ」
扉を開いて中を覗いた途端、ゼス、ナギハ、ミュウルは急いで部屋を出た。
「おいおいおいおい!」
「なにあれ!?」
「酷い、ですね」
3人が目撃したもの。まさしくそれは、この回廊のボス。
そして扉が開いた瞬間、感じ取った異変。あらゆるモンスターの鳴き声。
驚愕。続いて訪れた驚愕は、リス地点がいきなり目の前に現れた。
復活するにしても早すぎる上に、さっきと場所が違うなんて有り得ないことが起きている。
「リス地点が増えた? そんな馬鹿なことないけぇ」
「どちらにせよ、この数は無理です! クレナさんたちの所まで戻らないと!」
「クレナの所に戻れたらいいが、いくつか潰してリス地点を何とか封じ込めないと混乱を設営途中の19層に持ち込むことになるぞ!」
「あーらら、ゼス様ったら、男が廃るよ?」
くぐもった、というよりボイチェンして低い女声の赤フードが舞い降りた。
「オメガ……また性懲りもなく彼女を見張っていたのか」
「いや、今はゼス様の護衛。王はあなたの強さを信じて、私をあなたの傍には置いていない」
「……分かっている。父さんには父さんの考えがあるんだ。オメガ、戦えるか?」
「はっ、私はあなたのお父さまが見込んだ殺人鬼のひとりよ」
オメガは弓を取り出し、ゼスと一緒にミュウル、ナギハに背を向けた。
「ふたりとも、頼んだぞ。間違ってもクレナを呼ぶな。彼女を今失ってはことだ」
「おすすめは19層の階段入り口を固めること。じゃあ、よろしくね~」
「わ、わかった」
ナギハはミュウルの手を取って、階段の入り口まで走り込んだ。
「ミュウルっち! 僕は入り口に戻ったら速攻クロンっちを探す! ミュウルっちはクレナっちに!」
「わかりました! でも……大丈夫? あなたは……」
「大丈夫じゃけぇ。今度は、僕のおすすめスイーツを奢るよ」
「ふふ、楽しみにしています」
前代未聞。
ダンジョンで起こった特殊なトリックを前に、彼女たちはあまりにも無力だった。
もし、何かできる力があるとすればただひとつだろう。




