息子
「おーおー、よくやるわ。ナギハ、状況はどんなもんだ?」
クロンの膂力では若干重いバレットを担ぎ直し、ナギハは両手で傘を作って遠方を見やった。
灰色の鋭い岩が隆起して、そのはざまでトカゲ型のモンスターと軍団が対峙していた。
軍団の戦闘にいるのはもちろんクレナ。今以上に見た事のない速度で突貫していた。
「僕の望遠スキルで見た感じ、死に急いでるかなぁ」
「だーよなっと」
洞穴の一部にクロンの狙撃音が響いた。攻撃力や交戦距離の代わりに音が大きい。
しかも今回クロンは強力しろと言われたから渋々ついてきているため、遠慮なく遠方からちゅんちゅん攻撃している状況だ。
「ミュウル、良い動きしてるな。さすがに長い間トップユニットの中にいるだけある」
「だねぇ。いやあ、魔法使いとしてはもう模範的だよねぇ。しかも、回復やバフが常に2倍つく。そりゃ、Sランクだ。
今まで魔法使いはただ使われるだけの存在だったのに、ミュウルっちはまさに役職適正がない人たちにとっての希望だね」
役職適正がないとまともに戦えない。例えば剣士適正のある人間が弓を使おうとしたってどうにもならないし、剣の適正がない職業を持つ人間が剣を使ったところでソードダンスが使えない。
何とも理不尽な世界だ。
そんな中で、クロンは黙々と狙撃に徹した。銃撃戦になればクロンが負けることはない。オートエイムが必中の戦果を挙げるのだ。
「攻略速度が速いが……なんて強引な戦い方だ」
「それぞれ2人ずつにわけてリスポイントを制圧。大部分はクレナとっちゼスちーが叩いて、中ボスは全部クレナっち」
ナギハは望遠鏡を辞めて、パンパンと服の埃を払った。
「まあ、今はクロンっちがいるけぇ、大方は片付くと思うよ。簡単に」
「そうだろうけどさ。よし、でかいやつは狙撃し終えた。クラッスス軍はまだ場慣れしていないようだし」
バレットを納め、クロンは安全地帯から戦地へ一気に駆け抜けた。ナギハは置いておく。
情報収集が仕事の彼女は基本的に戦闘はしない。
クラッスス軍の鎧たちを一気に追い抜き、クロンはモンスターの群れの中に2丁拳銃で突っ込んだ。
次々にヘッドショットを命中させ、リロードするよりも前に剣に変え、一気に敵を屠っていく。
ソードダンスを使って敵軍の中核まで踊り入り、ディレイ時間はハンドガンで撃ちまくる。
いついかなる時も隙が出来ない。それが全ての職業適性を持つスキル、全職適正だ。
動き続けなければいけないが、銃士は弾切れの隙が。
剣士はソードダンスのディレイが。どちらを取るにしてもその隙を狙われる。
だが、クロンは動き続けることが出来る上に、敵の攻撃全てを弾く。
「オートガードの力を、甘く見たな」
トカゲ型の剣を弾き、ゴブリンの攻勢をいとも簡単に食い止める。
ゲームのパワーバランスを崩さないレベルでの、最早チートだ。
「クレナ。あと少しでボスのフロアだが、どうする? これ初見だろ?」
先陣を突っ切ったはずのクレナの背後にいとも簡単に近づいた。
初見である以上、何度かボスの弱点を見極める必要がある。
いくらクレナが攻略速度にこだわっていると言ってもそれは不変のはずだった。
「私としては一度様子を見て、明日セカンドアタックを予定していたわ」
「でも? あのクラッススの傭兵長が嫌だって?」
「ええ。ゼスは一応、私に賛同してくれてるわ」
「そういう奴が来たぞ。ほう……デザートイーグル……2丁拳銃か」
「首尾はどうだ?」
ゼスは大きめの拳銃を2丁、ホルスターにしまった。
どうやらゼスの職業は銃士らしい。ステータスを見ていないため何とも言えないが、少なくともクロンのようなわけのわからないシステムじゃないはずだ。
「君のお父さんのせいと、彼女の上司のせいで攻略スケジュールが若干辛い」
「……父さんは、セカンダーでも町を救えると信じてるんだ。これが上手くいけば、父さんが新たな世界を作ることが出来る。
父さんの言う世界に優しさが必要なんだ。そのために俺たちは今、苦境にいる。
地獄から抜け出すには地獄を超える恐怖に打ち勝たないといけない」
「君のお父さんを悪く言うつもりはないんだ。ただ、どうだろう。クレナの同僚として、このままだとヤバいとは思わないか?」
「あんたもクレナの友達なら、分かるだろう。あんたとは別の場所に、俺たちはいる」
クロンは顔色一つ変えなかった。
確かにそうだ。
攻略しないクロン。
攻略のためにあらゆる命令系統の命令を踏襲しながら人を犠牲にしない攻略を目指すクレナ。
ふたりの間にはあまりに重い何かが隔たれていた。
「どうするつもりかはさておいて、どうする? やるか、やらないかだ」
「愚問よ、クロン君。いくしかないの」
「行きたくないなら行かなきゃいい。と言うか少し休め。後は俺と、彼に任せな」
「ちょ……何言ってるのよ!」
なにを言っているのか言うことなく、クロンは笑みを浮かべて巨大な扉を開いた。




