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悪魔の契約

「地獄の王、ね。だからあの表のボディガードもそんなことを」

「アルファか。そこは徹底させてもらっているよ。彼も地獄を見た人間だ。息子も」

「この世界で子供を産んだとは初耳だな。1年経った今も」

 この世界で歳は取らない。性交渉は出来ると聞くが、子どもを産んだとまでは聞かない。

「いいや、違う。血は繋がっていないし君と年はそう変わらない。もし町で会えば声をかけてやってくれ。名前はゼスだ。

 ああ、息子の話はこれくらいに。この地獄を変えたいと思ったことはないか?

 そのために、あのアーサーでは、手ぬるいと思ったことは?」

 クロンはにっこりとほほ笑んだ。腹の裏に抱えた感想は全くの別物だった。

(噂に違わず野心に野心に溢れた男だ。こんなやつに貸しを作る意味をわかっているのか)

 アーサーの統治は別に間違ってはいないと思っている。それでも、手ぬるさは感じていた。

 クレナのお陰でようやく、町の統治と維持が可能になったほどだ。

「まあ、優しさと良心、善良さが人の心を動かします」

「そうだと良いが、この地獄では足りないものがある。恐怖に打ち勝つには恐怖を以って対抗するしかない」

「極論ではあるが、正論でもある。悩ましいですね。お茶を勝手に淹れても?」

「ああ、これはすまなかった。だが、どうやら君の方が良い物を淹れそうだ。好きな物を使ってくれ」

 好きな物を使え。言うだけあってかなりの量のハーブが揃っていた。

 金持ちの品揃えは訳が違うと、取りあえずクロンは4、5人分のお茶を淹れた。

「どうぞ。お酒に合うお茶です」

「ありがとう。いただくとしよう。さて……君はあの小僧に皆を導く力はあると思うかね?」

「さあ。それを決めるのは我々じゃない、と言うことだけは分かりますよ。

 僕はどちらでも構わない。湖の傍で小屋を建てて、のどかに暮らすことが出来れば」

「おっと、アーサーの手の者ならば攻略組だと思っていたが?」

「ああ、違いますよ。俺は攻略に参加はしたくないからこうやってお話ししに来ているんです」

 お茶に手を付けず、クラッススはニヒルな笑みを浮かべた。

 こういう中年男性は何を考えているのか良く分からないと、クロンもにっこり笑みを浮かべた。

 疲れる上にキャラじゃないことはしたくなかった。それでも仕事は仕事だ。

「アーサーの名において、あなたにきちんと見合った場所を提供し、あなたの名前を広げますよ」

「了承した。ただ、もう一つ私から提案があるんだが。攻略する際、私の手の者を攻略に連れて行ってくれないか? 軍だ」

「軍、ですか。人数はどれくらいに?」

「50人提供しよう。君たちが今回攻略する【クレアドラ回廊】攻略のために」

「それは心強いところではありますが、今足りないのはエルであって、人は足りています」

 そもそもその軍隊を維持するための費用を今回提供してもらおうという話だ。

 お金を貸せ、ではなく、あくまで提供してもらうのが今回の目的だ。

 にもかかわらず、別口で50人。とてもじゃないが快諾は出来ない。

「乗り掛かった舟だ。君たちとて、私の私兵を何の攻略にも出さず遊ばせておくより、手元に置いておいた方が良いと思うぞ?」

「……せっかくのお申し出です。ですが、指揮権はあちらのサブリーダー、クレナに譲渡するということをお約束いただけますか?」

「ああ、もちろんだ。これは私の好意だと受け取ってほしい」

「あなたの言葉は、一言一句アーサーにお伝えしますよ。では、失礼します」

「入金はうちのアルファにやらせる。30分もかからない内に一千万が君たちの物だ。実りある話し合いだった」

「こちらこそ」

 握手を交わし、クロンは屋敷を後にした。自らを地獄の王だという男。町一番の金持ちクラッススの屋敷を。

 心配事は、減るどころか増える一方だった。

 どうも自分は、最も楽で現実的な方法を取ったが、必要以上の脅威の巣をつついてしまったのかもしれない。


   †


「アルファ。入金は滞らせるな。信用させておかなくてはな」

「ご命令のままに、王」

「アルファはまったく、いつまで経ってもかたっ苦しいわね。王、動くんだね?」

 奥から出てきたのは、アルファと全く同じ格好の人間。

しかし、アルファと違って全てが赤色。右の代わりに左の肩口に飾りがついている。

「オメガ、貴様はいつになったら王の前での態度を改める」

「いや、構わない。オメガ、あのクロンを見張れ。アルファはクレナだ。アーサーは、私が一度話をしてみようじゃないか。

 奴がこの地獄の光と言うのなら、私はこの地獄の闇になる。

 さあ、始めようじゃないか。神が作りしデスゲーム、神が定めたルールなき世界を。生贄が必要なのだ。私を信用させる、な」

 クロンが淹れた、すっかり冷めてしまった茶を飲み、クラッススは笑んだ。


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