地獄の王
クロンがアーサーの要求を呑んだ理由はただひとつ。大きな貸しを作っておきたかった。
いい加減、本当に、攻略をする人間と関わることはごめんだったのだ。
そこでクロンは、アーサーの言う金策を探る方を取った。
ユニットハウスの資金源。部隊再編や装備費。遠征のための費用。多くの出費がかさむ。
そこでクロンは、町一番の金持ちの屋敷へ向かった。
ユニットハウスや個人用のマイハウスは金がかかる。が、最初に町にあった建物を買う方法ともうひとつ、一から創り出す方法がある。
後者は材料費やそこそこの技術、見合ったスキルを持った人間を雇う必要があるため、かなりコストがかかる。
そして今、クロンがいるのは贅の限りを尽くして一から創られた屋敷だ。派手と落ち着きの中間みたいな赤色の屋根。横に広く、どこか液の校舎のような佇まいだ。木製扉は分厚く、ついている呼び手は金色。
クロンは金色の呼び手を何度か扉に打ち付けた。
中から出てきたのは、ガタイの良い、マスクの恐らく男。革製の青いライダースジャケット。裾の長いコート。マスクはマスクでも魔女裁判の処刑人みたいな気味の悪い格好だ。肩の右側に何か飾りがついている。
「なんの用だ」
くぐもった声。しかも、ボイスチェンジしているせいで悪の親玉みたいな声になっていた。
「あー、アーサーの代理で来た。ほら、王家の短剣だ」
「……待っていろ」
「いやいや、アルファ。お客人はすぐに客間に通せとあれほど言ったじゃないか。
いやすまない。アルファは私の側近で最も信頼がおけるが、少々警戒心が強く、大きく腕が立つ。アポもなしでこの家に来る人間を叩き潰す程度の力なんだ。
おっと、物騒な話は止めよう。初めまして、私はこの家の主、クラッススだ」
茶髪に猫目。高そうな黒のスーツの下から覗くワインレッドのシャツ。センスのいいネクタイにスマートな佇まい。
恐らく三十代後半で、年相応の貫禄はある。アーサーよりも年上に会う機会は、中々クロンにとってはあまりなく、どこか新鮮だ。
「さあ、どうぞ中へ。美味いスコッチがある」
「お気遣い感謝します」
「いやいや構わん。アルファ、オメガと共に屋敷を警備しろ。客人が出るまで、息子も部屋に入れるな」
「ご命令のままに、王よ」
王。
随分と世界観が変わってしまったせいでクロンは嘆息を吐いた。
屋敷の内装はかなり金を賭けていると、クロンの目から見ても明らかだった。
高そうな絨毯に家具。随分と輝いているのはニスでも塗っているせいか、それとも素材ランクが高い代物を使っているか。
部屋にいるだけで金持ちになった気になる。
最近勧められてばかりのソファに座ると、目の前にクラッススが座った。
この町一番の金持ちが。
「それで、君のようなお嬢さんがここに何用かな? それとも、かの英雄アーサーは私の存在をようやく知ったというのかな?」
「あー、まあ、俺が彼にあんたの話をしました。金に困ってるなら、この町一番の金持ちと話したらどうだって。一応彼の言葉ってやつも貰ってますよ」
「ああ、そんなものはどうだって良い。私にとって、敬意を払うべき相手は権威を持った背後の人間ではなく、今、私とこうして話し合っている人間だ」
クラッススは笑みを浮かべてスコッチをグラスに少しだけ注いだ。
「ありがとうございます。ええとまあ、金を貸してほしいっていう無理なご相談なんですが」
「いくらだ。一千万エルもあれば十分か?」
「助かります。こちらとしてできることはなんでもしたいと、はは、まあ、俺が言うのもなんですが」
「……アーサーがお嬢さんをここへ連れてきた理由が分かった。確かにこのままだと、私が君たちにエルを渡す理由がない。だが君は知っているようだ。その理由を」
「……アーサーに仮を作って、町で動きやすくなりたいんでしょう?
ファースターの王と、町で唯一、セカンダーであることを明かして暮らしている大金持ち。
ふたりが手を組めば、町をまとめられる。それが指導か、支配かの違いです」
「君はセカンダーか?」
「経験があるだけです。アーサーは一筋縄ではないですが、金と言うのは重い。
ここで恩義を売っておけば、また、あなたの名前で町を救ったとすれば、セカンダーが恨まれる世界もなくなるかもしれない。
そうでなくとも、あなたはセカンダーとしての立場を利用して大金を稼いだ」
「情報程金に換えやすいものはなかった。まあ、もう少しお話をしようじゃないか。
私はね、ええと、クロン、だったか。君のような一市民に聞きたい。ここを何だと心得る?」
「地獄」
「ああ、そうだ、ああ、そうだ、そこなんだよお嬢さん」
興奮したように、クラッススは立ち上がった。嬉しそうに、酒を仰いで。
「私は地獄の王なんだよ、お嬢さん」




