買いかぶりの裏方
「クロンさんですね。《テーブルナイツ》です。ご同道ねがいます」
「おいおい今日は客が多いな。さっき情報屋が帰ったばかりだぞ」
そのお陰で、トップユニットの兵隊たちにあられもない姿を見られずに済んだ。恐らく彼らもクロンが女だと思っていること間違いない。
兵士たちは青色の鎧に身を包んでいるが、これが制服なのかもしれない。だとしたらいい趣味じゃないなと、クロンはまた昔を思い出した。
「なんでそんなことしないといけない。今日はスローライフ一日目なんだよ。分かる?」
先のナインスロート戦を、実は最後にする予定だった。スローライフ初日から、近づきたくない有名ユニットにお誘いを受けるとは思ってもみなかった。
「クロンさん。我々も命令を受け、ここに来ています。どうか、面倒事はお避け下さい」
「ああ、避けたいね」
「言いたくはないが、我々のレベルは全員40代だ。あなたのお友達のサブリーダー……クレナさんのためにも」
苦笑しそうになった。クロンのレベルは50で、彼らが束になってかかってきても勝ち目はない。
しかし、そんな頭の悪い脅しにも引っかかってみようと思った。
クレナのことが心配になってしまった、と言えば話は速い。
身支度を済ませて、クロンは兵士たちに連いていった。
連れて行かれた場所は新設したらしい《テーブルナイツ》のユニットハウス。恐らく人が増えたせいで規模を巨大化させたのだろう。
「金のかかることを……」
内装は、内部に菱形の巨大なオブジェクトがあるだけだ。ここは各部屋へのポータルに過ぎない。部屋のアクセスキーを入れ、承認されれば入る仕組み。この辺り、リアルな世界と違って便利なところだろう。
「こちらです。リーダー、お客様をお連れしました」
数秒後、オブジェクトが緋色に輝き、兵士たちがクロンを手で中に入るよう促した。
無表情のまま、クロンは中へ入った。景色が一瞬曲がり、気付けば……時計の音が聞こえた。
色々な時計の音。鳩時計に振り子時計、デジタル時計。
それもそのはず、壁一面にびっしり時計が飾られ、部屋の奥には窓と執務机しかない。
趣味の悪い方法を取ってくるユニットのリーダーはとても趣味が悪いらしい。
執務机に指を組んで座るアーサーが、軽く手を動かすと、ソファとテーブルが現れた。
「急に呼び立ててすまない。私は今、外に出るわけにはいかなくてね」
「英雄ですからね、あなたは。それと、初心者狩りの首謀者だから、かな」
「……全員が知るべきだ。全員で戦わなければこの世界を攻略できない。死者が増える一方。そして、攻略や育成が遅れれば遅れる程、最も恐ろしいことが起きる」
「この世界に慣れ、甘んじ、妥協する。この世界での人生を受け入れる、ですか」
アーサーは微かに表情を変えた。どことなく、嬉しそうな顔だとクロンは感じた。
「君はこの世界を良く知っている。いや、理解しているね」
「まあ、適当には」
「話は速い。クレナ君は今、自分の締めに気づいて行動を起こしている。それ自体、私は悪いとは思わない」
「ええ、俺もそう思っていますよ。彼女はナインスロート戦で、恐らく立ち直りかけていたんでしょうが、それ以上に絶望も思い出した」
勧められたソファに座りつつ、勝手にティーセットを出してお茶を作る。材料如何で簡単に料理が出来るところが素晴らしい。ろくな調理器具がないためお茶しか作れないが。
「ああ。だけどその夜、お友達のライム君と戦ったようでね。戦闘記録が残っている。彼女はそこから変わった」
恐らく、苦労して材料を取った《双剣ネプティヌス》の話だろう。
ライムは、頭は良いが決して口が上手ではない。そこから何か学んだのなら、良いことだ。
「それで? 俺に彼女を止める力はありませんよ」
「だから言っている。私も彼女の行動に反対はしていない。どうせやろうとしていた。だが」
「代わりにあなたやクレナがしようとしている仕事が滞っていると?」
「察しが、良いね。クレナ君はあまり友達を作らない性質のようでね。
ああ、勘違いしないでほしい。彼女はこのユニットで良い関係を気付けているが、本来の意味で本来の彼女を知る友だちは少ないという意味だ。
君も、その中のひとりだと思っているが……買いかぶり過ぎではなかったようだ」
「別に俺は……」
「今となっては、どちらでも構わない。君は聡明な女性だ」
アーサーは机を周ってクロンの方へ近づき、顎に手を置いてしっかり自分と視線を合わせた。
クロンは男だが、それでも勘違いしそうになってしまう。アーサーはまさに美青年だ。
「で?」
「《テーブルナイツ》は大きくなりすぎた。交渉は私がやるが、金策のため、エルを多く持つ人間を探してほしい」
「なんで俺が」
「町には私がいないといけない。ただ、【クレアドラ回廊】にも遠征用の町を作り、やがてそこで生活できるようにしないといけない。
そうなれば、サブリーダーである彼女が町を作る指揮を執るわけだが……今のままでは少数精鋭で町を作ることになる。
どういうことかわかるかい? そのためには、多くのエルが必要なんだ」
「……ひとりいるでしょう。この町一番の金持ちが。だが、あんたじゃ無理です。その代り、あんたの名前を貸してください」
アーサーは無言でウィンドウを展開。プレゼントをクロンに送った。
「王家の短剣……」
「私のサインと一緒だ。これで君の言葉は私の言葉。君の行動は私の言葉だ。正しく使ってくれ」
「ああ。あ、そうだ。ぜひお茶を飲んでみてください。心が落ち着く」




