これだからデスゲームだ
手には柔らかな感触。豊満で神聖なものを感じながら、クロンは呟いた。
「どうしてこうなった?」
「き、さ、ま……殺す!」
ライムは胸を揉まれた手を振り払い、クロンを完全に組み伏せた。
草原とは言えさすがに痛いものだった。
「待て待て待て! 全て事故だ!」
「事故でおっぱいもんで許されんなら警察いらねえのよ!」
「あははは、超ウケる……ヤバい、最高だよクロンっち。僕も混ぜてよその遊び」
「お前のせいだろうがナギハ!」
事の顛末は非常にシンプルだった。ナインスロート戦から1週間。
早朝から急にライムに「予定はあるか? 無いなら潰せ」と脅され、外へ出ていたのだ。
物を採集する際、膂力があるライムに肩車されたが、崩れた。ナギハがライムのネコしっぽを軽くつまんだから。
「いやあ、ネコしっぽって触りたくなるけえさ」
「ほう。だったら、あんたのも触ったげるわ!」
ライムはキツネの、もといナギハのしっぽを掴んだ。
「ひゃわ! ま、ダメ……僕そこ弱い……」
「ふっはっはっは」
「魔王か! ちょっと待って太腿で挟むな!」
しばらくわちゃわチャした後、全員事後のように激しく息を切らして落ち着いた。
今回の目的をようやく思い出したかのように、ライムは草原から起き上がった。
「んで? ナギハ。あんたの言う素材はこれで集まったわけ?」
「これは付加効果を武器に就けるためのものじゃけぇ、素材そのものはまだなんよ」
付加効果――
例えば、ミュウルのような魔法使いが使えるもので、HPの増加や筋力強化、攻撃力や防御力、特性効果を付与する。
今回ナギハが作ろうとしているのは、わざわざ魔法をかけることなく、武器を装備するだけで付加効果がかかるものだ。
そんなものを作ることが出来るのは、生産職を選んだ者たちだけだ。
攻略せずして暮らしを守る街の経済発展には欠かせない存在だ。
ナギハの場合、鍛冶師適正がSランク。彼女の作る武器は効果だが物は間違いなく良い。
材料を探し回っている内にレベルも40代。その時の経験を生かして情報屋にもなっている。情報と開発を受け持つスペシャリストだ。
「ったく、何を倒せばいいわけ? ていうかクエストをした方が早いんじゃない?」
「九頭竜ナインスロートは半年間現れなかった。そう言うレアモンスターを確実に倒したいならクエストじゃけど、野良で探した方が早いのもあるんよ」
「なあ、俺は朝早くから呼び出された上に締め上げられたんだからそろそろ理由を教えてくれ」
野良採集だからと言って、クロンはシャツに短パンと軽装だ。どことなくボーイッシュな女の子らしさがある。
「あー、それ僕も聞きたい。ていうか、朝なら良い方だよ。僕なんて昨日家で寝てたら乱暴なノック喰らったんよ」
「へえ。ライム、なんだ。言ってくれ。悩みがあるなら、俺たちは聞くから」
「そうだよ。僕らは友達っしょ?」
友達と言う言葉に耳をぴくつかせたライムは頬を赤く染めた。褐色だからわかりにくいが。
「……双剣、作ってほしいのよ。速度付加の」
「双剣……俺が知ってる限りで双剣を使ってるやつは1人しかいない。戦えるレベルでの話でだが」
無論、二刀流で戦う戦闘スタイルもいるが、盾を捨ててまでやるべき事じゃない。
つまり、たったひとりだ。
「ああそうよ悪い!? あいつに……武器あげようってね」
「悪くはないが、なんで急に? 第一、クレナはかなり強いの持ってるじゃないか」
「そう言えばクレナっち、武器のお手入れに来てないなぁ。戦いの後はいつも店に来るのに」
それは変だと、クロンは髪を軽く振りながら少し首を傾げた。
「あの戦いで、その、何でもないわよ!」
「俺何にも言ってないんだけど!?」
むなぐらを理不尽に掴み上げられたクロンが叫ぶと、ライムは乱暴に離した。
危うく、いつの間にかナギハに連れられていた湖に落ちるところだった。
「厳しいこと言っちゃったから、その、そういうことよ」
「……君は素直じゃないな。仲直りくらい普通にすればいいのに。でもまあ、そういうところは嫌いじゃない。んで? ナギハ。後は何がいるんだ?」
「そうじゃねぇ、費用度外視で効果付随なら、やっぱ最初から強いやつ倒した方が良いよね。じゃあ、水か炎どっちがいい?」
「属性着けんのか? じゃあ、気分を変えて水だ」
「よかった。実はこれ僕苦手でさぁ。じゃ、あとは頼んだよ、ふたりとも」
にっこりとナギハが笑んだ次の瞬間……湖から何かが飛び出して来た。
うねうねとぬめった足を何本もくねらせ、湖から顔を出す人の上半身。巨大な牙3つを口からはみ出させた醜い頭部には目が10個以上はついている。
おぞましいそのモンスターの名前は――
湖の巨人トリドランス
なぜ湖に巨人がいるのか全く分からないが、クロンもライムも装備を改めた。
「ちなみに、それレイドモンスターじゃけど、目当てのアイテムドロップ率頭に0が2つ付いて5パーセントじゃけえ頑張って」
「……これだからデスゲームは!」




