ゲームスタート スローライフが遠のいた
「さてと、新作の銃を試してみますか!」
煌めく月のような銀色の長髪と海のように深い青の瞳を持ち、女人と見紛うほど端正な顔立ちをした少年がそこにはいた。
黒銀のローブが風に吹かれてマントがひらりと揺れる。 少年は華奢な体格に吊り合わない黒塗りのライフルを構えた。
「せっかく高い金はたいて作ったんだ。期待してるぞ」
銃身だけで少年の背丈を超える、スナイパーライフル。バレットM82と言う名前だ。
足場にバレットの脚を立てて置き、伏せた状態で敵を覗いた。
スコープに左目をつけ、目の前に並ぶモンスターに標準を定めた。
巨大なカマキリ型モンスターはまだ気づいていない。
呼吸が止まる。 指に力を溜め、引き金を絞った。銃弾は見事モンスターの頭部に命中した。
「オートエイムってスキルはかなり優秀だな。当たる当たる。それに――」
少年はライフルをすぐさま地面に放して、空いた手で腰に括りつけられた白銀の剣を抜く。
素早く身を反転させ、剣の刀身で敵の攻撃を受ける。
攻撃してきたのは麻緑色の子鬼……ゴブリンといわれる種族だ。 赤黒く染まった錆びた斧を剣で一度受け、ゴブリンの首筋に刃を突き立てる。 少年は面白そうに笑った。
「――オートガード。極めつけは……」
そして次に槍を装備し、ゴブリンの腹に突き刺した。 この世界に存在する武器には全て職業適性があり、職業によっては装備できないものがある。
だが、彼は違った。
「全職適正。極めつけはこれだな」
少年は素早い武器の変更で鮮やかに敵を倒してみせた。
カマキリもゴブリンも、あまりに的確な一撃により光の粒子となって消え去った。
目の前にはウィンドウが展開。
経験値と、ドロップアイテムが表示された。
「試し撃ちには丁度良い。……おっと、そんな時間もなかったか」
眼下では戦闘が繰り広げられている。
腕が四本もある巨人を相手に、多くの戦士……プレイヤーたちがそこにはいた。
「大規模レイドか。この世界が始まって初の。あのさあ……デスゲームは嫌だって言ったよな」
少年――クロンは溜息を吐いた。
彼は下で戦っている面々からかなり離れた丘の上にいた。離れているのに戦場の悲鳴や雄叫びがきちんと届いてくる。
最初はこんなつもりじゃなかった。なぜ、こうなったのか。
事態は1年も前に遡る。
†
1年前・・・
「眠って、起きての繰り返しだな。あーあ」
クロンは背伸びをしたが、生憎骨は鳴らなかった。
最初、違和感はなかった。が、すぐに気付いた。現実の生身の感覚とは違う。それよりももっと慣れ親しんだ、拡張現実の感覚に似ている。
ぐるっと見渡すと辺りは、町だった。
赤茶色の煉瓦で舗装された道。中央には光に照らされてキラキラと水が輝く噴水がある。煉瓦造りの建物が立ち並んでいた。町の中心だ。
神には特別な条件を出してはいなかったはずだ。その証拠として、条件の内の一つの身体的特徴は変更されていない。
ただ……容姿は明らかに変わっていた。青色の瞳に女性と見紛う程中性的な容姿。その上、銀色の長髪。なのだが、間違いなく下は男だ。
「めちゃくちゃだな。まあ、仕方ないか……」
「どうなってんだこれ!」
「ここどこ……ていうか……は?」
「ちょっと黙れ、あれ見ろ!」
そこかしこで聞こえる悲鳴のような騒ぎに誘われ、クロンは足を向かわせた。そして人々の注目が集まる空を見上げた。
そこには、輝く歯車仕掛けの時計があった。やけに大きい。
『君たちにチャンスを与える。この世界には【四竜の塔】と呼ばれるダンジョンが存在する。
君たちはそこを目指し、クリアすることで自由を獲得するのだ。
だが注意してほしい。
この世界は君たちが見知ったゲームのように、セーブも、リセットもない。
死ねば死ぬ。
中にはこのゲームを知っている人間もいるはずだ。彼らを探し出すことが君たちの生きるカギとなるだろう。
だが、知っている諸君は情報をあえて渡さないことで生き残り、クリアする公算も高くなる。そこは好きにしてほしい。
この世界での君たちは三種の要素で成り立っている。
一つは職業。
一つはスキル。
一つは装備。
この三つ全ての能力値を合算してランク分けされる。単純に、ランクが高ければ死ににくい。諸君が目指すのはランク上げだろう。町にいる限り、特定のモンスター以外は入らない。
では、ゲームを、スタートする」
時計が三時を指すと同時に、ゴーン、ゴーンと言う音を鳴らして消えた。
一瞬のこと過ぎて、皆は時計が消えた後も空を見上げていた。
クロンは両耳を塞ぎ、他の者たちと一緒に叫んだ。
「またデスゲームかよ!」