魔法使いを選んでしまった者の先
「よし、配置についたな。一気に決めて畳み込む。初動でどれだけ削れるかが鍵になる。全員の奮起を期待する」
アーサーの白銀の鎧がカチャリとなった。
緊張を加速させるような静寂の中、幾人ものプレイヤーは息をのんだ。
小高い丘の上に集まった10名のプレイヤー。全て、トップ攻略ユニット、テーブルナイツ。
その中に、疾風の名前を冠する少女の姿があった。クレナだ。
(まさかリーダーがこの戦いに乗り気になってくれるなんて思わなかった。それに、精鋭10人だけのレイド)
理解が出来なかった。アーサーが勝ち目のない戦いに繰り出した理由が。
「リーダー。本当に倒せるんですか?」
「君とライム君だけで倒そうとしていたんだ。我々が加勢するだけで十分だ。ミュウル君、我々はトップ攻略ユニットだ。ここで学んでほしい」
「は、はい!」
緊張の面持ちでミュウルが新品ピカピカの杖をぎゅっと握った。
あまりに初々しい姿に面々が明るく笑った。
「ブリーフィングは済ませたがおさらいをしておこう。この谷間にナインスロートの巣がある。奴が子飼いのスローターを大量に召喚したら厄介だ。
長引いたら負けと思え。一気に制圧する。
それと、この付近は別の中ボスクラスモンスターが徘徊するポイントでもある。ただここ以外待ち伏せが出来ないことを了承してほしい」
「リーダー、つまり……もし中ボスクラスと出会えば……」
「我々は敗北すると考えてもらって構わない」
アーサーは冷静で淡々としていた。誰もが厳かとすら思えるその姿に息をのむ。
ライムとクレナによる頂上戦を経て、アーサーはすぐにこの作戦に乗り出した。
何か裏があると考えてまず間違いないが、今、クレナやミュウル、他の面々にそれを考える余裕はなかった。生きるか死ぬかだ。
「リーダー。どうして……初心者のミュウルを?」
「彼女はスキルだけでSランクを獲得している。他が目をつける前に引き込みたかった。
ふっ……私も欲に弱いということかな? だが、テーブルナイツが強くなればなるほど、皆の希望に慣れると踏んだんだ」
自嘲気味な笑みを浮かべるアーサーに、クレナも苦笑しながら首を横に振った。
アーサーは無茶をするがその分、正しい答えを常に提示する。その安心感に皆従っているのだ。
ふと、クレナたちが待ち伏せをする谷間から、地面を揺らすような低い呻きが幾つも聞こえてきた。まるでモンスターの群れが叫びながら行軍するかのような音だ。
クレナは両腰から剣を抜いた。
全員の眼下に、それはあまりに悠々と姿を現した。
岩のような紅い体躯に六本の脚。九つの首を持つモンスター、九頭竜ナインスロート。
棘のように隆起した体表が禍々しく、足は全体的にかなり細い癖に先が象のように太い。
九つある頭は竜と言うよりは蛇だ。奇妙な動き方をしながら、その首の一つがクレナたちを捉えた。
途端――
口から赤々と染まったレーザーが放たれた。弾かれた様に、防御力の高い重装備のメンバーが数人前に出た。
仲間を攻撃から守り、攻めに転じさせる役回り、いわゆるタンクだ。
が――
「んな……やばいやばいやばい!」
「一撃がおもてぇんだよ! ヒーラー!」
「は、はい!」
ミュウルが回復魔法を使い、なんとか体力を上げていく。今回はミュウル以外攻撃系の剣士やハンドガンナーたちで構成されている。
つまり、ミュウルはレベル5の初心者でありながら回復を一手に担わなければいけない。
(それはあのスキルのお陰なのかしら……リーダーの目に狂いはなかったみたい)
崖を勢いよく他の剣士たちと駆け下りながら、クレナは戦場に目を向けた。
既にナインスロートすべての首はこちらを覗き込んでいた。
臨戦態勢。だが、テーブルナイツの方が数歩早い。
「銃士たちはなるべくヘイトを買って!」
「了解!」
銃士――ハンドガンナーのひとりが自動小銃、ソップモッドM4を構えた。
銃士の利点は速い攻撃をMPなしで放てることにある。スキルはないが、ピンポイントでウィークポイントを攻撃することが出来る。
今のところ弱点を探りながらの射撃になっているが、構わない。
ただの一瞬九つの視線全てを稼ぐことが出来ればそれで良い。
「すぅ――行く!」
くるくると双剣を回し、地面を蹴った。
両の剣が赤々と輝き、二つ同時にソードダンス発動。
《ライズラッシュ》二連撃。
数年前まではその使い方すらわからなかった。だけど今は違う。
細い足をスタスタと駆け上がり、首の一本に連撃を叩きこむ。
そこまで厚くない。攻撃は入る上に、今クレナが使っている武器はトップレベルの攻撃力。
剣士が持つ武器としては最高位。それが2本。さらにソードダンス。
確かにあの頃とは違う。
「スイッチ――交代――!」
『了解!』
攻撃後のディレイから、数秒無防備になるライムを援護するため、剣士たちが前に出た。
職業として、戦闘職で大きく分けられるのは剣士か銃士。たまに魔法使いと言った割合だ。
だから基本的に戦場は剣士だらけだ。
「こいつかてえ……」
「よく戦ってんな、うちの疾風様は」
「文句ばっかり言わないで。それより……スイッチ!」
混戦になればなるほどソードダンスは使い時が限られる。
クレナは本隊が戦場に合流するまでの時間稼ぎを優先した。
9つもヘイトを稼ぐ必要があり、そのどれもが、尋常ではない攻撃力のレーザーを放って来る。
実弾よりは遅いが、銃士も下手に近づくことが出来ない。
戦場で剣が竜に突き刺さる音、銃声が響き渡り、考えが妙にまとまった。
雑音がひしめき合う中、クレナは剣士でいられた。




