その美少女【男】は盗撮される
ガギャン――
大剣と両刀がぶつかり合い、火花が飛び散った。
実際にはエフェクトだが、この世界を象徴する光の粒子は何よりも生命の輝きに満ち満ちていた。
赤の少女と青の少女が互いに体を武器に押し付けて体重をグッと乗せる。
硬いプレートに守られた乳房の形がぐにゅっと変わり、観衆は黄色い悲鳴を上げた。
「やっとこの時が来たってもんね、クレナ」
ライムが薄い笑みを浮かべ、圧倒的膂力で一気に押し込む。
「そう、だね!」
クレナが柔よく剛を制すように、ライムの一撃を地面に逃がした。
すぐに剣を上にかぶせるようにスライドさせ、ライムの首を狙う。
ライム、眼前に迫る一撃に対して首を急に逸らせて回避。勢いに任せて大剣を振り上げる。
美少女たちが繰り広げる暴力の応酬に、観客は続々と集まっては矯正を上げた。最早見世物だった。
「はいはーい、疾風クレナと《破王》ライム、どっちが勝つか、賭けた賭けた~。椀ドリンク10エルだよ~」
完全に見世物だった。
クロンは片手で顔の半分を覆い、嘆息を吐いた。事の発端は数刻前だ。
†
「お、いたいた。ライム」
「ん? なによあんた。あんたの寝顔写真なら返さないわよ」
「え、なんでそんなもん持ってんの!?」
「で、要件は?」
「今要件の優先順位変わってそれどころじゃないんだよ!」
噴水広場で剣を研いでいたダイナミックな美少女ライムはさっさと本題に入れとばかりに眉根を潜めた。
しかし、いつ撮られた……盗られたか分からない寝顔の方が心配だった。
「クロン君。今は些細な事を気にしない方が良いわ。目の前の問題、ミュウルさんのことだけ考えましょ?」
「いやいや盗撮されたら嫌だろう!」
「クロン君はしょうがない。それよりライムちゃん、その写真は彼女のとこで?」
「ふっかけられた。ていうか、クロン。両手に花とはいい度胸じゃないのよ。喧嘩売りに来たわけ?」
猫耳をぴくぴくさせ、ライムはクロンを睨みつけた。
たまにいる獣人アバターのライムは感情が普通の人たちより分かりやすい。尻尾もタシッ、タシッ、と上下に振られている。不機嫌操舵。
「落ち着けって。すぐ鉄火場にすんな。俺たちと一緒にクエストに行ってくれないか?」
「別ユニットの女と初心者、はぐれソロと何のクエストに? 言っとくけど、ナインスロートは行かないわよ」
「耳が速いな」
「あいつから情報を買ってんのよ。あんたの写真もね」
「マジで売買してんの!?」
「それで? その新しい女のためにって話?」
「君はこの話になったら話を本筋に戻すんだな」
「違うわ。彼女、ミュウルさんは成り行きよ。魔術師でユニットを追放されたんだって」
「手っ取り早いレベル上げに、報酬が目当てってことか。どうせその女もあいつから情報を買ったんだろうけど、止めておきなさい。その装備だと精々レベルは5でしょ」
ライムは厳しい視線で厳しい言葉を言うが、間違いのない正論だ。正しい。
余計な死者を出さないためにも言っているんだと言う、不器用な優しさも良く分かる。
「そこを頼む。ライムが必要なんだ」
ライムの耳がピクリと動く。
「私が?」
「ああ。ライムしかいないと思った。頼むよ。報酬は、そうだな……貸し1ってことで」
「へえ、そんなに私が必要なんだ」
「ああ。君なしではいられない」
正直、あんまり悪目立ちしたくないクロンの人脈はあまりに狭い。ライム以外の戦力はあり得ない。また、ライムなしで攻略できるとも思えない。
「良いわよ、あんたのお願いに付き合ってあげる」
「さんきゅ……」
「ちょっと待って。クロン君、嫌々やろうって人を巻き込むと逆に全滅してしまうわ」
「クレナ……」
「それに、だったら私にも貸し1でしょ。クロン君が着いてきたいって言ったんだから」
ライムが上機嫌だとクレナが機嫌悪くなる。このシステムをいまいち理解できないクロンは口をパクパクさせた。
確かに道理は通っている。行かせてくれと言ったのはクロンなわけであるし。
「わかったわかった。じゃあクレナにも」
「ちょっとあんた、いきなり横槍して何様?」
「それはこっちのセリフ。あんまりクロン君を困らせないでほしいってだけだよ」
「私がいつ困らせたって?」
「つい、さっき」
どんどん距離が物理的に縮まっていく二人を、おろおろした様子で見るミュウル。
最早クロンが間に入る余地はないように見えた。一触したら即発しそうだ。
「いずれいずれだとは思っていたけど、今日こそ決着をつけなきゃいけないみたいね」
「あんまり戦うことは好きじゃないんだけど」
「負けるの怖いなら尻尾巻いて逃げたらどう?」
「尻尾があるのはあなたの方でしょう? 猫は被らないようだけど」
「ぶっ殺す」
「言葉遣い、改めてね」
終始激しく。
終始穏やかに。
戦いの火ぶたはついに落とされた。突発的に始まったデュエルはもう止められない。
いや、止めようと手を出した瞬間、狂気の沙汰に巻き込まれることは間違いない。
こうして、疾風クレナと破王ライムの頂上戦が始まったのだった。




