六話 神の生まれ変わりと神本人
カウンターから出てきた少女の姿に、俺は思わず目を剥いた。
銀髪を流しフリルの付いたドレスを着た彼女は、まだ十歳ほどにしか見えない。
この子が……ギルドマスターなのか?
腕組みをしてこちらを見上げる姿はなかなか堂々としているが、さすがにそうは見えなかった。
「えっと……迷子?」
「違う! 私がこのギルドのマスター、ロロナだ!」
「……ホントに?」
すぐさま、後ろに立つジークさんや他の冒険者たちの方を見やる。
彼らは俺と目が合うや否や、ぶんぶんと首を縦に振った。
妙に必死なその様子を見る限り、どうやらこのロロナさんは本当にギルドマスターらしい。
「間違いないようですね。どうも失礼しました、俺はエイトと申します」
「分かればよい。ま、私もこのなりだから慣れてはいる。むしろ当然の反応だな」
「そう言ってもらえると、助かります」
「うむ、なかなか礼儀をわきまえておる。ジークが気に入るわけだ」
満足げにうなずくロロナさん。
その眼差しはどこか、小さいころに亡くなったおばあちゃんに似ていた。
外見こそ子どものようだが、中身は相当の歳なのかもしれないな。
「いま、変なことを考えなかったか?」
「そんなことは!」
「なら良いのだが。してエイトよ、おぬしは何を得意としておる? ジークに推薦された時点で加入は承諾しているが、能力を把握しておきたくてな」
そう言うと、ロロナさんは俺の全身を値踏みするように見渡した。
あー、今の俺は杖とか持ってないからな……。
装備だけだと、職業を特定しづらいのかもしれない。
「魔法全般が使えますよ」
「全般? 君は、治療術師ではなかったのかね?」
ひどく意外そうに尋ねてくるジークさん。
俺はすぐさま、首を横に振る。
「いいえ、魔法使いです」
「なんと!」
大きな声を出し、ジークさんはひっくり返りそうになった。
ロロナさんも、少なからず意外そうな顔をする。
周囲の冒険者たちも、彼らの反応に合わせるかのようにざわつき始めた。
「治癒魔法が使える魔法使いとは、驚いたな」
「私も、攻撃魔法はだいたい修めているが……治癒はのう」
「そうですか? そりゃ、最高位となると難しいですけども。ある程度は覚えません?」
「いや、覚えん」
きっぱりと言い切るロロナさん。
うーん、攻撃魔法も治癒魔法も根っこの部分は同じなんだけどな。
どちらも魔力を使って発動するものなので、扱い方はよく似ている。
こりゃ、治癒魔法だけじゃなくて攻撃魔法の方もちょっと怪しくなってきたぞ。
「エイト君。治癒の方は先ほど見せてもらったから、今度は攻撃の方を見せてくれないか?」
「いいですよ。あー、でも……」
実践するのは問題ないが、ここは町中である。
自慢ではないが、賢者と言われていただけあって俺の魔力は人並み外れて高かった。
初級魔法でも結構な威力が出るので、迂闊に使うと被害が出てしまう。
すると俺の言わんとしていることを察したのか、ロロナさんが胸を張る。
「そういうことなら、私が結界魔法を使おうかの」
「おお、それは助かります!」
「ふふふ! 見るがいい。秘数式結界魔法・伍式!!」
ロロナさんの足元に魔法陣が展開され、その上を無数の数字が駆け抜けていく。
ざっと見たところ、呪文の代わりに数列を利用しているらしい。
この千年の間に新しくできたものだろう、まったく見たことのない形式だ。
発動速度に優れているようで、あっという間に俺たちを覆う五重の結界が出来上がる。
「すごいですよ!! こんなの初めて見ました!」
「これでも、ギルドマスターだからの。それなりに腕は立つわい」
「へえ、さすがですねえ」
「……それなりどころか、マスターは『賢神エルグの生まれ変わり』って言われるほどだよ」
俺が感心していると、ジークさんがそっと耳打ちしてくれた。
賢神エルグの生まれ変わり……ねえ。
それを言われた俺は、エルグ本人なのだけれども。
こういう時、どういう反応を返せばいいんだ?
生まれ変わりも何も、そもそも俺はピンピンしてるし。
「……どうかしたかの?」
「いえいえ! 何でもないです!」
「では、こいつに向かって魔法を撃ってもらおうか」
「はい!」
ロロナさんが示したのは、部屋の端に置かれた桶であった。
誰かが掃除にでも使った後、そのまま置きっぱなしにしてしまったのだろう。
これぐらいなら、初級で十分すぎるな。
「炎よ、我が前に立つものを打ち倒せ! ファイアーボールッ!!」
「うおッ!?」
炎が一直線に飛び、桶を正確に打ち抜いた。
バコンッと気持ちのいい音が響いて、木で出来たそれが粉々になる。
さらに炎は結界へとぶつかり、大きなヒビが入った。
衝撃によって、ギルドの建物全体がわずかに揺れる。
ありゃ、見た目は凄かった割に貧弱な結界だな……。
どうせ大した魔法は使わないだろうと、高を括っていたのだろうか。
「どうでしょう?」
「……これは! 凄いのう!」
「見事だな!」
俺が振り返ると、そこにはずいぶんと感心した様子のロロナさんたちがいた。
野次馬として集まっていた冒険者たちも、こちらを見て口々に声を上げている。
俺の魔力によって威力が底上げされていたとはいえ、たかだかファイアーボールですごい騒ぎようだ。
やっぱり、これは……間違いないな。
「見事な上級魔法だ、驚いたぞ!」
「え?」
「初めて見る魔法だな、なんというものだ?」
「ファイアーボール、ですけど……!」
後頭部をかきながら、答える俺。
するとたちまち、何人かの冒険者が意外そうにメモを取った。
おいおい、まさかファイアーボールを知らないのか……!?
俺があきれていると、すかさず質問の嵐が巻き起こる。
「他にも何かないのか!? どうか教えてほしい!」
「詠唱をもう一度! メモを取りたいです!」
どうやらこの時代では、攻撃魔法も衰退してしまったらしい――!
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