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五話 身分証明は大事です

「ふう……すっかり良くなったようだ」


 あれから小一時間後。

 軽い食事を終えたジークさんが、肩を回しながら言う。

 普段から鍛えているおかげだろう、土気色だった顔にも血の気が戻っていた。

 俺が予想していたよりも、幾分か回復が早い。


「さて、エイト君にはしっかりと礼をしなくては。何か、欲しいものはあるかね?」

「それでは、金貨を一枚!」

「金貨一枚?」


 怪訝な顔をするジークさん。

 しまった、たかだかキュアで吹っ掛けすぎたかな?

 この時代では失われた魔法のようだし、多めに言っておかないと怪しまれるかと思ったのだが。


「そんなものでいいのかい? これでも、私はそれなり以上には稼いでいるつもりだ。遠慮はしなくていいんだよ?」


 ……金貨一枚でも、かなり思い切った数字を言ったつもりだったんだけどな。

 千年前ならば、毒の治療なんて銀貨一枚でおつりが来たからな。

 良心的な聖職者ならば、タダ同然にやってくれることだってある。

 それでお金をいっぱい取るのはなぁ……さすがに少し気が引けた。


「いや、十分ですよ。それほど手間のかかる魔法でもありませんし」

「それでは私の気が収まらない。体面というものもあるしな。金貨五十枚でどうだろう?」

「ご、五十枚!? さすがにそれは無理ですよ!!」


 ダメダメと手を振る俺。

 いくら相手の好意だとは言え、そこまでは無理だ。

 するとここで、メイリムさんが助け舟を出してくれる。


「でしたら、冒険者ギルドへ紹介してもらってはいかがでしょう? エイトさん、仕事がなくて困ってましたし!」


 冒険者ギルド?

 千年前では、聞いたことのない組織である。


「冒険者ギルドって……なんです?」

「ええッ? 知らないんですか!?」

「……信じられん」


 メイリムさんとジークさんは、揃って驚いた顔をした。

 よほどの衝撃だったらしく、両者ともに固まってしまっている。

 冒険者ギルドというのは、この時代では知っていて当然の存在らしい。

 いつの間にできたのかは知らないが、相当に大規模な組織なのだろう。


「ギルドを知らないって、エイトさんは本当にどこから来たんですか?」

「えっと……田舎です。とにかく、田舎です!!」


 まさか、千年前のこの街だとは言えない。

 自分でも苦しいと思ったが、田舎で押し切るしかなかった。

 するとメイリムさんは、ふむふむとうなずく。


「……そんな未開の田舎からこの街まで来るとは。大変な道程だったんでしょうねぇ!」

「ええ、まあ」

「人には言えないほどの苦労、わかります! わかりますよ!」


 泣き真似を始めるメイリムさん。

 良くも悪くも、想像力の豊かな人らしい。

 俺の適当なごまかしを、良いように解釈してくれたようだ。


「冒険者ギルドというのは、冒険者たちに依頼を斡旋する場所さ。ギルドごとにいろいろな特色はあるが、平たく言ってしまえば仕事の紹介所みたいなところだね」

「へえ、そんなものが」

「大きな町にはだいたいあるものだが……本当に知らないのかい?」

「……恥ずかしながら」


 俺がそう言って誤魔化すと、ジークさんは深く追及してくることはなかった。

 助けられた身としては、あまり恩人を困らせるような真似をしたくはないらしい。

 疑問を抱きつつも、黙っていてくれるようだ。


「冒険者は、実力のある方ならばいい職業だと思いますよ。荒事を扱うことも多いので、治癒魔法の需要は高いですし」

「君ほどの治癒魔法の使い手が加入してくれるのならば、ギルドとしてもありがたい。入りたいというのならば、私からマスターに話を通すが……どうかね?」

「そうですねえ……」


 冒険者か、ちょっとばかり悩むところだな。

 今の俺に足りてないのは、何よりも社会的な信用だ。

 もう少し安定した仕事の方が、いろいろ都合が――


「ちなみにだが、我々のギルドには長い歴史と実績がある。所属しておけば、この街で生活する上で便利だろう。身分証明証も手に入るしな」

「ぜひお願いします!」


 渡りに船とは、まさにこのこと。

 俺はジークさんに向かって、勢いよく手を差し出すのだった――。


 ――〇●〇――


「ここが私たちのギルドだ。なかなか立派だろう?」

「おお……!!」


 ジークさんの案内でたどり着いたのは、二階建てほどのどっしりとした大建築であった。

 入り口が広くとられていて、人の出入りが激しい商家のような造りとなっている。

 その軒先には金色の竜を模したような紋章が大きく飾られていた。


「さ、入ろう」

「はい!」


 ジークさんに連れられて、建物の中に入る。

 するとそこは、広々とした酒場のようなスペースとなっていた。

 板敷の床にテーブルがいくつか並べられ、さらにその奥にカウンターが備えられている。


「ジークじゃないか! 怪我は大丈夫だったのか?」

「おかげさまで。ピンピンしているよ」

「また今度、一緒に仕事しようぜ!」

「おう!」


 人望があるのか、次々と声をかけられるジークさん。

 彼はそれらを軽く受け流すと、そのままカウンターの方へと向かった。

 そして、書類の整理をしている女性に声をかける。


「新入りを連れてきた。マスターはいるか?」

「あら、珍しいですね! 少々お待ちを!」


 女性は書類をカウンターに置くと、すぐさま奥へと消えていった。

 少し離れたところから「マスター! マスター!!」と人を呼ぶ声が聞こえてくる。

 やがて――


「おぬしが、ジークの連れてきた新入りか?」


 響き渡る、涼やかで心地の良い声。

 俺たちの前に現れたのは、まだ年端も行かぬ少女であった――。


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