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四話 治癒魔法は衰退しました

 聖堂に担ぎ込まれた男は、既に瀕死の状態であった。

 恐らくは、魔物の毒にやられたのだろう。

 鎧に守られて傷は浅いようだが、顔が土気色になっている。

 呼吸も弱々しく、今にも止まってしまいそうなほどだ。


「そんな、ジークさんがどうして!?」


 男の顔を見たメイリムさんは、ひどく驚いた顔をした。

 この人物とは、それなりに見知った仲だったらしい。


「森でベセルスネークに噛まれたようで!」

「ベセルスネーク!? そんなの、このあたりにはいないはずじゃ……!」


 ベセルスネークと聞いて、メイリムさんの顔がみるみる青ざめる。

 ……何だか、えらく大げさな反応だな。

 ベセルスネークの毒は強力だが、治癒させることはそれほど難しくない。

 神聖魔法を習得した聖職者ならば、特に問題はないだろう。

 まして、聖女と呼ばれるほどの人物なら即座に治せるはずだ。


「えっと、ひとまず鎧を脱がせましょう! そこのあなた、奥から聖水を持ってきてください!」

「わかりました!」


 すぐさま聖水の入った瓶が運ばれてくる。

 メイリムさんは急いで男を長椅子に横たえると、鎧を脱がせて傷口をあらわにした。

 ふむ、予想した通り傷はそれほど深くないな。

 顔色が悪いのも、血を失ったのではなく毒の作用によるものだろう。

 これならば、解毒さえしてやれば数時間で回復するな。

 俺がそう思っていると、メイリムさんは勢いよく傷口に聖水をぶっかけた。

 そして――


「傷つき病める者に大いなる神の慈愛を、ヒール!」

「え?」


 まさかのヒールに、たまらずずっこけそうになった。

 毒にヒールって、初心者でも滅多にやらないミスだぞ!?

 ヒールはあくまでも外傷を治すものであり、毒にはキュアを使う。

 治療に携わる者が、真っ先に教えられる鉄則である。

 仮に傷口をふさぐにしたって、この状況ならヒールよりキュアの方が優先のはずだ。


「くッ! なかなか回復しませんね……!」


 そう言うと、額の汗をぬぐうメイリムさん。

 待て待て、冗談で言ってるのか……?

 ヒールで毒の症状が改善しないなんて、当たり前すぎるだろ。


「何やってるんですか! 早くキュアを!」

「きゅあ?」


 俺が催促すると、メイリムさんはぽかんとした表情をした。

 嘘だろ、キュアを知らないのか?

 それでよく、聖女なんて呼ばれているものである。

 いや、もしかすると――


「それじゃ、毒の治療はどうするんですか?」

「聖水で傷口を消毒して、あとはヒールです! ベセルスネークの毒には、有効な解毒剤もなくて……」


 そう言うと、メイリムさんは焦った顔をしながら再びヒールを唱えた。

 どうしてこうなってしまったのかはわからないが……千年の間にキュアは忘れられてしまったらしい。

 街並みを見ていろいろと進歩したと思っていたけれど、必ずしもそうとは限らないようだ。


「救って見せますよ、ジークさん! 神よ、どうか私に力を……!!」


 祈りを捧げながら、必死でヒールを連打するメイリムさん。

 目立ちそうだからあまりやりたくはないが……こうなっては仕方がない。

 このままでは本当に死にかねないし、何より頼まれてしまったからな。

 『神よ、どうか私に力を』って。


「すいません、俺にやらせてくれませんか?」

「え? 無理ですよ、あなたの手には負えません!」

「大丈夫、これに対する一番いい方法は知ってますから!」

 

 俺は有無を言わせず男に手を差し伸べた。

 そしてすかさず――


「悪しきに侵されし者に大いなる神の息吹を、キュア!」


 男の身体から、毒が黒いモヤとなって噴出した。

 それを浄化の風がみるみる吹き飛ばしていく。

 これで一安心、治療完了だ。


「ここは……?」

「ジークさん!? 良かった……!」

「おお、奇跡だ! 信じられない!!」


 目を覚ました男が、ゆっくりと起き上がる。

 それを見たメイリムさんたちは、すぐに喜びを爆発させた。

 やれやれ、よかったよかった。

 事態が解決して、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「さすがメイリムさんだ。ベセルに噛まれたときは、もう駄目だと思ったが……まさか助かるとは!」

「いえ! 毒を治療したのは、こちらの方です!」

「……ほう、君が?」


 男は意外そうな顔をすると、俺の方を見てきた。

 すかさず、軽くお辞儀をする。


「どうも。エ……エイトと申します!」


 エルグと名乗りかけたのを、慌てて誤魔化す。

 ふう、危ない危ない。

 ただでさえ目立つことをしたのに、ここで神の名前なんて名乗ったらどうなることやら。


「エイト君か。私はジーク、冒険者をしている」

「ジークさんは、この街でも有数の凄腕なんですよ!」

「いやいや、メイリムさんに褒められるほどではないよ」


 手を振って誤魔化すジークさん。

 鎧を着ていたことから察してはいたが、やはり戦いを生業とする人種らしい。

 冒険者と言えば、千年前からある概念である。

 誰でも自称することが出来たので、職業と言えるかどうかは少し怪しいものだったが。


「しかし驚いた、まさかベセルスネークの毒が治療できる者がいたとはな。改めてお礼を言わせてもらおう、ありがとう!」

「私からも、ありがとうございました!」


 ジークさんとメイリムさんに続いて、見守っていた人々からも次々とありがとうの声が上がった。

 ……キュアなんて、そんなに難易度の高い魔法じゃないんだけどな。

 繰り返される感謝の嵐に、少しばかり照れくさくなってくる。


「あはは……いや、大したことないですよ」

「そんなことありません! 毒を治療する魔法なんて、伝説級ですよ!」

「そうだぞ。私も長いことこの稼業をしているが、見たことがない」

「メイリム様のヒールだって、すっごいのになぁ……。それ以上だもんな」


 口々に凄い凄いと騒ぎ立てる一同。

 こりゃ、治癒魔法の衰退は予想以上に進んでいるようだな……!


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