三話 自宅が大聖堂になっていた
「ほほう……!」
さすがに千年も経つと、世界もいろいろと変わるものである。
城壁の内側に広がる街は、見慣れないものでいっぱいだった。
家々の窓に嵌っているのは……ガラスだろうか?
千年前は王宮にすら用いられていなかったのに、ずいぶんと普及したものである。
道もよく整備されていて、非常に歩きやすかった。
「この分なら、魔法も発達してそうだな。いろいろ気になるが……まずは金の問題か」
今の俺の所持金は、金貨が三枚に銀貨数枚である。
金の価値が暴落でもしていなければ、これでしばらくはしのげるはずだ。
しかし、逆を言ってしまえばしばらくしか生活できない。
仕事を見つけることが、何よりの急務だろう。
「日雇いの仕事でも、あればいいんだけどな。ここはひとつ、シスター様とやらのところへ行ってみるか」
さっそく俺は、守衛さんに言われたようにシスター様の元へ行くことにした。
千年前では、聖職者は土地の有力者として顔が広いものだった。
上手く話をすれば、仕事の一つや二つぐらい紹介してくれたものである。
恐らく、この時代においてもそこは変わらないだろう。
巡礼者があれだけいるのだ、宗教に力がないとは思えない。
「えーっと、聖堂は……あれだな。すげえわかりやすい」
周囲を見渡すと、すぐさまそれらしき建物が目に入った。
街の中心部に、壮麗な石造りの大建築が聳えていたのである。
こうして近づいていくと、王宮や城と見まごうほどの大きさだ。
天を衝く双塔と枝のように飛び出した無数の尖塔。
千年前には見たこともない建築様式だが、壮大で何とも美しい。
「こいつは大したもんだな……」
建物の造りに感心しながら、正面の大階段を上る。
そのまま立派な扉を開いて中に入ると、吹き抜けの大空間があった。
その最奥、色鮮やかに輝くステンドグラスの下に、一人の女性が佇んでいる。
艶やかな金髪と、母性を感じさせる女性らしい身体つき。
顔立ちは優しく柔和で、見ているだけで癒されるようだ。
やがて彼女は俺の姿に気づくと、驚いたように口元を抑える。
「あなたは……!」
女性は俺に近づいてくると、すぐさま上から下までじっくりと見渡した。
俺、そんなに変な格好をしてるのか……?
その容赦のない視線に、たまらず眉をゆがめる。
「あ、申し訳ございませんでした! あなたのお姿が、あまりにもエルグ様の像にそっくりでしたので」
「……は、はあ。まあそうでしょうね」
「へ?」
「いやいや、何でもないです!」
そりゃまあ、そっくりも何も本人だから当然である。
けれど、改めて言われると何とはなしに変な感じがした。
知らない人に顔を知られるって、こんな気分なのか……。
自分が王様にでもなったような気がしてくる。
勇者の仲間としてそれなりには有名だったが、顔はそれほど知られてはいなかったからな。
「この聖堂は、かつてエルグ様の家があった場所に建てられていまして。いつか、エルグ様がこの神の家に帰られるという言い伝えがあるのですよ」
「ここが、エルグ様の家……」
俺の家は、千年前の基準でもしょぼくれた木造家屋だった。
両親ともに平民で、決して裕福な家ではなかったのである。
それが、千年の時を超えてこんなドデカイ聖堂に生まれ変わっているとは。
神ですら予想できなかったに違いない。
……ま、神と言っても俺なんだが。
「どうかされましたか?」
「いえいえ、大丈夫です」
「ならば良いのですが」
ほっと胸に手を当てる女性。
その可愛らしいしぐさに、俺は目を奪われそうになりつつも尋ねる。
「えっと。あなたが、ここのシスター様ですか?」
「はい、そうですよ。私はメイリム、教皇様よりこの聖堂の管理を任されております」
「その若さでここの管理とは。なかなかすごいですね!」
素直に感心して、称賛の言葉を贈る。
見たところ、このメイリムさんはまだ二十歳前と言ったところだ。
それでこれだけ大きな聖堂を任されているとは、大したものである。
するとメイリムさんは、いえいえと手を振る。
「私など、大したことありませんよ! たまたま神聖魔法に長けていたので、人より出世が早かっただけです。私のことを聖女などという人々もいますが、まったく大したことはなくて……!」
どうやら、気にしていたポイントをついてしまったらしい。
メイリムさんは顔を赤くすると、いかに自分がすごくないかを力説し始めた。
人にすごいと言われると、盛大に照れてしまうタイプのようだ。
「ああ、すいません! 一方的に話し過ぎちゃいましたね!」
「ははは、これぐらい構いませんよ」
「ありがとうございます。それで、本日はどうして聖堂へ? 祈りをささげるのは太陽の曜日と決まっておりますが……」
怪訝な顔をするメイリムさん。
信徒の人たちは、聖堂へ来る曜日があらかじめ決まっていたのか。
道理で、人が全然いなかったわけである。
「すいません。実は折り入って、メイリムさんに相談したいことがありまして――」
これまでの経緯を説明する。
もちろん全て本当のことは言えないので、適当に誤魔化しつつだ。
すると人が良いメイリムさんは、何の疑いもなく素直に聞き入ってくれる。
そして――
「……口減らしで家を追い出され、着のみ着のままなんて! 大変だったでしょうねぇ!」
「ええ、まあ」
「ご安心ください、私が力になりましょう! あなたにできるお仕事を、必ずや探して見せます!」
「はい、よろしくお願いします!!」
深々と頭を下げる。
するとメイリムさんは、自信ありげにフフンっと鼻を鳴らした。
彼女はドーンと胸を叩いて言う。
「任せてください! それでお聞きしたいのですが、あなたは何か得意なこととかありますか?」
「ま……いや、違うかな」
魔法と言いかけて、慌てて口をつぐむ。
なにせ、俺が活躍していた時代から千年も経っているのだ。
魔法の技法だって、大いに進歩していることだろう。
俺が操る上級魔法の数々とて、この時代では子どもが使うようになっているかもしれない。
「……すぐ思い当たるものがありませんか? 大丈夫です、それでもできるお仕事は――」
「聖女様、聖女様ーーッ!!」
いきなり、扉を押し開いて数名の男が駆け込んできた。
メイリムさんは、すぐさま血相を変える。
「何事ですか! 神の家で粗暴なふるまいは許しませんよ!」
「怪我人です!! すぐに診てやってください、今にも死にそうなんです!!」
「何ですって!!」
走り出すメイリムさん。
こりゃ、ちょっと大変なことになって来たぞ――!
感想・ブックマークなど頂けると嬉しいです!
ぜひぜひよろしくお願いします!