第二十一話 巨人
「……なるほどなのですよ」
「道理で、ひよっこじゃ務まらないっていうわけだ」
ドガナードさんに連れられてたどり着いたのは、大きな岩山だった。
切り立った崖に沿うようにして、鎖が打ち込まれている。
それ以外にろくな足場はなく、あちこちから突き出した岩が行く手を遮っていた。
こりゃ、よほどの強者でないと登れやしないな。
「ここを……行くのか?」
「ああ、そうだ。ガラダイト鉱石はこの崖でしか採掘できないからな」
「これならば、もう少しまともな格好をしてこればよかった……」
「気にするな。どうせ、何を着ていても落ちれば死ぬ」
豪快に笑うドガナードさんに、コーデリアさんは青い顔をした。
しかし、引き受けてしまった依頼を放り出すわけにもいかない。
俺たちは腰にピッケルを下げると、ドガナードさんに続いて崖を登っていく。
見た目からして大変そうだったが、実際にやってみるとそれ以上だな……。
岩肌はつるりとしていて、気を抜いていたらあっという間に滑り落ちてしまいそうだ。
「コーデリアさん、大丈夫ですか?」
「……あ、ああ!」
「妙に返事が遅いのですよ」
「しゅ、集中していただけだ!」
そう言うコーデリアさんの身体は、左右に大きく揺れていた。
危なっかしいその身体運びに、見ているだけでハラハラしてきてしまう。
どうやら彼女は、バランスを取るとかそう言ったことはあまり得意ではないらしい。
加えて、高いところも苦手なようだった。
「降りた方がいいんじゃないか?」
「そんなことはできん! 誇り高い騎士だぞ、私は!」
「いや、騎士とか関係ないと思うのですよ?」
「騎士は何事からも逃げないのだ! いついかなる時にでも!」
それとこれと関係あるのか!?
コーデリアさんの良くわからない理屈に、俺は思わず目をぱちくりとさせた。
するとドガナードさんが、笑いながら言う。
「いいじゃねえか! そう言う一本通ったやつは、大好きだぜ!」
「ありがとう! そう言われるととてもうれしい!!」
「いや、変なこと言って調子に載せないでください!!」
「そうなのですよ! 危なっかしいのです!」
「まあまあ、大丈夫だろ。いざとなれば考えるのが人間ってもんさ」
そう言うと、ドガナードさんはひょいひょいと岩壁を移動していった。
ドワーフ特有の小柄な体格もあって、実に身軽である。
彼はそのまま適当な岩の前にたどり着くと、勢いよくピッケルを振るい始める。
やがて大きな岩にひびが入り、中に埋もれていた黒い鉱石が露出した。
ドガナードさんは袖をまくると、ヒビに手を入れてムンズとそれをつかみ取る。
「これがガラダイト鉱石だ! あんたたちも、こいつを集めてくれ!」
「それ、どの石に入ってるのかどうやって見分けるのです?」
「いろいろあるが……素人にはまず無理だ。このあたりの岩なら大体入ってるから、適当に割ってくれ」
「わかった。任せろ!」
「コーデリアさん、欠片が落ちてきますって!」
「あたたッ!」
パラパラと振ってきた欠片に、慌てる俺とファリスさん。
するとうっかりしていたのだろう、彼女はすぐさま下を向いて謝る。
「すまない! 失念していた!」
「気を付けてくださいよ!」
「ああ。ここはひとつ、みんなで散会したほうがよさそうだな」
そう言うと、コーデリアさんは俺たちから離れて行こうとした。
うーん、目が届かなくなったらなったで非常に危ないような気がする……。
俺が近くにいれば、最悪、魔法を使って助けることは出来る。
けれど、目の届かないところで落下されたらどうしようもないからなぁ。
「仕方ない、あんまりやりたくなかったんですけど……あれを使いますか」
「何をするのです?」
「あの、みなさん一度崖から降りてもらえますか! 俺が魔法を使って採掘するので!」
「魔法で採掘? まさか、このあたりを吹き飛ばす気なのです!?」
『ストイケイア』を使うとでも思ったのか、ファリスさんは目をぱちくりとさせた。
それに合わせて、コーデリアさんもまたこちらを振り向く。
ファリスさんから、魔法の威力をさんざん聞かされていたからだろう。
彼女の顔は、妙に引きつっていた。
一方、俺のことをよく知らないドガナードさんは不思議そうな顔をしている。
「おいおい、いったい何するってんだよ?」
「ちょっと、この崖の一部を削ってやろうかと」
「やっぱり、ストイケイアなのです?」
「そうではなくて。まあ、とにかく一度降りてください。危ないですから!」
再び俺がそう言うと、三人は渋々といった様子で崖を降りた。
こうして地上にたどり着いたところで、俺は地面に魔法陣を描き始める。
「これでよしと。あとは、核になるものがあればいけるかな。ドガナードさん、さっきの鉱石なんですけど一ついただけませんか? 報酬から天引きでいいので!」
「構わんが、何に使うんだ?」
「まあ、ちょっと見ててくださいよ」
ドガナードさんから受け取ったガラダイト鉱石。
それを魔法陣の中心に置くと、さらに術式を書き足していく。
やがてそこへ魔力を注ぐと、地面が大きく隆起した。
そして、巨大な人型が現れる。
「な、なんだこいつは!?」
「うわぁ……! でっかいのですよ!?」
「こいつは、聞いたことがあるぞ。ゴーレムってやつか!!」
声を張り上げるドガナードさんたち。
その目の前で、ゴーレムはゆっくりと歩きだしたのだった――。




