二十話 名工の依頼
「一晩で金貨五枚分も飲んじゃったのですよ……。税金と家賃を払ったら、あと金貨一枚なのです」
「無茶苦茶するからだ。まったく!」
しょんぼりするファリスさんに、ため息をつくコーデリアさん。
生活が苦しいというのに、一晩でそんなに飲んだらそりゃそう言うわな……。
彼女が注意していなかったら、俺が言っていたことだろう。
「反省しているのです、はい」
「気を付けてくださいよ。酒は飲んでも飲まれるなって、昔から言いますから」
「エイトの言うとおりだ。反省するまで、酒は禁止だぞ!」
「そ、そんなぁ!? 私、これでも飲むのは好きなのですよ! 死んじゃうのです!」
「それぐらいで死ぬか!」
ダンッとテーブルを叩くコーデリアさん。
美人が怒ると怖いと言うが、今の彼女はまさにそうであった。
切れ長の瞳は刃のように鋭く、そこに満ちる怒りは炎のようである。
これにはさしものファリスさんも、申し訳なさそうに身を小さくする。
「まあまあ、それぐらいにしましょう? ファリスさんも反省してますし」
「仕方ないな……」
「ではでは、依頼書を見にいくのですよ! 今日も元気に仕事をするのです!」
そう言うと、ファリスさんは席を立って掲示板の方へと向かった。
大きめの仕事をこなしたし、少しゆっくりしようかとも思ったけど……。
ファリスさんの懐事情を考えると、そうもいかないな。
「今日は軽めのやつで頼みますよ」
「はいなのです! えーっと、えーっと……」
張り出されている依頼書を見ながら、唸るファリスさん。
どうやら、あまり良さそうな依頼がないらしい。
俺も近づいてみると、確かにめぼしいものがなかった。
「ごめんなさいね。森の調査が長引いちゃってて、依頼が少し足りないんです」
「ジークさんたち、まだ戻ってこないんですか?」
「そうなのよ。そろそろ捜索隊を出そうかって話にもなってるんですけど……まとまらなくて」
やれやれと両手を上げるレイラさん。
ジークさんたちは、この街でも有数の凄腕パーティだったはずである。
それが戻ってこないとなると、捜索隊はそれなりの実力者でなければならないだろう。
ミイラ取りがミイラになってしまっては、元も子もないからな。
「エイトさんにも、そのうち協力を頼むかもしれません。噂の魔法、頼りにしてますよ」
「あれをぶっ放すような事態には、なってほしくないんですけどねえ」
ストイケイアは一撃必殺の威力を誇る大魔法。
それゆえに消費や隙も大きく、滅多なことで使えるようなものではなかった。
あれを使うということは、それだけ自体が切羽詰まっているということである。
「まあ、検討はしておいてもらえると助かります」
「ええ。いざというときには、もちろん協力しますよ」
「ありがとうございます。それで依頼ですが……あれなんていかがでしょう? エイトさんたち三人に、おススメですよ」
そう言うと、レイラさんは掲示板の隅に貼られていた依頼書を指さした。
上に大きく『鉱石採取の助手』と書かれている。
そして依頼主は――
「おお! ドガナードからの依頼ではないか!」
「有名な人なんですか?」
「ああ、町一番と評判の鍛冶師だ。気が向かないと仕事をしないことで有名でな、その作品にはとんでもない値が付く」
目を輝かせながら、興奮した口調で語るコーデリアさん。
口の端からよだれが出てしまっている。
町一番の鍛冶師か。
もし上手くつながりが持てたら、コーデリアさんの鎧とかぜひお願いしたいところだな。
「これにしよう、これに!!」
「いいですね!、やりましょう!」
「はいなのです! 汚名挽回するのですよ!」
「汚名は挽回しちゃダメですよ……。ま、行きましょうか」
依頼書を剥がすと、レイラさんのカウンターへと持っていく。
こうして俺たちは、ドガナードさんの依頼を受けるのであった――。
――〇●〇――
「ここがドガナードさんの店ですか……!」
ノースフォスの西、工房が並ぶ一角。
その通り沿いに、ドガナードさんの店はあった。
さすがは町一番と評判の鍛冶師、小さいながらも立派な佇まいである。
飾られている商品も、街の鍛冶屋にしてはなかなかの逸品揃いだ。
魔法は衰退したが、基本的な鍛冶の技術は進歩しているかもしれない。
「うわぁ、高そうなものでいっぱいなのですよ」
「気を付けるのだぞ。壊したら弁償できないからな」
「ドガナードさんは……あれ? いないのかな?」
「おるぞい」
「え?」
声がしたので、慌てて振り向く。
しかし、そこには誰もいなかった。
おかしいと思って首をかしげると、再び声がする。
「下じゃ! こっちこっち!」
「わッ!」
視線を下げると、そこにはがっしりした体格の小柄な男が立っていた。
年のころは、五十ほどにはなろうか。
白髪交じりの頭と筋骨隆々とした身体、そして子供ほどの低い身長。
ほぼ間違いない、ドワーフである。
「ちゃんと生き残ってたんだな……。千年前でも、数が減ってたのに」
「あん?」
「いえ、こっちの話です!」
「うむ、お前たちが夜明けの剣の冒険者か」
「はい!」
深々とお辞儀をする俺たち。
それを値踏みするような目で見たドガナードさんは、ほうほうとうなずく。
「こりゃまた、ずいぶんとひよっこだな。これでつとまるかの」
「え? 鉱石採取の依頼なのですよね?」
「ああそうだ、だが…………まあ行けばわかるかの」
そう言うと、意味深げに笑うドガナードさん。
俺たち三人は、揃って顔を見合わせるのだった――。




