二話 千年が過ぎていたらしい
「名前が同じだけだよな? それにしては、容姿もずいぶんと……」
森と草原のちょうど境界のあたりに位置する、立派な街。
その壁に備えられた門の脇に、大きな大きな石像が建立されていた。
――偉大なる賢神エルグの像。
台座に記された文字と実際の像を見比べながら、唸る。
見れば見るほど、俺によく似た像だった。
アホ毛の出た髪型まで、ほとんど完全に再現されている。
「やっぱり、俺なのか? まあ、それなりに功績はあるだろうが……神ってなんだよ」
魔王を道連れにしたことを考えれば、石像の一つぐらい建ってもおかしくはないかもしれない。
カイルは律儀な男だったから、俺の功績を讃えるように王に取り計らってくれたのかもな。
しかし……さすがにこれはやりすぎじゃないか?
門を見守るように建てられた石像は、そこらの家よりもよほど大きく見えた。
だいたい、賢神ってなんだよ。
「……申し訳ないが、そろそろ順番を譲っていただけませんか?」
石像の前で立ち尽くしていると、不意に声をかけられた。
見れば、いつの間にやら俺の後ろに列が出来ている。
「ああ、すいません」
「いえいえ。エルグ像から離れたくない気持ち、よくわかりますぞ」
そう言うと、男は俺の像に向かって深々と頭を垂れた。
さらに手を組んで、何やら熱心に拝んでいるようである。
そしてしばらくすると、入れ替わって次の人物が祈りを捧げた。
それが延々と、途絶えることなく繰り返されていく。
……こりゃ、いったいどういうことだ?
俺は門の脇にいた守衛に近づくと、すぐさま尋ねる。
「あの。彼らは一体……?」
「エルグ教徒だが、どうして?」
驚いたような顔をする守衛。
エルグ教徒って、宗教までできているのかよ!
思わず頭を抱えそうになるのを、どうにか堪える。
「あー、すまない。見たことがなかったから」
「今時珍しいな。あの像の前にいたから、てっきり君も巡礼者なのかと思ったよ」
「巡礼?」
「ああ。ここノースフォスはエルグ様の生まれた街だからな。あちこちからくるぞ」
「えッ?」
すぐさま、街を取り囲む城壁を見やる。
ここが……ノースフォスだって?
言われてみれば、周囲の山や森には見覚えがあるような気がする。
しかし、街の様子がまるで違っていた。
俺が育った頃のノースフォスは、そもそも町というより村というのが相応しい規模だった。
けれど、いま目の前にある街は都会も都会。
王都に匹敵しそうなほどの規模である。
「信仰の力ってすげえ……。つか、どれだけ崇拝されているんだ俺……」
「何言ってんだ?」
「ああ、何でもない! こっちの話だ」
「そうかい、ならいいんだが。街に入りたいなら、荷物検査をさせてくれ」
「わかった」
もとより、着の身着のままである。
服以外の持ち物は、ほとんど次元の彼方に置いてきてしまった。
せいぜい、懐に入れていた財布ぐらいである。
「どうぞ、服以外はこれだけだ」
「ふむ……見慣れない金貨だな。美術品か?」
「は? 王国金貨だろ?」
王国金貨と言えば、大陸でもっとも出回っている通貨である。
物々交換が主体のド田舎ならともかく、これだけの街ならまず間違いなく普及しているはずだ。
いつの間にかできていた、俺を崇める宗教。
信じられないぐらいに発展していた故郷の街。
ほとんど誰もが知っているはずの金貨を知らない守衛。
何とはなしに、嫌な予感がした。
「……一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「いま、大陸歴何年だ?」
「変なことを聞くやつだな。一七八五年だろ?」
「おお、そうか…………」
俺たちが魔王に決戦を挑んだのは、七八五年のことである。
次元の彼方、何もない虚無の空間でかなりの時を過ごしたとは思っていたが……。
まさか、一千年も経っていたとはなぁ。
全身の力が抜けた俺は、へなへなとその場に尻もちをついた。
あまりにも予想外過ぎる、衝撃的な事実だ。
「おいおい、大丈夫か!?」
「ああ、少し立ち眩みがしただけだ」
「気をつけろよ? 兄ちゃん、さっきから話を聞いているといろいろ危なっかしいぜ?」
「すまない、心配をかけた」
パンパンと埃を払うと、再び立ち上がる。
もとより、魔王とともに封印されたときに覚悟は決めていた。
ここが千年後の世界であろうとも、生きていくよりほかはない。
そうしなくては、せっかく苦労して戻って来た意味もないしな。
「兄ちゃん、いろいろと訳アリっぽいが……本当に困ったときは聖堂に行くといいぜ。あそこのシスター様は、何かと面倒見のいいお方だからな。悪いようにはしないだろう」
「ありがとう、覚えておく」
「それじゃ、荷物を返すぜ。ようこそ、賢神エルグの故郷ノースフォスへ。この街で過ごす日々に、賢神の加護があらんことを」
そう言うと、守衛は俺を通してくれた。
――ご加護も何も、本人なんだけどな。
心の中でツッコミを入れながら、俺は無事に街へと足を踏み入れたのだった。