十六話 放て、伝説の魔法!
夜風にそよぐ草原を、黒々と埋め尽くすゴブリンの大群。
その数、号して三千。
下級の魔物といえども、これほどの数が揃うと圧巻だ。
口々に発せられる奇声が重なり合い、音の津波となって押し寄せてくる。
「一体、どうしたらこんなことになるんだ……!?」
「魔法具ですね。あの腕輪から、強い魔力を感じます!」
「誰がそんなものを……! よりにもよってあんな馬鹿に!」
ゴブリンの群れの中心に立ち、実にいい笑顔をしている山賊の頭。
誰がどう見ても――お馬鹿である。
この場はいいとして、召喚してしまった三千匹ものゴブリンを後々どうするというのか。
どう考えたって、処理に困る。
しかし、現時点ではこの後先考えないゴブリン攻撃は厄介としか言いようがなかった。
馬鹿ゆえの脅威である。
「ハハハハハッ! どうだ、我が三千人の山賊団は!」
「三千人って、ゴブリンだから三千匹なのですよ!」
「そんなの、あとでどうするんだ!!」
「だまらっしゃい! 細かいことを言う前に、神に祈りでも捧げろ!」
山賊の手が、サッと振り下ろされた。
それに合わせて、待機していたゴブリンたちが一斉に走り出す。
「コーデリアさんは村の人たちの避難を! ファリスさんは、毒でも何でも使ってください!」
「わかった!」
「任せるのですよ! とりゃとりゃとりゃあッ!!」
いったいどこに隠していたというのだろう。
ファリスさんのローブの中から、毒の入った瓶やら試験管やらが出るわ出るわ。
彼女はそれを次々と、ゴブリンの群れに向かって投げつけていく。
たちまちバンバンッとガラスが砕けて、薬液がまき散らされた。
みるみる広がる紫の霧。
それによって行方を阻まれたゴブリンたちは、にわかに動きを止めた。
魔物の本能で、霧を危険なものだと判断したらしい。
「さすがッ! これなら、何とかなるかもしれない!」
「どうするのです?」
「決まってるじゃないですか。魔法でまとめてぶっ飛ばす!」
俺がそう言うと、ファリスさんは驚きで目を見開いた。
細い首が、折れてしまいそうなほどの勢いで横に振られる。
「ムチャクチャですよ! 人間の魔法で、そんなことできるわけありません!」
「じゃあ大丈夫だ。人間のじゃないから」
「へッ?」
驚いた顔をするファリスさん。
俺はそんな彼女に背を向けると、ゴブリンの群れの方を見据えた。
奴らが動きを止めている今なら、最上級魔法の詠唱が間に合うはずだ。
「混沌と秩序の狭間、遍く統べる七曜の王。大いなる汝らの力、この手に束ねて一となす」
「これは……!」
ファリスさんの声が震えた。
俺が放とうとしている魔法について、何かしらの知識を持っていたらしい。
彼女は唖然としながらも、巻き添えを食わないように近くの家の陰へと避難していった。
「小なるもの、結びつき自壊せよ。混濁し咆哮せよ。彼方より来たりし終焉、天地に満ちて虚無を為さん」
青い稲妻が迸り、七重の魔法陣が目の前に展開された。
古代魔法文字によって構成された、直径数メートルにも及ぶ代物である。
魔力が高まり、集中する。
大気中のマナが共鳴し合い、淡い金色の靄となって具現化した。
やがて――
「最上級魔法『ストイケイア』発動!!」
解放。
この世界に存在する七つの属性、その全てを帯びた魔力塊が光となって駆ける。
着弾、爆裂。
草原を埋め尽くさんとしていた、三千ものゴブリンの大群。
それが大地もろごと、瞬く間に消し飛ばされた。
光と音の洪水が押し寄せ、五感が奪われる。
やがてそれらが収まると、あとに残されていたのは黒々とした巨大なクレーターだった。
「もう大丈夫ですよ」
「あわ、あわわ……!! とんでもないのです!!」
避難していたファリスさんに声をかける。
すると彼女は、こちらの様子をうかがいながらソロリソロリと近づいてきた。
よほど怖かったのだろう、その顔は青ざめて奥歯がガタガタ言っている。
「今のって、どう見ても賢神様が使っていた伝説の『ストイケイア』なのですよ! ど、どういうことなのです!?」
「えっと、それは……」
さすがにもう、田舎の魔法とかじゃ誤魔化すのキツイよなぁ……。
魔法の正体を知られてしまっているし。
かといって、俺がエルグだって名乗ったら大変なことになりそうだよな。
カイルのやつが良く勇者は自由が利かないと嘆いていたが、それどころの騒ぎではない。
今の俺は、大きな宗教の神様にされているのだから。
「その……何というか……」
「わかったのですよ!」
「ん?」
「薬草さんは、エルグ様のご子孫なのですね!!」
キリッとした顔で断言するファリスさん。
……なるほど、そう来たか。
千年前の人間が生きていると普通は考えないから、実に妥当な発想である。
ここはひとつ、乗らせてもらうか。
「ええ、実はそうなんです。だけど、このことは秘密にしておいてくれないか? みんなに知られると、祭り上げられて大変なことになっちゃうので」
「わかったのですよ! 安心してください、私の口はアダマンタイトより硬いのです!」
「その硬いとは違うと思いますけど。ありがとう!!」
「仲間ですから、当然なのです!」
ファリスさんは腰に手を当てると、えへんと胸を張った。
子どもっぽいしぐさに、どことなく不安を覚えるが……まあ信用しよう。
基本的に、悪意のない人ではあるし。
「しかし、エルグ様に子孫がいたとは意外なのです。教会の話では、エルグ様は生涯女性と関係を持たず清い身体を保ち続けたって言われているのですよ。つまりど――」
「ちょ、ちょっと待った! それ以上言わなくていい!!」
「え、ええ!」
有無を言わせぬ俺の圧力に、たまらずうなずくファリスさん。
そんな恥ずかしいことまで、わざわざ後世に伝えなくていいのに……!
俺は心の中で、思わず叫ぶのであった――。
呪文を考えるのに二時間かかりました……!
恐らく、完成に一番時間のかかった話です。
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