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一話 帰ってきたら神になっていた

 大陸の最北端、魔の領域との境界付近。

 草木も生えぬ不毛の地で、俺たちは進撃してきた魔王と対峙していた。

 ここでもし敗北すれば、いよいよ魔族の軍勢が大陸へとなだれ込む。

 そうなれば、人類にもう残された道はない。

 必ず、いかなる犠牲を払おうとも勝たなければならない戦いだ。

 しかし――


「蝿が」

「ぬわあァッ!!」


 埃でも払うかのように、軽く振られた手。

 それが完全武装の戦士ロダンを、いともたやすく吹き飛ばした。

 これが、これこそが魔王の力なのか……!

 これまでも魔族とは戦ってきたが、生物としての格がまるで違っていた。

 骨と皮ばかりで構成された、魔王の肉体。

 戦う前までは弱々しくすら見えていたそれが、今では鋼の塊のように感じられる。


「貴様ら、勇者とか申したか。たいそうな名前のゴミだ」

「そのゴミに、お前は倒されるんだ!」

「面白いことを言う。褒美をやろう」


 魔王の掌に、炎が出現した。

 この世の炎ではないのだろう、黒々と輝いている。

 それはたちまち大地に広がると、俺たち四人にまとめて襲い掛かった。


「くッ! 聖光の盾よ、我らを守りたまえ……!!」

 

 聖女スーシアが、とっさに防御魔法を唱えた。

 しかし、防ぎきれない。

 光の盾はたちまちのうちに粉砕され、その衝撃で俺たちはなすすべもなく吹き飛ばされる。

 岩に激突した俺は、血を吐いて意識を失いそうになった。

 

「魔王め、これほどとは……!」

「おとなしく恐怖に震えていれば、あと半年ほどは長生きできたものを。実に無駄だ、見苦しい」


 魔王がゆっくりと勇者カイルに迫っていく。

 完全にとどめを刺すつもりなのだろう、右手に尋常ではないほどの魔力が集まっていた。

 あれで攻撃を食らえば、神聖なる鎧を纏った勇者と言えどひとたまりもない。

 これはもう、俺が覚悟を決めるしかないな……!

 

「さらばだ。安心しろ、人間はすべて貴様の後を追う」

「おっらあァ!!」

「む?」


 魔王の意識のほとんどが、カイルに向けられた瞬間。

 最大にして最後のチャンスであるそこを狙って、俺は魔王に飛び掛かった。

 そしてすぐさま身体を羽交い絞めにすると、自分ごと拘束術式を展開する。

 ドラゴンをも縛り上げる魔力の鎖が、俺たちの身体をあっという間にがんじがらめにした。

 

「貴様ァ! やってくれたな!」

「今だ! 早く、封印しろおォ!!」


 声の限りに叫ぶ。

 それを受けて、カイルは身体を震わせながらも立ち上がった。

 聖剣の切っ先がまっすぐにこちらへと向けられる。

 勇者のみが習得できる最終奥義――次元剣。

 あらゆるものを次元の彼方に封じるそれを用いれば、たとえ魔王と言えども何とかできるはずだ。

 

「何をためらっているんだ! 早く!」

「……できねえ! いま次元剣を使ったら、エルグまで封印されるだろうが!」

「こんな時に何を言ってんだ!! ここでこいつを封印しなかったら、すべて終わっちまうんだぞ!」

「だがよぉ!!」


 気が付けば、カイルの眼に涙が浮いていた。

 誰よりも強く、誰よりもたくましく。

 勇者としての理想を体現したカイルが、泣いていたのだ。


「俺にはできねえよ……。仲間を捨てて、世界を選ぶなんてことは……!」

「俺だって、本当はみんなと一緒にいてえよ! だけど、そういうわけにも行かねえだろうが! カイル、お前は勇者だ! 勇者が世界を救わずして、誰が世界を救うんだよ!」

「エルグ……本気なのか?」

「……ああ。俺ごと、俺ごと魔王を封印しろォ!!」


 俺が全身全霊を込めて叫ぶと、とうとうカイルの眼の色が変わった。

 カイルは聖剣を構えなおすと、まっすぐにこちらを見据える。


「……わかった」

「カイル……! 理解してくれたか……!」

「賢者エルグよ。俺は……いや、人類は! お前という男を絶対に忘れないからな! この世界が終わるまで、お前の功績を語り継いで見せる! その痕跡を残して見せる!!」

「ああ、それだけ聞ければ満足だ。……やってくれ!」


 俺がそう言った直後、聖剣が閃いた。

 たちまち開かれた次元の穴に、俺は魔王もろとも落ちて行った――。


 ――〇●〇――


 あれから、いったいどれほどの時が過ぎただろうか。

 かすかな次元のほころびを見つけた俺は、奇跡的にも元の世界へ戻ることへ成功した。

 賢者として、転移魔法を習得していたことが幸いだった。

 この技術がなければ、次元の彼方から帰還することはまず不可能だっただろう。

 まさに知識は人を助ける、である。


「さて、ここはどこだ……?」


 次元の裂け目を出ると、そこは森だった。

 雰囲気からすると、魔の領域ではなく俺たちが住んでいた大陸のようである。

 ひとまず、町までたどり着いて人に合わないとな。

 大丈夫だとは思うが、あれから世界がどうなったのか気になる。


「よっしゃ、街道だ!」


 歩き続けることしばし。

 森が開けて、街道へとたどり着いた。

 なかなかに整備が行き届いている、往来の多い証拠だ。

 これなら、少し歩けば町までたどり着けそうだな。

 そう思って、さらにしばらく歩き続けると――


「おいおい……マジかよ」


 やがてたどり着いた町。

 その門の脇には、大きな石像が立てられていた。

 どこか見覚えのある姿をしたそれの台座には、こう刻まれている。


『偉大なる賢神エルグの像』


 ……どうやら俺は、いつの間にか神になっていたらしい。


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