8.旅立ちは冒険心とともに
ついに引き篭もり(?)卒業です。
「準備出来たかー?」
あれから会合とやらに向けて、アナイとともに準備を進め、会場となる場所へ向けて出立する日がやってきた。
「もぅちょっと待って〜。」
俺は初の会合と言うことで、サラリーマン時代の経験に基づき、話の流れやその中での質疑応答などをアナイと相談しつつ入念に準備を行おうとした所、最初は面白そうに付き合ってくれていたが、終いには呆れられてしまった。
アナイ曰く、普段の会合は行き当たりばったりで話をしているらしい。
これだから天才は困る。
仕方がないので、ある程度の質問にだけ回答を用意し、あとは臨機応変にいこうとなったのだが、平凡な俺にとっては不安しかない。
「だから昨日はほどほどにしとけって言ったろー。」
今日の明け方に出発することは、前から決まっていた為、昨夜は早めに研究を切り上げて寝ることにしたが、アナイは興に入ったのか作業に夢中になっていた。
その為、寝る前にアナイも早く寝るよう声を掛けたが、結局は夜遅くまで作業をしていたようだ。
ちなみに、この隠れ家から会合のある国までは、馬車で1週間程掛かるらしい。
なお、この世界では1年を360日として分けており、一ノ月から十二ノ月で30日ずつと言う単純な暦を用いていた。
そして十二ノ月の後に、新たな年を迎える祝日が5日間設けられており、この期間はどの国の街や村々でも、5日間飲めや歌えの盛大なお祭りが行われているらしい。
また、四季がある国もない国もあり、北の国アッシャー公国は1年のほとんどで雪が降っているそうだ。
「もぅ!そんなに慌てなくても余裕があるから大丈夫だよ。」
ようやく準備が終わったアナイが、俺の前に姿を現した。
上はパフスリーブのブラウスの上に胴衣を着け前面で紐で絞り、下は動きやすいようにアラジンパンツの股下が短いものを着用し、上からマントを羽織ったいつもの出掛ける時のスタイルだ。
「例えそうでも、道中何があるか分からないだろ?そもそも俺は初めての遠出なんだし不安なんだよ。」
アナイの服装は全体的にベージュ系統で揃えられていた。
ちなみに俺は全体的にグレー系で、上着が半袖のシャツである以外は、アナイと同じ様な服装をしている。
「そう言えば、そうだったね。それよりも僕の服装はどう?」
「そんなアッサリ流すなよ。・・・てか、いつもの格好と同じだろう??」
「あーぁ〜、つれないねシグレは。女の子の服装を見たら、まず第一に誉めなきゃ。そんなんだとモテないよ?」
俺の3倍以上生きていると自称してるくせに、女の『子』だと?
思わず口をついて言葉が出そうになったが、グッと堪える。
だが、そんな抵抗は無駄だった様で、アナイは冷たい視線を投げかけてくる。
「また失礼なことを考えてるね!道中は背中に気をつけた方が良いよ?」
どうやら、この世界初めての旅路は、危険がいっぱいなようだ。
「とりあえず、荷物は全部積んだから、そろそろ出発しようぜ。」
道中はなんとか機嫌を直してもらうよう頑張るとして、これ以上深みにハマらないよう、話の流れを変える。
「分かったよ。じゃあ出発しようか。」
そう言って、お互い馬車の御者台に並んで座る。この隠れ家には二人しか居ない為、色々な事を自分でやらなければならない。
そのお陰で、色々な事が身についたのは良い事だった。
アナイから馬車の操作を教えてもらいながら、俺たちはまず結界の外に向かっていた。
「ところで、結界の外に出たことは無いけど、外はどんな感じなんだ?」
「そうだねぇ・・・特に変わらないかな?」
「大雑把な説明、ありがとうよ。」
すごく適当な説明をされてしまった。
まぁ、大雑把な聞き方をしたのは俺だが、アナイはこうゆう風に必要最低限な事しか教えてくれない所がある。
「この隠れ家と同じ様に森が続いてるのか?」
よって可能な限り、知りたいことを細かくして聞かないと分からない。
「いや、結界と森を抜けると平野が広がってるよ。そこから街道まで出て、街に向かう感じになるね。」
「ところで、会合ってのは何処の街で行われるんだ?」
「今回はムルホズ王国だよ。」
「ムルホズってーと、中央の国だっけか?」
「そぅだよ、ちゃんと覚えてるじゃないか。」
少し茶化すようにアナイが相槌をうつが、そもそも自分が今現在何処に居るのかすら知らない事に気がついた。
俺もたいがい必要な事しか聞いていなかったようだ。
「と言うか、もの凄く今更なんだが、隠れ家って何処の国にあるんだ?」
「ほんっと〜〜に今更だねぇ。隠れ家はムルホズの北にあるんだよ。後ろを見てみて?」
そう言われて、隠れ家の方を見れば、その遥か後方に連なる山々が薄っすらと見えた。
「あの山脈の向こう側が、アッシャー公国だよ。」
なるほど、確かに山々の頂は雪のせいか、白い冠を被っており、雪の国の異名をもつアッシャー公国らしさを垣間見れる。
「アッシャー公国に行くには、山脈を回り込んで行くしかないから、こっちに来ようと思う人はほぼ居ないんだ。だから、隠れ家をここに建てたんだよ。」
「なるほどね。」
「それに稀にだけど、以前のように下竜も出るから、冒険者も滅多に近づかないからね。」
そんな話をしていると、いつぞや感じたまとわりつく様な空気の層に馬車が突入した。
「うわっ!・・・っと、あれ以来だけど慣れないと気持ち悪いな。」
「えー、そうかな?でも、これのお陰で危険は少ないし、他の人も入って来ないんだから便利じゃないか。」
自分の研究結果を気持ち悪いと言われたアナイは、頬を膨らませて文句を言う。
「それに方向感覚を狂わせる機能もあるんだから、ここが見つかることもまず無いんだよ。」
「俺は入れたけどな。」
「流石に空から敵意もなく堕ちて来られたら、方向感覚も何も無いじゃないか!」
「そりゃそーだ。」
俺がアナイを茶化していると、やっとこさ馬車が結界を抜けた。
改めて深呼吸をしてみる。
「特に結界内と変わらないな。」
「そう言ったじゃん。でも、ある意味ではここからが初めての異世界かもね。」
言われてみればそうかもな、と考えているとおもむろにアナイが俺の方へ顔を向ける。
「ようこそ、アストリアへ!」
満面の笑みでそう告げてくれると、現金な俺は年甲斐もなく心がワクワクしているのを感じてしまう。
「あぁ!」
新たな冒険心とともに、俺たちを乗せた馬車は街道へと向けて歩を進める。
余談だが、歳上とは言え美少女の笑顔に少しドキドキしてしまったことは秘密だ。