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4.覚悟は鞄とともに

暫しの休憩の後、俺達は先程黒い何かを見つけた木の下へと来ていた。


根元から上を見上げれば、周りの木に比べ背が低いとはいえ、それなりの高さの木であることが分かる。


「結構大きいな。」


『そうだね。でも、魔術を使えば登れないほどではないよ。』


「そうなのか?一番上まで行くことも可能か??」


『僕一人ならね。流石に浩太を連れて、あの高さはちょっと厳しいかな。』


「魔術も万能じゃないんだな。じゃあ、あの天辺にある黒いものを取ってきてくれないか?」


『む・・・僕たちだって研鑽を重ねて魔術を発展させて来ているんだよ。まったく・・・』


ぶつぶつと何かを呟くと、アナイの身体が微かに光を放ち、少しずつその身体は空中へと浮き上がっていく。


文句を言いつつも、お願いは聞いてくれるようだ。


空へと浮かんでいくアナイを見守っている俺だったが、俺の頭上を越えたところで、慌てて目を逸らす。

深く考えていなかったが、アナイは昨日からずっと同じ服装だ。


仮にも女性なのだから、それはどうかとも思ったが、本人が特に気にしていないことと、俺自身も勝手が分からないことから、外出時にも特に指摘はしなかったが、よくよく考えてみれば、外出するような格好ですらない。


つまるところ、下着と丈の長いシャツを着ているだけな訳だから、下から見上げれば何がとは言わないが、見えてしまうのだ。


俺はアナイが戻るまで、しばらく周囲の自然を見て心を鎮めていた。


『おーい、危ないよー。』


アナイの声に慌てて目線を上空に向ければ、大きな枝の塊が俺目掛けて絶賛落下中だ。


慌ててその場を飛び退くと、自分の立っていた場所近くに、塊が落下してきた。


「あっ・・・ぶねー!」


思わず怒りを滲ませた声と共にアナイを見上げれば、既に目線の高さまで降りてきていたアナイは、しれっと俺に告げた。


『いやー、ごめんねぇ。木から全然抜けなかったからさ、面倒くさくなって枝ごと切ってきたんだよ。』


確かに落ちてきた枝は、鋭利なもので切られたような断面をしていた。


『と言うより、すぐ上で作業してるんだから、ちゃんと見てない浩太が悪いんじゃないか!』


「ばっ、・・・そんなこと出来る訳ないだろ!」


『えー、なんでさ?』


自分の格好を考えてから言ってくれと思いつつ、自分の顔が少し熱い気がした。


(あー、もう。何なんだ、俺は!童貞でもあるまいし!!)


内心で自分を叱責して、あえてアナイの追及を無視すると、俺は落ちてきた枝の先端部にくっついている、黒い塊へと向かった。


「やっぱりか・・・」


その黒い塊は、形が大分変わっていたが、見間違えるはずもない自分のお気に入りの鞄だった。


『これも浩太の持ち物なの?』


「あぁ、俺が気にいってた鞄だよ。仕事に行くときに持ってたやつだ。」


『中身は入ってないみたいだけど?』


「あー・・・さっき話した落下中の間、何とかならないかと足掻いてた時に、中身はほとんど落ちたと思う。探せば見つかるかもしれないが、この森の中を探す気にはならないかな・・・。」


枝から鞄を抜き取り、くるくると回して全体を見てみるが、もう使い道はなさそうだ。


木に刺さった衝撃で底部の大部分は破れている上に全体的に伸びているし、持ち手部分は片方は無くなり、もう片方も千切れかけている。


『なるほどねぇ。ちなみにおそらく浩太の持ち物と思しき物は、浩太と一緒に何個か見つけたよ。』


「そうなのか?」


『うん。それが昨日話した推測の根拠にもなっているしね。』


「そういえば、古代がどうとか、迷い人だ何だとか言ってたな。」


『そーだよ。まぁ、話の続きは帰りながらでもしようか。』


鞄は捨てていくことも出来なかったので、持って帰ることにし、俺たちは来た道を戻りアナイの家へ帰ることにした。


『まず浩太に知っておいて欲しいのは、この国の成り立ちなんだ。かつてこの世界には、僕たちよりも優れた文明を持つ人達が住んでいたと言われている。』


「住んで、いた?」


『そう、住んでた。でも、その人たちは滅んでしまった。当時の資料が無いから、何故滅んでしまったのかその理由は全くの不明なんだけど、兎に角いなくなってしまったんだ。ただ、一部の遺跡から存在していた痕跡だけが、僅かだけど確認されている。』


そう語るアナイは、悠久の時を越えて過去を覗き見るかのように、自分の進む先の遠くを見つめていた。


『その後、長い年月を掛け人々は再び増え、村や町ができた。何百年と戦争を繰り返した結果、今では5つの国がこの世界には存在しているんだ。』


『その5つは、北の国アッシャー。南の国アツルト。西の国ブリアー。東の国エツラ。そして中央の国ムルホズ。』


『北、南、西、東の国はそれぞれ自国がこの大陸の全てを治めようと、色々な手で他国の領地を狙っている。中央の国はそんな中で唯一中立を保ち、各国が協力して大陸を治めるよう働きかけているんだ。』


森を抜け、道らしき場所に戻って頃には、日は真上を少し越えたくらいの位置だった。


『此処からが本題なんだけど、中央の国だけが何故中立を謳っていると思う?』


「と、唐突だな。戦争の無意味さを知っているから、とかか?」


息も切れ切れにアナイの問いに答える。やはりサラリーマンに森歩きは辛い。


『はっずれー。それに必ずしも戦争は無意味ではないよ。戦争によって技術は発展し、世の中のお金が動く一面もある。もちろん国の疲弊を招いたり、権力を持たない人々に不幸を振りまくと言う面だってある。一長一短だよ。』


「じゃあ、何故なんだ?」


日本人の俺からすれば、あまり同意できない意見ではあるが、答えにはたどり着かない。


『それは、中央の国の初代国王は、古代からの迷い人だったからさ。』


ざあっと、一陣の風が俺達の間を駆け抜ける。


「・・・古代からの?」


『そう、古代からの。彼が迷い人だったから、中央の国は彼の遺志を継いで中立を保っているだけ。当時も今も、国の偉い連中は戦争が無意味だなんて思っていないさ。』


少し世知辛い話だな。


『ただ、彼はこの国を興し、戦争は各国を疲弊させるだけで無意味だとして中立を掲げたらしい。自身が持つ強力な魔術を各国に分け与えることを条件に、今の協力体制を作り上げたんだ。だから、彼が人間の国の魔術体系を確立した、とも言われているんだよ。』


まるで誰かさんみたいだね、と呟くアナイの言葉を聞きながら、俺は昨日からの話を自分になりにまとめていた。


(いきなり死にそうになって、たどり着いたのはよく分からない世界。古代文明。アナイの背中の文字。あれはどう見ても漢字だった。それと魔術?)


「ちなみにその初代国王の名前は?」


『ムブストル・ムルホズ、といわれている。』


「それは昨日言ってた、表向きの名前ってことなのか?」


『その通り。本当の名前は古代文字で書かれていて、まだ誰も読めていないんだ。』


やっとアナイの家が見えてきた。


『さて、とりあえず家で昼食を食べようか!』


(あとは中央の国の初代国王の本当の名前か・・・)


家に入り昼食の準備をするアナイ。と言っても、昼食は朝食とほぼ同じ物だった。


勿論、世話になっている身で、そのことに文句等あろうはずもなく、二人で向かい合って座り昼食を頂く。


「ちなみにさっきの初代国王・・・様?について聞きたいんだけど、どんな人だったんだ?」


『んー、あまりよく知らないけど、良い王様だったみたいだよ。強力な魔術を使って、人々を戦禍から守り、この国を興したらしいからね。』


「じゃあ、魔術は国王様しか使えなかったのか?」


『そういう訳ではなかったけど、当時に使われていた魔術より強力な魔術を使えたらしいね。ちなみにその時に、基礎となる古代文字5つを、それぞれの国に分け与えて、今の関係性を作り出したらしんだ。』


「具体的には?」


『アッシャーには地を、アツルトには火を、ブリアーには水を、エツラには風の文字をそれぞれ分け与えたと言われているね。』


「ん?あー・・・ムる・・ムルホズには無いのか?」


『ムルホズには空の文字が残っているよ。』


「くう?」


『そ、古代文字ではこう書くんだけどね。』


そう言って、アナイは食べていたパンを置き、スープに指を漬けるとテーブルに文字を書いた。


「そら?他のは何となく想像がつくんだけど、それはどんな力なんだ??」


『浩太の世界では そら と読むのかい?僕達はこれを くう と読むんだけど。』


「あぁ、勿論そうとも読めるぞ?」


『そうなんだね・・・ふふ、実に面白いね。・・・・・・っと、空についてだっだね。これは魔的なものを指す古代文字なんだ。例えば、人の精神や空気中に存在する魔素なんかだね。』


「魔素???」


『じゃあ、次は魔術についての話をしようか。』


そういったアナイの目は、妖しく光ったように見えた。


『魔術とは、この世界アストリアにおいて、何処でも何にでも存在している魔素に対して働きかけることで、いろいろな現象をこの世界に発現させるんだ。』


テーブルには、スープのペンで更に文字と図が書かれていく。


ただし、その文字を俺は読むことができない為、話を聞きながらでないと、さっぱり分からない事態になりそうだ。


アナイはそんな俺にお構いなしに、書いた文字を円で囲んでいた。おそらく話の流れから、おそらく魔素と書いたのだろう。


『例えば、火を発現させたい場合には、古代文字を用いてこの魔素に働きかける。』


次に、テーブルに「火」と書くと、矢印を先程の円に向けて書き進め、反対側まで突き抜けて伸ばすと、そこに炎の図を書いた。


『このように何も無いところに、古代文字を介して現象を起こす技術を魔術と言うんだ。ちなみに魔素は、大気中にも存在しているし、僕達人間やそれ以外の動植物すべてが持っているとされているんだよ。』


「なんで古代文字を使うんだ?」


『そこについては解明されていないね。神の奇跡とも、悪魔の悪戯とも言われているけれど、おそらく失われた古代文明にその解決の糸口があるんだろうと、僕は思うんだけどね。』


どうもアナイは古代に対して、並々ならぬ羨望を抱いているような気がする。


しかし、ここまでの話から俺は、この世界についての仮説を立てることにした。


「アナイ。自分の身に起きたことと、アナイの話を聞いて、俺なりに考えたことがあるんだが、聞いてくれるか?」


『勿論!浩太の考えなら是非聞いてみたいよ!古代の英知に触れられるかも知れないしね!!』


「あー、その、興奮しているところ悪いんだが、俺の考えでは俺は古代人では無いと思っているんだ。」


『・・・へぇ・・・その根拠は?』


「まず、大前提として俺からしたら有り得ない生物や魔術を見せられて、ここは俺が知ってる世界では無いということは分かった。だが、古代文明に魔術誕生の切欠があったとすれば、俺の世界にはそんなもの微塵も存在しなかった。」


『そうなのかい?』


「あぁ、俺の知る世界は科学が発達していた世界なんだ。科学により空を飛んだり、地上を早く移動したりと、魔術を誕生させる要素は無いように思うんだ。」


『科学?』


「そう。例えば、火が燃えたローソクを箱等で密閉すると、火は消えるだろう?」


『確かに、消えるね。』


「これは簡単に言えば、火が燃えるために必要な酸素という物がなくなるからだ。これは俺の世界では自然科学と言うんだけど、起きた現象に対して何故そうなったのかを仮定し、それを証明していく学問なんだ。そこに魔素という物質の存在は確認されていない。」


『なるほどねぇ、なかなか面白い考え方だね。』


「勿論、あくまで仮定を積み上げただけの推測だから、俺の話には穴だらけだろうけど、それでも俺のいた世界とこの世界は、どう考えても繋がりが無いんだ。だから、俺は古代人ではなく、此処とは違う世界から来た異世界人じゃないかと考えている。」


『そうだね。今時点では、どちらの話も証明のしようが無い。』


「ちなみに話は変わるけど、初代国王様の最期はどうなったんだ?」


『晩年は、王妃様が先立たれた後、息子に国を託して自身は隠匿されたと言われているね。霊廟があるけれど、ご遺体はないと思うよ。』


「やっぱりか・・・。俺の考えでは、その初代国王様とやらも古代人では無かったと思っている。そして晩年に姿を消したと言うことは、なんらかの方法により元の世界に帰ったんじゃないかと思うんだ。」


『まぁ、こちらに来ることが出来るなら、当然帰る方法もあるかもしれないね。』


「そういうこと。だから俺はこれからその方法を探し出して元の世界に帰りたいと思っている。そして、その為の鍵は初代国王様だと思う。」


『浩太の言うことが破綻しているとは、言い切れないね。確かに、その可能性もあるかもしれない。』


そしてアナイは、何故は残りのスープをゴクゴクと飲み干すと、テーブルに叩き付けるように置いて、俺に告げた。


『じゃあ、浩太。君は今日から僕の助手になりたまえ!!』


「・・・・」


何が「じゃあ」なのかも、何でそんな気合が入っているのかも、助手と言うのも、さっぱり意味が分からない。


『それに治療費も払って貰わないといけないしね。あ、その鞄をくれるなら少し負けてあげるよ?』


そして告げられた、止めの一言に突っ込みを入れようとしてた俺は言葉に詰まる。


確かに俺はアナイに助けられ、治療費を払うと言ってしまった。


しかも此処が自分のいた世界と違う以上、お金も持っていないし、持っていたとしても使えないだろう。


従って、治療費を返済するためには労働力で返すしか方法は無かった。


「・・・分かった。これからお願いします・・・先生。」


がっくりと項垂れながら、見た目上は自分より年下の少女に頭を下げるしか、俺に残された道はなかった。


『な〜に、安心して良いよ。これでも僕はちょこっとは名のある古代文字研究者なんだから!浩太の知識は大いに役に立つと思うよ!!』


テーブルに置かれたボロボロの鞄が、俺達の話を聞きながらヘタっていた。

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