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3.実感は大自然とともに

翌朝、目を覚ました俺は、柔らかな日差しに照らされる室内を見渡す。


全体的に木造となっている部屋は、それなりに掃除等の手入れもされているようで、特に汚い感じはなく、むしろ日差しに照らされた部屋は、避暑地のロッジのような印象を抱かせる。


ベッドから起き上がり、自分の身体を見れば昨夜と同じ麻の様な物でできた7分丈の簡素な上下の服を着ていた。


特に考えなかったが、俺はアナイに着替えさせられたのだろうか?

そうだとすれば、少し気恥ずかしい。


気分を変えようと、傍にある窓から外を見れば、窓の向こう側にはよく手入れされた庭があり、垣根のような簡易の仕切りが見え、その奥には林が広がっている。


思わず、本当に此処は何処なのだろうか、とぼんやり窓から外を眺めてしまう。




『起きたみたいだね。』


小さな頭痛とともに告げられた言葉に振り向くと、そこには昨日と同じ格好をしたアナイが居た。


『簡単だけど朝食を作ったんだ。良かったら一緒にどう?』


味は保障しないけどね、と嘯くアナイを横目に、首肯で賛成した俺は、昨日と同じテーブルに着く。


朝食は黒く硬いパンと、昨日とは違う無色透明なスープだった。


パンは千切ってスープにつけ、ふやかしながら食べるそうだ。

朝食の食べ方を聞きながら、アナイに倣い朝食を進める。朝食も昨夜同様に旨かった。


『朝食後は軽く散歩をしようよ。浩太の身体の調子も確認したいしね。』


断る理由もない俺は、その提案に従い目覚めて初めて、自分の知る世界とは異なると言われた世界を歩くことになった。


アナイに続いて玄関を出てみれば、先程窓から見た庭だろうと思われる場所を横目に、敷地を隔てる垣根に繋がる門へと向かう。


門を出たところで無意識に深呼吸をし、何が自分の知る世界と違うのかを考えてしまうが、空気の違いが分かる訳もない。


あえて言うなら、ビルに囲まれた排気ガス溢れる世界より、澄んだ空気だというくらいだ。


『この家は、僕の隠れ家の様なものでね。』


先導するアナイが、俺に話しかけてくる。


『僕意外にこの家を知ってる者は、数えるくらいしか居ないんだ。だから安心して僕も研究に集中できるんで、重宝しているんだよ。』


自然溢れるいい場所だろう?

と、こちらを軽く振り返り、笑顔を浮かべながら歩くアナイ。


「ところで、今は何処に向かっているんだ?」


特段、疑問を感じず此処までついて来たが、まるでどこかに向かっているようにアナイは歩を進めていた。


『ん〜、そうだねぇ。』


少しいやらしい笑みを浮かべながら、こちらを見る。


『ま、いいか。まずは浩太に自分の身に起きた状況を把握してもらうためにも、僕が浩太を見つけた場所に案内しようと思ってね。』


企みがバレたことを残念そうにしながら、そう教えてくれる。


確かに昨日の話を、そのまま鵜呑みには出来ないし、俺自身が心の何処かで否定したがっている。


その為に俺自身が発見された現場を確認するのは、悪くないと思えた。それで何か分かるとも思わないが、見せてくれるというのだから確認しない手はない。


そう考えていると、それまでお世辞にも道とは言えない、ただ草が刈られた剥き出しの地面に沿って歩いていたが、そこを逸れて森へと向き先を変える。


『此処からは森の中を行くから、足場に気をつけてね。と言っても、浩太が倒れていた場所までは直ぐだけど。』




そう告げられてから、どれほど歩いただろうか。


直ぐと言われて、10分経ち20分経ち、もうかれこれ1時間は森の中を歩いている気がする。


いくらサラリーマン時代に、外回りで歩きまくったと言え、森の中を長時間歩くのは別だ。息が荒くなり、足元が覚束なくなってくる。


汗が視界を塞ぎ、野生の草花が顔や身体をペシペシと攻撃してくる。


鬱陶しくなり、手で撥ね退けようとすれば、疎かになった足元を木の根に襲われ転びそうになる。


そろそろ限界だと、アナイに伝えようと前を向けば、少女の背が目の前にあり、慌てて立ち止まってしまった。


『さぁ、着いたよ。』


その言葉を聴き、姿勢を正してアナイの頭越しに前方を確認すると、鬱蒼とした森の中にそこだけ草花がなく、罅割れた2m程の円形上に窪んだ大地があり、所々に赤黒い染みが出来ている。


『ここに浩太が倒れていたんだ。あちこち傷だらけでね。両手足は折れていたし、身体もあちこちを痛めている様だったよ。』


そう言ってアナイの指す窪みの中心地には、一際大きな赤黒い染みがあった。


「こんな所から・・・どうやって?」


ここまで自分で歩いてきたが、アナイの様な小さな身体で俺を運べる訳がない。


俺の身長は178cmあるが、アナイは160cm程度だろう。どう考えても引きずる事になるが、そんな跡はなかったし、大怪我をしていたなら、家に着く前に出血多量で死んでしまう。


『魔術を使えば簡単さ。』


「いや、当たり前のように言われても・・・。」


俺は魔術を知らないのだから、返事に困ってしまう。

もはや理解不能な事は、全部魔術だと言われてしまいそうだ。


『そっか。浩太は魔術を知らないんだものね。これは失礼。』


失敗したと舌を出すアナイを見て、俺はそれ以上追求出来なくなってしまう。


(可愛いじゃないか・・・本当に俺より歳上なのか?)


言動のせいもあり、とてもアナイが自分より歳上とは思えない。

少しドギマギした自分を誤魔化すように、落下地点から視線を上へと上げてみれば、四方に枝を伸ばしている木々の中で、付近の木々は一部の枝が折れ、周りに散乱しているようだった。


折れた木々を辿ると、落ちてきた経路が道の様に空まで続いていた。


「あっちの方から落ちてきたのか。」


『そうみたいだね。』


「ん?アナイは俺が落ちてきたのを見てたんじゃ無いのか??」


『いや、僕は領域への進入者があったことを感知して、この付近に向かってたのさ。そしたら凄い音がしてね。で、来てみれば挽肉寸前の浩太がいたのさ。』


笑顔で告げるが、なんだか表現が段々と酷くなっているのは、俺の気のせいだろうか?


『だから、浩太の落ちてきた所をみ訳じゃ無いんだよ。良かったらその時の状況を教えてくれない?』


そう聞かれて、正直に伝えて良いものか、一寸躊躇してしまう。


アナイを信用して良いのかという問題より、俺の身に起きたことは、はっきり言って気違いの様な内容だ。


「状況、か・・・何処から話せば良いのか分からないけど・・・」


とは言え、何も分からないこの状況で、何でも良いから解決の糸口を探したいという欲求から、俺はありのままに伝えることに決めた。


「俺はいつも通り、仕事に向かうため電車に乗り込んだんだ。あ、電車って言って分かるか?」


『うぅん?電車とは何だい??』


「やっぱ分かんないか・・・んー、そうだな。俺の住んでた家から職場の近くまで移動する為の乗り物だよ。全体が金属で出来てる。」


『なるほどね。馬車みたいなものかな?でも、金属で作るなんて、とても重たくなりそうだよね。何頭の馬で引くんだろ?』


「いや、電車は電気で動くから馬は要らないんだ。一度に何千人と移動するしな。」


『それは凄い!馬も使わずに大量の人を移動させせれるんだ!』


「あー、まぁその話は後にしよう。で、その乗り物に乗って移動している最中に、うたた寝をしてしまったんだけど、気がつけば空の上だった。」


そうだ。何故こんな事になったのかは、改めて考えてみてもサッパリだ。

なにせ電気で眠り、目を開けたら空なのだから、その理由なんて分かるはずもなかった。


「後はもう、ただ落ちるだけだったよ。死にたくなくて足掻きはしたけど、どうしようもなかったし、今生きてる理由もサッパリだ。」


『ふんふん。ちなみに浩太は落ちてる最中に、何かしたり感じたことはある?』


そう聞かれて、落下中のことを必死に思い出す。


「そうだな・・・とりあえず鞄を使って何とかならないかアレコレしてたな。ただ、森が近づいてきてもどうにもならなくて諦めかけてた時に、少し身体が浮いた様な気がしたかな?」


『うーん?』


「浮いたって言うのは正確じゃないが、空気の層というか、水の様な空気が身体に纏わりついてきて、スピードが落ちたんだ。そのお陰で、落ちた時の衝撃が減ったのかもしれないな。」


そう言って、見上げていた空の自分が落ちてきたであろう方角に目を凝らす。

自分が言った様なものは何もなかったが、遠くに鳥らしき点が見えた。


『なるほどね!何となく分かってきたよ。』


今の話で何か思い当たることでもあったのだろうか?


「あとは、デカイ鳥を見たな。」


アナイの言葉を聞きながら、ポツリと呟く。見上げた空では、鳥が此方へと近づいてくるのか、だんだんとその影が大きくなってくる。


『でかい・・鳥?』


不思議そうに呟くアナイの言葉に、でかい鳥は居ないのだろうか?と考える。


空に見える影は更にその大きさを増し、落下中に見た鳥の様に鈍色の光沢を放っており、良く似ていた。


「あぁ、丁度あんな感じの奴だな。」


そう言って、俺が指差せば、それを追う様にアナイも目線を空へと向ける。


『んん〜・・・あぁ・・・、あれは鳥じゃないよ?』


なぁんだ、と言った風に答えるアナイに、じゃあアレは一体何なのかと考える。しかし、近づく影が俺に答を教えてくれた。


そいつは体全体にゴツゴツとした鱗を持ち、蛇の様な目で俺達を睨みつつ、鋭い鉤爪を向け滑空してくる、所謂ドラゴンであった。


自分の数十倍はあろうかという巨体が、もの凄いスピードで近づく姿に、俺は思わず座り込んでしまうが、アナイは微動だにしない。


ドラゴンらしき生物は、もう間も無く樹々の上空に到達する勢いだ。


『そこそこの大きさだけど、下竜だね。この程度なら入れないから大丈夫だよ。』


そう呟くアナイの言葉は、俺の耳にはとどいていない。いや、聞こえてはいるが、理解できてはいない。


ドラゴンの作り出す影に覆われて、せっかく生き延びたのにもう駄目だと諦めていると、そのドラゴンは空中で透明なガラスにでもぶつかったかの様に、空に張り付くような格好になっていた。


「え???」


『あの程度じゃ、僕の結界を破ってこの領域には入ってこれないよ。』


「結界?」


『そぅ、結界。僕の家から約5kmくらいの広さを結界で覆っているんだよ。敵意を持つ生物がはいつ来れないようにね。』


「それも魔術なのか?」


『そうだよ。それによって、誰か領域に入ってきたら分かるようにもなっているんだ。そのお陰で僕は浩太が入ってきた事も感知できたし、おそらく浩太の言う空気の層は、あの結界の事だと思うんだ。』


「・・・つまり、アナイが結界を張って居なかったら、俺は死んでたってことか・・・。」


『そうだねぇ。それどころか原型すら留めていなかったんじゃないかな?』


「・・・そんな怖いことを笑顔で言わないでくれよ。」


少し違えば自分は死んでいた、なんて話を聞いてる間にドラゴンは俺達を狙うのを諦めたのか、何処かへ去って行った。


「ん?」


ドラゴンの去った空を、そのまま見続けていた俺は、空へと続く道の突き当たりにある木の登頂に、何か黒い塊があるのに気が付く。


「あれは・・・。っ?!アナイ、あの木の所まで行けるのか?」


『どの木かな?・・・あぁ、あそこ迄なら行けると思うよ。着いてきて。』


アナイは俺の指差す木を見つけると、そこまで俺を先導しようとする。


が、俺はさっきのドラゴンのせいで、絶賛腰が抜けている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今は立てないんだ!」


アナイは俺を振り向くと、吹き出した様に笑う。


『ぷっ、わ、分かったよ。少し休憩したら行こう。』


そう言って、俺の方へ戻ってきて隣に腰を下ろす。


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