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2.状況把握はスープとともに

怪しさをとりあえず横に置き、テーブルに着いた俺に、少女はスプーンを添えた皿を差し出してきた。


スープは白く、野菜らしき物がういている。空腹を堪え切れない俺は、勧められるがままにスープを掬うと、口に含んだ。


「・・・うまい!」


濃厚なミルクの味と、染み出した野菜の旨味と思われる味が、口内に広がる。

まるで濃いホワイトシチューの様だ。


『それは、良かった。なにせ、人に食べてもらう為に作ったことはなかったからね。実を言うと、少し不安だったんだ。』


にこり、と笑いながら少女は俺に答えた。

少し感じた気恥ずかしさと怪しさを誤魔化すように、俺はスープを腹へと流し込んでいく。


『おかわりはいるかな?』


そう問われると、俺は思わず無言で皿を突き出してしまった。

少し嬉しそうに笑う少女は、そのまま皿を受け取ると、おかわりを入れ戻ってくる。

再び差し出された皿から、俺は今度は少し自分を落ち着かせて食べ始める。


『さて、と。改めてだけど、僕の名はアナイだよ。』


俺の様子を観察していた少女、いやアナイは改めて名乗ってくれる。


『食べながらで良いから、まずは僕の推測を聞いてもらっても良いかな?』


「はい、分かりました。すみません。」


『あはは。気にしなくて良いよ。あ、それと歳上に敬意を払って対応する姿勢は好ましいけど、僕は敬語で話されるのが苦手なんだ。普通に話してくれると嬉しいかな。』


苦笑いを浮かべながら答えるアナイに、歳上とはどういう事だろうと思いつつも答える。


「あ、分かりま・・いや、分かったよ。あっ、でも最初にこれだけは言わせて欲しい。状況はよく分からないけれど、君が助けてくれた事には変わらない。ありがとう。」


『ふふ、君はなかなか面白い人物のようだね。』


少し面食らった様に微笑みながら、アナイは自分の推測とやらを話し始めた。


『まず、先程の自己紹介で分かったことだけど、この世界に君、浩太の様な名を持つ人はいないんだ。・・・いや、正確には過去には居ただろうし、もしかしたら僕が知らないだけで、存在はしているのかもしれないが、表立って浩太の様な名を名乗る人はいない。』


(この世界?どういう事だ?)


『僕の名前を例にとってみると、アナイが名でエヒムは家名なんだ。だけど、普通の人は家名を持っていない。家名を持つのは貴族か、特殊な一部の者たちだけなんだよ。』


「えっと・・それは・・・」


『まぁまぁ、待ってね。次に国についてだけど、浩太の住んでいる日本と言う国もこの世界には存在しないんだよ。』


意味が分からない。アナイは真顔で何を言っているのだろうか?


『いきなり過ぎて理解が追いつかないだろうけど、僕の言っている事は、厳然とした事実だよ。』


そう言いながら、アナイは自分の着ているシャツのボタンに手を伸ばすと、一つずつ外し始める。

隙間からは大きくも小さくもなく、おそらく綺麗な形をしているであろう丘陵が覗く。


『そして、この世界には魔術と言う、魔素を用いて様々な現象を引き起こす術があるんだよ。例えば、僕はおそらくだけど、浩太の3倍は既に生きているよ。』


そう言ったアナイは、立ち上がると俺に背を向け、シャツを腰まで下げた。


絹の様な滑らかな柔肌に、透き通るような肌の色。だが、背中にはそれをちぎり捨てるかのように、痛々しく肉を抉った様な傷で、幾何学模様の様な図形と、俺のよく見知った文字で「不老」と描かれていた。

そう、それは漢字だったのだ。漢字を取りか組む様に、円と直線の模様が描かれているそれは、自分の知識の中にある魔方陣の様な物だった。


その魔方陣は、呼吸をするかの様に、仄かに赤黒く明滅していた。


「な・・んだ、それは・・・」


途端に膨れあがる気味の悪さに、思わず食べていたスープを戻しそうになり、口を押さえる。


『これが魔術だよ。これにより、僕は老いることなく、この姿でもう90年近く生きているんだ。名前、存在しない国、魔術を知らないと言う点から、僕は浩太が遙か昔、古代からの迷い人だと推測しているんだ。』


「っ・・は、はは。」


あまりにも荒唐無稽な話のせいか、自分の口から渇いた笑いが漏れる。


(古代?なんだそれは。じゃあ、俺は古代人ってことか??わざわざ漢字まで用意して、外人と特殊メークを使ったドッキリなのか?!)


『更に言えば、僕と浩太が話せているのも魔術のおかげなんだよ。僕は浩太の国の言葉を知らない。だから、浩太の頭にある言葉を媒介として、僕の意識を伝えているんだ。だから、僕は口を開ける必要がないし、僕が話をすると浩太は少し頭痛がするはずさ。』


確かに、アナイが話すと微かな頭痛が俺を襲うが、微々たるもののため怪我のせいだと思っていた。


とは言え、今聞いた話を「はい、そーですか。」と受け止められる程、柔軟な頭でもない。


もはやスープを飲む事すら忘れ、このあり得ない状況を、どうすればイタズラだと証明できるのかを必死に考えていた。


『と、まぁ僕の推測を伝えたけれど、いきなり過ぎて理解も追いつかないだろうね。今日はもう夜も遅いから、続きは明日にして、食事後は寝るとしようか。ベッドは先程の物を、引き続き使用してくれて良いからさ。』


そう言うと、アナイは先程読んでいた本を手に取り、読み始めてしまった。


俺はと言えば、一方的に訳のわからないことを突きつけられ、混乱したままスープの残りを胃に流し込み、ふらふらとベッドへ潜り込んでしまうのだった。

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