1.目覚めは美少女とともに
序章部は書き溜めた分がありますので、本日中に連投予定です。
どうぞよろしくお願いします。
瞼に暖かな日差しを感じ、俺の意識は少しずつ覚醒していく。
なんだかとても長い間、変な夢を見ていたようだ。
現実に起こりえない空の旅の夢。
それはとても旅とは言えないほど過酷な内容で、身体中が弾け飛ぶような痛みを何度も感じた。
(あんな夢は二度と御免だ。そもそも夢で痛みを感じるなどナンセンスにも程があるだろ。)
今日も平凡な一日を過ごすため、嬉しくは無いが仕事に向かわなければ・・・。
そんなことを思いながら目を開ける。
目の前には見慣れた木製の天井が見える。
この天井との付き合いもソコソコだ。シミの数だって・・・覚えてはいないが、なんだか違和感を感じる。
「ん?」
よく見れば、自分の見慣れた天井とは何か違う。普段よりも木らしさが増している。
自分の知ってる天井は、もっと合成樹脂感溢れる木目調の天井だったはずだ。
(これはアレか?)
こんな時に言う台詞は、最早定番になりつつある、アレしかないだろう。
「知らない天井だ・・・」
言った!言い切ってやった!!
そんな俺の声に反応したのか、同じ室内で空気の揺らぎを感じた。
『おや、目が覚めちゃったのかい?』
直接頭に響くようなその声は、少し甲高く女性のものの様だ。
俺は軽い頭痛に似た感覚を覚えながら、声のした方に顔を向けると、首に鋭い痛みを感じた。
「ぐっ!」
寝違えた時の痛みをもっと酷くしたような痛みに、思わず呻き声を出してしまう。
すると女性らしき人物は、声を続けた。
『あまり無理はしない方が良いよ〜。何しろ、君の身体は生きてるのが不思議な程ずたぼろだったんだ。』
「な、に・・を?」
彼女の言っている意味が理解できない。
『兎に角、もう少し眠ってた方が良いかな。大きな傷が癒えたら、改めて話をしようよ。』
大きな傷?ずたぼろ?
一体全体どういうことなのか、さっぱり理解が追い付かない。
先程までの夢と何か関係があるのかと聞こうとするが、何故か意識が朦朧としてくる。
(何だ?急に・・・とてつもなく・・・眠くなっ・・て)
訳がわからない睡魔に襲われて、俺は再び眠りへと落ちてしまっていた。
◆◆◆
「ふむ、不思議だねぇ。」
現在、傷だらけの男に掛けている魔術は、傷がある程度癒えるまで、目覚めないはずだった。
だが、目の前の男は傷が癒えていないのに、意識が戻った。
「魔術の掛かりが悪いのと、何か関係があるのかも知れないなぁ。」
誰に語り掛ける訳でもなく呟く。治癒の魔術を掛けているが、自分の想定以上に治りが遅いのも気になる。
「これでも賢人に名を連ねる僕としては、実に興味深いよ。」
ちらりと横目に彼の物であろう品々を見ながら、和かな笑みを浮かべる。
この世界では見たことも無い物や、希少な品がテーブルの上に並べられている。
「この紙に掛かれた文字は、古代文字に良く似ているんだよね。」
僅かな手がかりを元に、自分の持ちうる知識から、目の前で眠る人物の出自を推測する。
今この場で正解かは分からないが、十中八九自分が想像している通りなのだろう。
「気合を入れて治療しなきゃ、だね。」
そう微笑む女性の表情は、新しい玩具を手に入れた子供のように、無邪気な笑顔だった。
◆◆◆
再び訪れる、意識の覚醒。
自分の鼻腔が、なにやら美味しそうな匂いを嗅ぎつけ、目覚めを促してくる。
うっすらと目を開けば、眠る前に見たのと同じ天井が目に飛び込んできた。
俺は、再び襲い来るかもしれない痛みに恐怖しながら、恐る恐ると首を横に向ければ、痛みは無く代わりに少し離れた位置に置かれた木製のテーブルと、テーブルに置かれたスープのような物をスプーンで飲みながら、何かの書物を読みふける女性が見えた。
女性はテーブルに対し少し斜めを向き、こちらを見える様に木製の椅子に座っている。
座っている後ろにある柱には、ランプのような物が掛けられており、それを光源としているようだ。
明かりに照らされた彼女の髪は、肩くらいまでのショートボブで、まるで空の様に澄んだ蒼色をしており、少女の様に見えるその可愛らしい面立ちに良く似合っていた。
服は丈の長い浅葱色のワイシャツの様で、それ以外は何も着用していないようだ。
胸元のボタンは3番目からしか留めておらず、こちら側の足を座席に掛けるように座っているため、こちらからはそのスラリと伸びたしなやかな脚と、その付け根まで丸見えである。
(白・・・か)
どうやら下着は着けているようだ、と不埒なことを考えていると、物憂げな視線を書物に落としていた女性の視線が、自分を捉える。
「@¢、♀Å□∂±?」
話しかけられたと思った言葉は、俺には全く分からない言葉だった。
確かに、髪の色はこれまでの人生で見たことも、聞いたことも無い色だが、言葉まで分からないとは思わなかった。
前に目覚めたときは、会話をしていたはずなのにだ。
俺が何も答えずじっとしていると、その少女は訝しげな視線を向け始めるが、何かに思い至ったのか目を軽く見開き、席を立ってこちらへと近づいてくる。
俺の横に立つと、額に手を当て小声で何やら呟くと、改めて俺の顔を見て口を開いた。
『ゴメンね、失念していたよ。これで僕の言葉が分かるかな?』
軽い頭痛に、思わず眉を顰めてしまうが、今度は自分にも理解できる言葉だった。
「っ・・・。あ、はい。分かります。」
自分の状況がどうなっているのかよく分からないが、先の状況と今の状態やベッドに寝ていることから、俺は何かしらの怪我を負ったのだろう。
そして、そんな俺を見つけたこの少女か関係者が、俺を助けてくれたのだろうと推測した。
勘違いかもしれないが、自分より若いとはいえ、恩人かもしれない人物に対し、思わず敬語で答えてしまう。
ちなみに、今時ボクっ娘とは、なかなかに恐れ入る。
(そこも似合ってるじゃないか)
少女のような見た目と、活発そうなショートカット、少しだけ鋭さのある瞳が俺を射抜いている。
子供の様な可愛らしさと、大人のような艶やかさが相まって、自分を僕と呼ぶことに違和感を感じなかった。
『それは良かったよ。気分はどう?身体に酷く痛む箇所とかは無いかな?』
そう言われて、自分の身体のあちこちを少し動かして見る。全身が筋肉痛の様な痛みを訴えるが、酷い痛みや動かないといったことは無いようだ。
「特に問題はなさそうです。」
確認を終え、そう告げると少女は満足そうに頷いた。
『それは僥倖だね。先日も言ったけど、君の身体は生きてるのが不思議なくらいずたぼろでさ。治すのがとても大変だったんだよ〜。』
やはり彼女が助けてくれたのか。自分の推測が当たったことにホッとし、お礼を述べる。
「そうだったんですね。ありがとうございます。」
『いやいや、きちんと対価は貰うつもりだから、そんなに畏まらないで欲しいかな。』
(ぐっ、やはりお金を請求されてしまうか。)
まぁ、それは当然のことだろう。
むしろ、無料で治療されたとしたら、こんな右も左も分からない状況では、俺自身も訝しく思ってしまうだろう。
「えっと・・・今は手持ちが無くて・・・。後日、きちんと支払いますので、それまで待ってもらっても良いですか?」
『あはは。勿論、構わないよ。流石の僕も怪我人から毟り取るようなことはしないさ〜。』
良かった。
笑顔で答える少女の言葉に安堵の息を吐き、ふと違和感を覚えた。
「え〜っと、ちなみに此処は何処なのでしょうか?私はどうして此処に??」
そう問いかけて、彼女の表情を確認する。
『うーん・・・そうだね。まずはお互い自己紹介からしていこうよ。君の事やこの世界の事は、追々話をしていこうかな。』
そう答えた少女の口は、一切動いていなかった。
(どういうことだ!?口を開いていないのに、声が聞こえる!しかも耳元で話しているかの様に、凄くクリアだ。)
あまりの出来事に、俺は少女の言葉を聞き流してしまっていた。
それよりも俺の前で微笑む少女の顔が、途端に妖しい笑顔に見えていたのだ。
『僕はアナイ・エヒム。一応、賢人の末席に身を置く者さ。呼び方は何でも良いよ。アナイでもアナでもアイでも、君の好きに呼んでくれたまえ。』
相変わらず、口を開かずに少女が話しかけてくる。
俺は一体どうなってしまったのか。頭の中がパニックを起こしている。脳を損傷したのか、はたまた夢の続きを見ているのだろうか。
『ふふ、どうやら軽くパニックになってるようだね。安心して欲しい、君は正常だよ。何処も悪くはないはずだよ。』
妖しく微笑む少女が、俺の表情から何かを察したのか、優しく語りかけてくる。
「あ・・の、俺、あ、いや、私は佐藤 浩太です。」
情けない話だが、少女の微笑みを見て、僅かだが落ち着きを取り戻して、何とか自分の名前だけを告げる。
『ほぅほぅ、なるほど。』
少女の瞳がキランと音がしそうな輝きを見せた気がした。
『まずは答えてほしいんだけど、君は魔術を知ってる?』
再び、俺は脳がフリーズする感覚を味わった。
「ま、じゅ・・つ?それは、あれですか?妖しげな黒い被り物をして、悪魔を呼び出したりする儀式をしたり、生贄を捧げたりとかのやつですかね?」
トンチンカンな答えをしていることは自分でも分かっているが、俺の魔術に対する認識なんて、そんなものだ。
『なんだよ、それは?悪魔・・・は分かるけど、生贄だの何だのとは、気狂いの業かな??そうじゃなく、僕達が魔素と呼ぶ力を用い、世に現象を発現させる術。それが魔術だよ。』
なんだか奇妙な話になってきた。もはや俺は、少女の口が動かないことより、少女の話す内容に気が向いていた。
『なら、君が住んでいた国はなんて名前かな?それなら難しくはないよね??』
「あぁ、それなら。私が住んでいるのは日本という国ですよ。」
その質問であれば、誰でも答えられるだろう。俺は、すぐに答えを返した。
『やっぱりだ!』
俺の回答に少女は喰いつくように身を乗り出す。
(ち、近い・・・近い・・・)
おもむろに顔が近づいた為、自分より若いだろう少女にドギマギさせられてしまう。
30年以上生きているが、女性耐性は低めなのだ。急な接近はヤメて欲しい。
先程まで感じていた怪しさは何処かへと飛んで行き、誰ともつかない相手への愚痴を思い浮かべる俺の横で、少女は既に俺から離れ、何かに納得したように、うんうんと頷きを繰り返している。
『・・・おっと、ごめんね。まだまだ積もる話はあるけれど、まずは腹ごしらえをしよう。あまり料理は得意じゃないけど、消化に良いスープを作ったんだ。こっちへ来て食べてよ。』
そう言いながら、少女は背を向けるとテーブルの奥へと向かう。
俺はベッドから身体を起こしつつ、様子を伺っていると、奥から皿を手に少女が戻ってくる。
皿からは湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが鼻を刺激し、生理的に俺の腹が活動を活発にする。
俺は、慎ましいとは言い難い腹の音を手で撫でつけ、隠したつもりになりながらベッドを抜け出しテーブルへと向かうのだった。