0.異世界へは空の旅とともに
処女作となります。
拙作ではありますが、楽しんで頂けたなら幸いです。
更新は不定期ですが、よろしくお願いします。
いつもの見慣れたホームに立ち電車を待っていると、聞きなれた音と共に電車がホームへ滑り込んでくる。
乗車する人々と共に電車へと乗り込むと、今日はいつもより車内が空いていた。
(お、今日はラッキーな日だな)
こんな些細なことでも幸運を感じ、俺は空いている席へと腰を下ろした。
ここしばらく残業続きな俺の脳は、無理やり覚醒させられたことで、ほどほどの睡魔を感じており、たまたま座れた電車の、しかも端席という好位置に感謝し、微睡みを促してくる。
発車のベルの音を聞き流しながら、電車がゆっくりと与えてくる一定間隔の振動がより睡魔を増長させ、おれは重くなる瞼に逆らわず、うたたねへと突入した。
穏やかな秋の日差しを瞼越しに感じながら、ガタン、ゴトンと一定のリズムに揺られ少し、心地よい微睡みの世界を堪能していると、身体は座席横を支える壁へと吸い込まれていくが、逆らう気持ちは起きない。
その時、線路の分岐点を通過したのか、電車が一際大きくガタンと揺れると、もはや限界となった俺の身体は、横の支えへとダイブする。
(本当に今日は気持ち良い日だな〜)
昨日までの残業の甲斐あって、手持ちの仕事は一旦、落ち着きをみせた。
小さな商社に勤める俺は、今日もこのまま平凡な日々を堪能することになりそうだ。
この日本において、特にこれと言った特徴もない、短髪の黒髪に黒目の男。太っているわけでも痩せすぎている訳でもない体型に、32歳で一人で暮らしていくには困らず、多少趣味にも回せるだけの給料。
我が事ながら、本当に平凡だと思った。
暖かな日差しを瞼越しに感じつつ、澄んだ空気を吸い込めば、轟々と煩い位の風の音と少し肌寒い程の気温が、妙に心地よく感じられた。
(ん?風の音??)
何かがおかしい気がした。
俺は今、電車に乗っているはずなのに、俺の耳介は煩いほどの風の音を捉えている。電車の窓なぞ、余程の時でもない限り開けることなどない訳で、車内で風を感じる訳がない。
なにより先程まで感じていた、あの心地よい一定のリズムが感じない。
それどころか、電車と車輪の擦れる音も、遠心力に振られるGも感じない。
あるのはただ背中側へと引っ張られるGと、すさまじい風の音と寒さだ。
瞼を刺す日差しは変わらず気持ち良いが、先程よりは強くなった気がする。
異様な感覚に警鐘を鳴らす自分の本能に従い、俺はうっすらと目を開けた。
目の前には、燦燦と輝く太陽と柔らかな日差し、そして何処までも澄み渡る、蒼穹と言いたくなるような空に何かを溢したように所々浮かぶ雲。
心洗われるような、とてもすばらしい景色だ。
(くぁwせdrftgyふじこlp?!?)
慌てて俺はGを与えてくる後ろ側へと視線を向けようとするが、風圧が凄すぎてほとんど首が動かせない。
わずかに傾けた首から視界の端から、何とか後ろ側の風景を捉えると、微かに見えるのは、一面の緑と土色だ。
(まて、まて、まて、待て!!俺は普通に電車に乗ってた筈だろ!!!)
確かに睡魔に襲われ、電車内での心地よい誘惑を振り切れず、座席にダイブはしたが、空へダイブした記憶はない。
そもそもパラシュートも着けずダイブするなど、どんな気違いであれ不可能だ。
何かしらの理由により飛行機に乗ってダイブしたとしても、同行者が許可する筈も無いし、そもそもそんな変人を乗せて飛んでくれるパイロットなどいる訳も無い。
(それ以前に俺はスーツ着てるんだから、有り得ないだろ!!)
もはや収拾の付かない自分の思考を、全力で否定し思いっきり目を瞑る。
しかし轟々となる風の音は一向にやむ気配は無く、風の冷たさで身体には軽い痛みが走り、この状態が夢ではないのだと突きつけてくる。
一向に改善しない事態に、俺は自分を落ち着かせるため、自分の状況を改めて整理してみる。
まず、自分はスーツを着ている。これは身体に触れる着慣れた服の感触からハッキリしている。
当然、靴も革靴だ。
そして腕の中には、抱えるように愛用の鞄が存在している。この鞄は、少し前に一瞬だけECOに目覚め、何か地球に優しいことをしようと考えた挙句、ネットでたまたま見つけたトラックの廃タイヤチューブを再利用した、少し大きめの鞄だ。
元がタイヤなため、とてもタフだし防水性も文句なし、いくつかサイズはあったが、大き目の物を購入してしまい、つい物を入れすぎて少し重く感じるが、その場限りの偽善心から購入した以上に気に入ってしまい定着してしまった。
(でもって、俺の名前は佐藤 浩太で、日本人の両親が居て、今は一人暮らしで、彼女が居なくて・・・って)
「落ち着けるかー!!!」
どんなに状況を整理しようと、現状は変わらないし、何故こんなことになっているのかなんて理解できる訳もない。
そんな中、空気抵抗のせいか、自分の身体が傾いていくのを感じる。
先程、無理やり首を捻り地上の様子を見ようとしたせいなのか、傾きは止まることを知らないかのように続き、ついには180度回転した俺の目に、地上の様子がハッキリと映った。
それは何処までも続く緑の絨毯と、点在する剥き出しの大地や大きな湖。それら自然のあるがままの姿を見た俺は、思わず絶句する。
そんな大自然の上空には、鳥らしき生物が飛んでいる姿が見える。
ビル郡に囲まれた世界で育ち、自然などテレビでしか眺めることの無かった人間に、本物の大自然は
あまりにも雄大すぎた。
そして己の状況が、既に死と隣り合わせであり、逃れようの無い事実であることを実感させた。
『だぶあごらー!!(なんじゃこりゃー!!)』
ありったけの思いを込めて叫べど、空気抵抗で口が思うように開かず、自分の声は意味を成さない。
死を実感したが、唐突に意味も分からず受け入れられる訳がない。必死に死から逃れようと、俺は自分のしょぼい頭脳に発破を掛ける。
(そうだ!)
そんな必死の頭脳が弾き出したのは、何とかしてこのスピードを殺すことだ。
とにかく自分が、上空何メートルに居るのか分からないが、この速度で地面に突っ込めば死ぬのは
確実だということは分かる。
ならばこの速度をなんとしてでも落として、墜落時の衝撃を緩和するしかないではないか。
最も、どこまで速度を落とせば助かるのかすら分からないが、何もしなければ死ぬのは絶対だ。
そこでふと思い至ったのは、自分が今現在抱きしめている鞄だ。
それなりにタフで、自分の上半身程の大きさもある。結構な量の荷物も入っているため、強度もそこそこだ。
愛用の鞄を不安定な空中で、どうにかこうにか体勢を変え、足元に持っていき、そのまま鞄の上に立つようにする。
所謂、スカイサーフィンという奴だ。
といっても、実際の競技のように綺麗な姿勢など取れるはずもなく、鞄の両端を必死に掴み座り込んだ状態で、下に鞄を敷いたような、みっともない状態だ。
我武者羅に試みてみたものの、結論的には顔に当たる空気抵抗がほんの少し弱くなった程度で、落下速度が緩くなった様には思えなかった。
考えてみれば当たり前だ。
今まで背中で受けていた抵抗が、鞄に変わっただけで、表面積的にはそこまで大きな差がある訳ではない。
むしろ鞄の方が小さいのだから、空気抵抗は減っているだろう。
どうでも良い事だが、人間が両手足を広げ自由落下した場合の速度は、時速180キロらしい。
そんな役にも立たない知識が、脳裏をよぎる。
(まさか走馬灯!?)
過去を思い出した訳でもないので、そんな訳はないのだが、こんな死に瀕している状態で、どうでも良い事が思い浮かんでくる自分に呆れてくる。
その間にも大地は近づき、緑の絨毯が段々と樹木として識別できるようになってきている。
針葉樹系だろうか。頭頂部が尖った木々が、一面に広がっているのが分かる。
呼吸をするのも辛い中、次なる手として鞄のファスナーを開き持ち手を両手で一つずつしっかりと握る。
人生で一番力を込めて握ったのではないだろうか。
そして体勢を少しずつ傾け、ファスナーが下を向くようにする。
体勢が傾く中で、鞄の中身が風に煽られ、書類等が方々へと飛び散って行く。
鞄の口が真下を向くころには、中身の殆どは無くなっているが、気になどして居られない。同時に鞄が空気を捉えた事により、俺の腕に凄まじい負荷が掛かり、その痛みから悲鳴が漏れる。
『ごぉああああぁぁぉ!』
だが、この手を離すわけにはいかない。確立は0(ゼロ)に限りなく近いかもしれないが、離せば確実に0だ。
歯を喰いしばりつつ薄目を開け、辺りを確認する。
自分の周りは相変わらず空が広がり、遠目には鳥が飛んでいるのが見える。ただ、その大きさはかなりのものだ。
自分とほぼ同じ高さで、かなり遠いと思われるのに、人間2人分くらいの大きさに見えるし、その身体はなにやら鈍い光沢を放っている。
奇妙な印象を受けるが、それよりも自分の事だ。
下へと目を向ければ、もう樹木がハッキリと確認できる程に近づいている。
腕や肩からは、掛かる負荷にミチミチと身体が悲鳴を上げている音が聞こえてくるような気がするが、死から逃れたい一身の俺は、何を思ったのか懸垂の要領で地面から逃げるように自分の身体を持ち上げようともがいていた。
そんな必死の状態において、ふわりと自分の身体が見えない何かに包まれたように感じた。
体中にまとわり着くような、ねっとりとした空気の層とでも言えば良いのだろうか、それまで感じていた猛烈な落下速度が、急激に緩まるのを感じた俺は、自分の身体を持ち上げ鞄と自分の顔が同じ位置になる。
次の瞬間、分厚い空気の層を突き抜けた感触と共に、俺の身体は木々の中へと突っ込んだ。
今度は、身体中に打ち付ける枝々の痛みに歯を喰いしばっていると、突如鞄を握る腕に強い衝撃が襲う。
目の前では鞄の底部から樹の頭頂部が突き出していた。偶然にも背の低い樹に鞄の口が入ったらしい。
鞄は廃タイヤチューブとは言え、それなりの強度と多少の粘りもある。それを突き破る程の衝撃は凄まじく、取っ手の一つから手が弾け飛ぶように離れ、強烈な痛みをもたらす。
更に、引っかかった反動から、振り子のように振られた俺は、遠心力に遊ばれるように振り回され、もう一方の手も取っ手から外れてしまった。
(しまった!)
そんなことを考えつつも、投げ出された身では、最早打てる手もない。
せめてもの悪あがきにと頭部を、片腕で庇うようにして身体を丸め、自由落下に身を任せる。
落ちる中で、何度も枝や時には幹に打ち付けられ、拷問の様な痛みが俺を襲うが、抵抗する術も回避する術もない。
気を失えれば楽なのだろうが、襲い来る痛みがそれを許してはくれない。
無限に続くと思われた痛みは、身体中を同時に襲う痛みと、ズドンという大きな音と共に終わりを迎えた。
もはや俺の意識は朦朧とし、周りを伺うため顔を上げることすら出来ない。
自分の身体から、熱いものが流れ出て行く感覚を感じながら、段々と意識が遠のいていく。
(あ〜ぁ、死んだな。)
動かぬ身体と冷めていく体温、暗くなる視界と地面の冷たさを感じ、遥か遠くでザッザッと何かを踏みしめる音を聞きながら、俺の意識は闇へと落ちていった。