53話
「「「…………」」」
モットーの発言によってまたしてもミツキたちの目が絶対零度を帯びた。
その目が意味しているのはもちろん、
──こいつ、やっぱり真正か!
である。皆一様にドン引きしていた。
もっとも、モットーとしては大真面目も大真面目であり、ミツキたちがドン引きしていることにも気づかず「どうしだ?」と首を傾げている。ミツキたちのモットーに対する心の距離がどんどんと遠くなっていることには全く気がついていない。
「先生、その行為は控えてくださいと何度も言っているでしょう?」
そんな残念なモットーに代わって話し始めたのは一人だけなぜか柔道着のようなものを着ていたやや細身の男性だ。
男性はミツキたちを見るとさわやかな笑みを浮かべる。
「こんにちは、私はヤンバルと言います。ここではギルドマスターとして忙しく活動している先生の代わりに基本的な体の動かし方や、この仙霊山での過ごし方などについて教えているものです」
「ということは、実質の師範代?」
「そうなりますね」
淡い茶髪に、やや幼い印象を受ける顔立ちで、やや困ったように言う姿は柔道着を来ているにもかかわらず十二分に様になっている。
「あ、先生、ここからは私がやりますので、どうぞ先生は仕事の方に戻ってください」
「む、そうか? 何なら今日は俺が──」
「戻ってください」
「……わかった」
ヤンバルの柔らかな笑みに迫力がどことなく感じられたモットーは素直にうなずいた。
((……やっぱりこの人残念な人なんだろうか?))
モットーの変態的な発言や、今受けているヤンバルからの扱いの残念さのせいか、ミツキやリーフィアからとても残念なものを見る目を向けられていたが、モットーはもちろんそれに気がつくことはなかった。
その後モットーはミツキに奴隷商への予約がついたことを知らせると、去っていった。
最後まで残念な人だったのは言うまでもない。
そしてそんな残念過ぎるモットーがいなくなったあと、
「さて、ではまずはこの道場の説明を先生がしたものよりも詳しくしますね」
「え? あれで終わりではなかったんですか?」
「当たり前ですよ。あれではきちんとしたルールなどが定められていませんし、それにあの先生のせいでここがホモばかりの集団と思われるのはちょっと困りますから」
「「「あー」」」
ミツキたち三人の声が重なった。
「まず、この道場ですが、あんな先生の影響か何なのか、一部でホモが跋扈する状況になってしまっています。これは弁解の余地はありません」
あっさりとホモがいると認めたヤンバルに、ミツキは渋面を作る。
もちろん同性愛者を否定する気持ちなど毛頭ないが、それでもノーマルなミツキとしては、警戒心が生まれるんも仕方のないことだろう。
「ですが、それはごく一部です。大半は筋肉を愛しすぎていて、ちょっとホモっぽく見えてしまっているだけなのですから」
「それも十分異常ですよね!?」
ミツキが思わずツッコミを入れた。そうせずにはいられなかったのだ。
「はい、まあ、確かにそうなのですが、それでも女性が好きな方の方が大多数ですので、夜の襲われる心配などはほぼほぼないと思って安心してくださって構いませんよ」
「今、〝ほぼほぼ〟って言いましたよね? ねえ? ねぇってば?」
話がだんだんと恐ろしい方向へ向かっている気がするミツキ。
あいまいな笑みを浮かべたままのヤンバルを見ていると余計に恐ろしくなってくるのだが……
「それはともかく」
「結構重要な事なんだけどなぁ」
「ここではある程度の型を覚えたら、最低でも十日間はこの場所で過ごしてもらうことになる。もちろんここには──」
「? ……あ?」
ヤンバルがあっさりとミツキの言葉を無視して話をしていると、すぐに明後日の方向に顔を向け、次の瞬間にはその方角に何かがいる気配をミツキは感じ取った。
そして──
「GYAAAAAAAAA──────!!!!」
大声を上げてやってきたのは大きな花を頭に付けた人型の怪物。
「あ、イビルアルラウネ!?」
弟子の一人がそのモンスターの名前を言う。
イビルアルラウネとは植物で出来た人型モンスターであり、基本的には穏やかな種族であるアルラウネの中で、唯一人間に対して積極的に害を及ぼしてくる存在であり、この仙霊山の中に多数存在している。
その植物の身体から放たれる蔓による攻撃は鞭のようにしなりを持って襲ってくるため、不規則且つ高速で行われるそれは冒険者などからも警戒される存在だ。
ただし火属性の魔法などには弱いために、冒険者の討伐ランク表記では〝ランク4〟となっているわけではあるのだが、それでも普通の冒険者が二十年ほどをかけて至ることが出来るのが〝ランク4〟であるのだから、その強さはうかがえる。
ミツキはそんな、アイリスから定期的にもらっているこの世界の知識の中の一つを思い浮かべながら、その手に小太刀『朧霞』を顕現させるていつでも迎撃できる形をとった。──のだが、
「ふっ」
「────」
気がつけばアルラウネの近くまで接近していたヤンバルが拳を一撃放つやいなや、その瞬間に声を出すこともなくイビルアルラウネは身体を貫かれて死んでいた。
「──とまあ、このように、平然と、それなりに強いモンスターもいますから、警戒は必要ですので気を付けてくださいね?」
「…………」
何となく、来る場所を間違えたかなと思ったミツキだった。




