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19話

「……予想以上ね」


 アイリスはミツキの動きに驚いていた。

 《異世界人》は最初のころは驚くべき程のスペックと拙い戦い方というのが基本だ。これは過去に何人もの《異世界人》を見ているアイリスだからこそ理解している。


 しかしミツキにはそれがない。


 スペック自体も魔王を倒しただけあって高いし、何より身体の扱い方をある程度知っているような印象を受けるもので、はっきり言って、この世界に来てすぐの《異世界人》としては非の打ち所がない。


 唯一弱点があるとすれば戦闘経験が足りないような印象で、相手の動きを予想できていなことも多いような時があるものの、それでも危機を察知することも出来ているために、今後そこまで大きく失敗することはないようにアイリスは思った。


 ただ、それだけではミツキが今相対している〝柔剛〟のモットー・ケオクレには届かない。


「ここからどう戦闘を展開するか見ものね」


 もしかするとあるかもしれない大番狂わせに、アイリスは密かに期待を寄せるのだった。


 そんなアイリスの期待などまるで知らないミツキはこの次にどう攻撃するかについて考えていた。


(なんとなく、この相手に無手はいけない気がする……)


 先程の手刀を躱されたことといい、その後の蹴りを行う際に感じた嫌な予感といい、この相手に徒手空拳を挑むのは下策だとミツキは判断した。


(なら真っ先に倒す方法として思いつくのは『朧月』を使っての不意打ち弾丸だけど……)


 これは確かに必勝の一手のように思うが、それでは今後の成長を妨げるようにミツキは思った。

 そもそも銃というのはその一弾が必殺となるようなものだ。

 そのために、これをまず使い続けるというのはそれだけに頼ってしまうということになりかねない。


 それに、何度も確認しているが、この戦闘は試験であって殺し合いではない。しかも、この冒険者ギルドでもトップクラスの実力者であろう相手に対しての、模擬戦のようなものだ。

 戦闘経験が浅い自分がこんな滅多にないチャンスを逃すのは、確実に今後後悔するだろうとミツキは感じる。


(こういう思考になるのは〝第六感〟のおかげなのかな?)


 戦闘経験などこの世界に来る前まで皆無だった自分が、ここまで冷静に相手を見極められていることにミツキは内心苦笑する。


(このままこの感覚に身を任せてやってみるのもありか……)


 なんとなく、今感じている感覚を大事にすればいいのではないかと思ったミツキは深く考えるのをやめて、直感に少し意識を向ける。

 もちろん考えることをやめたわけではなく、ただあまり考えすぎるのを控えるようにしたという形だ。


 実際、次の攻撃についてはすでにある程度考えが固まっている。その後の展開はある程度流れに任せようと、判断した。


(──いくぞ!)


 そうしてミツキは動き出す。

 まずはほんの少しだけ、視線をアイリスに向けながら自身は超低姿勢で回り込むようにモットーに近づいていく。

 なんてことのない視線。しかし戦闘中、相手の動きに敏感になっている相手にとってはそれだけでもほんの少しの視線誘導、ミスディレクションになる。


 そして、ミスディレクションを行った張本人はスキルやらタイトルやらで明記されるほど影が薄いミツキだ。それだけでも視界から消えたように錯覚させるだけの能力がある。

 しかもそこから《暗殺者》のスキル〝気配操作〟を発動。気配を消す形ではなく、この空間に溶け込ませるように気配を隠蔽することで、朧げな存在感のミツキがまるで霞のようにその存在を消失させる。


「────っ!?」


 またしてもミツキを見失ってしまったモットー。

 歴戦の猛者と言えでも、あるいは歴戦の猛者だけにこうも簡単に自分の視界からいなくなってしまったことに驚いたのかほんの少しだけ硬直した。


 そして、今、思うがまま、感覚的に動くことに重点を置いたテンリは迷うことなく、まずは戦況を優位にするために、いつの間にか手に持っていた小太刀──『朧霞』を振るう。


「ぐあっ!?」


 振るわれた場所はモットーの左足の腱。これによってモットーは左足が使い物にならなくなる。

 そして、右足も同様に斬り裂こうとしたテンリだったが、すぐに目的を察知したモットーがあえて身体を地面に倒して転がることで回避し、何とか右足を守ろうとする。


 ミツキはこのチャンスを逃してなるものかと追撃を加えようとするが、流石に転がる相手にうまく小太刀を当てることはできなかった。

 もちろん蹴りなどを加えることも頭にはあったが、直感がそれはいけないと囁いていたために行えなかったのだ。


 結局そのままゴロゴロと転がってある程度の距離を取られてしまい、左足を封じるだけにとどまってしまった。


「…………」


 いいところで躱されてしまってしまっている事実にミツキは渋面を作っていると、未だ寝ころんだままのオットーはそのままガハハハッと笑った。


「いやぁ参った参った!」

「へ?」

「なんだ? 合格だぞ? 随分と拍子抜けした顔だな! しかし俺を殺しに来ていたのはいいな、ガハハハッ!」


 突然の降参宣言に驚くミツキ。

 もともと「モットーに一撃加えれば合格」というルールだったので、試験自体は合格で、試験は終了なのだが、そのことをミツキはすっぽり忘れてしまっていた。ルールを忘れるのはいけない事である。

 だが、その反応さえも面白そうに笑うモットーに、ミツキはなんだかバカにされている気がして、またしても渋面になる。


「ふふふ、どうやら本気で俺を倒したいみたいだな?」

「へ? え、ええまあ」


 突然の質問に戸惑うミツキだったが、一応肯定する。戦闘経験を積むための機会だったのだ。本音としてはもっとやりたかった。

 そしてその反応にまたしても威勢のいい笑い声をモットーは上げると、その表情を引き締めてすぐに立ち上がり、すっと重心を下げて右手の平をミツキに向ける形で前に、左手は腰のあたりに持ってくる構えを取った。


「いいだろう、本気で相手をしてやる!」

「──っ!? よろしくお願いします!」


 ミツキはその言葉に嬉々として飛び出したのだった。

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