12話
「おーい、大丈夫かー」
ミツキはぺちぺちとちっこい人型を捕まえて起こそうとしていた。
〝調和〟は解除しているために疲労感がかなりある状態だが、そんなことよりも目の前にいる存在がミツキは気になっていた。
掌に収まるちっこい存在は人型なのだが、髪は淡く光を反射する黒に近い紫色で、すっと通った鼻梁や薄い桜色の唇、長いまつげなどすべてがビクトールのように整っていて、それはもう綺麗な美少女だった。
特徴と言えば首から黄金のチェーンでつながった眼鏡を下げている(召喚時はちゃんとかけていた)ことと、何よりその背にある翅だろう。〝羽〟ではなく〝翅〟だ。
その体の大きさや、天使のような鳥の〝羽〟ではなく昆虫などの持つ〝翅〟を持つという要素はミツキにある空想上の存在を想起させた。
「妖精、フェアリー……」
時に神の使い、あるいは神と人間の中間とも扱われる特殊な存在は確かに、その儚くも美しい寝顔から人などでは到底至ることなどできないのではというような印象を受けた。
さらに言えば、この小さな体に圧倒的なまでの力の奔流が流れていることもミツキは理解していた。
(すごい魔力だな。ラノベとかでも妖精とかそういう類は魔力の塊みたいに扱われるけど、まさしくそれだと言えるかな)
魔王戦で新たに手に入れた〝魔力感知〟によって目の前にいる小さな存在が驚くほどの魔力を内包していることを肌で感じさせられたミツキはただただ畏怖してしまった。
能力を得たからこそ感じる相手との差とでも言えばいいそれにミツキは内心冷や汗を感じながらも、しかし召喚という名の誘拐をした側として責任を取るためにちゃんと起こすために行動する。
そのまましばらくペチペチしていると、「うぅ、ん……」と艶やかな声をこぼしてから、ゆっくりとその瞼を上げた。
「──っ!?」
ミツキは思わず息をのんでしまった。
なぜなら、その瞼で見えなくなっていたアメジストの瞳が、その中に幾千もの星を内包しているかのように輝いて見えたからだ。
そのあまりにも美しい瞳にミツキは見惚れてしまう。
「こ、こは?」
ミツキがぼーっとしている中で、掌の中に収まる妖精はあたりを見回して、ぴたっとミツキと目が合った。
「あなたは?」
見た目とややギャップのある非常に落ち着いた印象を受ける声で聞かれたミツキは、ようやく硬直から解放されて、慌てて挨拶する。
「え、えと、俺はミツキって言います。あなたを勝手ながら召喚させていただいたものです」
「召喚? ……そうだ! 確かいきなり私の足元に魔法陣が出現して、対抗しようと思ったら圧倒的な、それこそ魔力嵐かってくらいの魔力を送り込まれて一気にこっちに引っ張られて──」
自分の状況を理解した妖精はそこで絶句した。
「ま、まさかあなたが怠惰の魔王?」
「いやいやいや! 違いますよ!」
妖精がそう尋ねるのでミツキは必死に否定する。いつの間にか敬語になっていることには気がついていない。
「ち、違う? だってここは魔王城で、それに加えて召喚って言ったら怠惰の魔王しかいないと思うのだけど……」
「ええ、まあそれは自分が倒したので──」
「えええっ!?」
ミツキの言葉を遮って妖精は驚愕の声を上げた。
「あ、あなたが魔王を倒したの?」
「ええ、まあ」
「どうやって!?」
「えっと、銃でドパンと」
「なっ!? その銃はどこにあるの!? 魔王殺しの銃なんて誰も持っていないような代物よ!?」
「え、えと、一度落ち着いていただけると……」
「そ、そうね。私としたことが慌ててしまったわ」
あまりにもたたみかけるように質問されたので、ミツキは妖精をなだめると、すぐに妖精も自分に非があると認めて居住まいを正す。頬が心なしか朱いのは恥じらっているからだろう。
その恥じらいにミツキはまたしても見惚れてしまうものの、すぐに気を取り直して説明をした。
「えっと、まず自分はその怠惰の魔王の召喚術で異世界から呼ばれたものです」
「い、異世界?」
「はい、その通りです。そういう存在っていますか?」
「え、ええまあ確かナムハ王国では代々巫女が異世界から勇者を召喚することが出来ると聞いたことがあるけど……」
ミツキは妖精の言葉にへえそうなんだと内心思いながら話を進める。
「はい、どうやら怠惰の魔王はそれを自分でやったみたいですね」
「それであなたが召喚されたの?」
「はい、正確には自分の他にも50人ほどいますが」
「そ、そう、他の人たちは?」
「えっと、先に魔王城を去りました」
「んん? あなたはなぜここにいるの? あなたが魔王を倒した英雄なんでしょう?」
「え~と、自分はあの人たちと一緒にいたくないな~と思いまして」
「どういうこと?」
「え~と……」
それは自分が《魔人》だからと言いたくはないミツキははぐらかそうとするが、ジト目を向けた妖精は眼鏡をかけた。
そして──
「えええっっ!!!? あっ──」
またしても驚きの声を上げて気絶してしまうのだった。
「えっと?」
やっぱり戸惑うしかないミツキだった。




