第二話
ネモとクレオが住む塔は円形で、屋上には特大の男女の像が建っている。
セントポーリアの中心にある象徴的な建物だ。
一階は街を昔から守護するといわれる二人の精霊を祀るの教会となっている。
男の精霊は“戦の精霊”。
その強さはは兵士千人に値する。
女の精霊は“癒しの精霊”
どんな病でもたちまちに治してしまう。
街の住民であれば、誰でも知っていることだ。
塔の屋上の像もその二人を模したものだった。
「・・・どうか精霊様のお導きを・・・」
今日も数人の人がお祈りにきていた。
「癒しの精霊と戦の精霊の御加護により、この街は五百年変わらずにありつづけております。皆様の平和も必ずお守り下さることでしょう。」
けして大きくはない教会の、ステンドグラスの前に立った少しポッチャリとした司祭の女性が言った。
ネモは朝の事件のせいで、もはや昼食となった朝食を食べ終え、塔の屋上から街を見下ろしていた。
眼下には小さくクレオがみえる。買出しに行くらしいが、日中クレオについていくと、なんだかんだで街の女性に絡まれるので、ネモはあまりついていかないようにしていた。
「あっ、さっそくつかまってるし。」
ネモは司祭と話しをするクレオを見てプププと笑う。
「クレオくーん♪ご機嫌いかがかしら?」
司祭らしからぬ軽さで、後ろでまとめた髪を気にしながら、彼女は小走りでクレオの元にやってきた。
「ありがとうございます。元気ですよ、司祭様。今日もお忙しいですか?」
クレオは長身を屈ませながら、ニコッと笑って答える。
「そんなことないわよー。最近は困った信者もいないし、また何かあったらお手伝い願えるかしら?」
「ええ、もちろん。司祭様のお願いとあらば。」
クレオは深々と礼をして、それではまた、とその場を後にした。
セントポーリアは黄みがかったレンガの街で、道には石畳がひかれている。
街の真ん中には二人の住む塔、そして、そこを中心に、街の端八方に物見やぐら替わりの小さな塔が配置された美しい景観をもつ。
今の時期には街のどこにでも花壇に色とりどりの花が咲いている。
クレオは買うものを控えた紙を見ながら、大通りを歩く。
その腰の左右には丸い鉄製の入れ物にロープが巻かれたものをつけている。
「 クレオさーーーん!!」
遠くから自分の名前を叫び駆けてくる少女の声にクレオは顔を上げた。
「クレオさんクレオさーーんっ助けてくださいっ!!」
少し気の強そうな少女はクレオの背に回り込み、自分を追ってくる青年から隠れる。
「ちょっとまてよ!誰だよその男は!!」
少女を追ってきた青年はかなり苛立った様子でクレオを睨んだ。
「あんたには関係ないでしょ?」
少女はちらっと顔を覗かせて眉をしかめる。
「関係なくない!なんだよ、浮気かよ。」
自分を挟んで繰り返される痴話げんかにクレオはたじろいだ。
(なんなんだ・・・?一体・・・)
困った顔のクレオ越しに、少女は言う。
「浮気もなにも、別れてるじゃない私達。」
「いいや。別れてないね。俺が承諾してない!この、ふしだら女が!こっちにこいよ!こんなひょろ長いやつの何処がいいんだよ」
強引に少女に伸ばされた青年の手を、クレオが掴んだ。
「あのー・・・ちょっとおちついて。」
やれやれという顔でクレオは青年を見る。
「あんたなんかよりクレオさんのほうが1000倍いいわよ。」
「あの・・・君もちょっと誤解を生むからまくしたてないで。」
さすがのクレオもこの状況に眉間に皺を寄せる。
「クレオさんっストーカーなの彼。もう3ヶ月も前に別れてるのに、未だに合鍵を返してくれないし、勝手に部屋にいるし!私の私物も漁るし!!もう嫌っ!」
クレオの服の裾を引っ張る少女の目には微かに涙が浮かんでいる。
「お前は俺のもんなんだ、新しい男なんか認めねぇ! 」
クレオに掴まれているのとは反対の手で、青年はクレオになぐりかかってくる。
ぐいっ!・・・バタンッ!
・・・が・・・次の瞬間、青年はクレオの手によって地面に伏せていた。
掴まれた手を後ろ手に捻られ、押さえ込まれている。
青年は一瞬の事に驚いているうちに、あっという間に縄にまかれてしまった。
「全く・・・自分の勝手な想像だけで解釈して・・・無関係な者にまで殴りかかってこないで下さい。」
呆れた様子でクレオは青年を見下ろす。
「ゴメンネ、クレオさん。コイツ早とちりなのよ。」
少女は肩をすくめてクレオに謝った。
クレオは屈んで青年に話しかける。
「・・・女の子はモノじゃないよ。それに付き合いというのは強要するものでもない。相手を思いやることができない者に、彼女を幸せにすることはできないと思うのだけど、どうかな?」
ニッコリと作り笑いで微笑むクレオだが、まだ、青年は文句を言おうとクレオを睨みつけてくる。
クレオは少女に背を向けて、俯き、青年の首元に人差し指をかける。
そして、青年に一言言った。
「それとも一度、束縛されてみないとわからないかな・・・」
クレオに先程までの笑顔など一片もない。冷めた表情で青年を見下げる。
「!!!?う・・・・・・すっ・・・すいませんでした・・・!!」
青年は蛇に睨まれた蛙のように、一瞬で背筋が凍るような、すさまじい悪寒を襲われ、小さくうつ伏せに丸まりガタガタとふるえた。
「いいえ。謝るなら彼女に謝ってあげてね。」
クレオは元の笑顔で少女に向き直る。
「これでいいかな?」
「・・・え?あっ・・・ありがとうございますっ」
少女は青年の変わりように驚きながらもクレオの手を握りお礼を言う。
「きみも、人を選ぶときは慎重に。自分を大事にね。」
「はっはい!」
クレオは青年の縄を解いてその場を後にした。青年はクレオが見えなくなるまでうずくまったままだった。
※※※
それからも何人かの女性に絡まれ、
一人一人と話していたクレオが買い物を終えた時には、空は赤くなりかけていた。
「まさか、たったこれだけの買い物に半日かかるとは。」
クレオは片手にもった、野菜や魚など、数日分の食材を目にしてため息をつく。
「あらーぁ、クレオ君、今おかえり?」
教会の外の花に水をやっている司祭が声をかけてきた。
「ええ・・・まぁ、良く声をかけてくださるので・・・つい遅くなりました。」
「皆、クレオ君と話したいのよー。いっそのこと彼女でも作っちゃえば話しかけられにくくなるんじゃない?」
フフフと笑う司祭に、クレオは首を振る。
「いや、そんな簡単にはモテません」
「・・・そりゃあ、高嶺の花だと思われてるのよ。・・・でも、今までお付き合いがないわけじゃないんでしょ?」
司祭はずいっとクレオに近づいて聞いてきた。
「えぇっ・・・まぁ、そうですけど・・・つづかないんですよ。・・・あっ、これはネモにはヒミツですからね!」
「はいはい、ヒミツね。クレオ君は誰にでも手を抜かない。完璧でやさしすぎるから、もしかしてそれが原因かしらね?」
「なんですか、それは?褒めて下さってるのか、そうでないのか。」
ハハハと笑うクレオ
「なーんか、さほど好きでもないのに相手に合わせて付き合って、「私の事本当に好きなの?」とか、問い詰められてたりしそうね。」
司祭の言葉にクレオは顔を引き攣らせる。
「う・・・・・・。あ、ああ!もうネモが待ってるからオレは帰りますね!」
クレオは焦った様子で、くるりと階段のある方向に向き、スタスタ歩き出した。
どうやら図星だったらしい。
「あのね。クレオ君」
そんなクレオを司祭は静かに呼び止める。
「精霊様はこの街の人間のお姿で、遥か昔から私たちをお守りくださっているというわ・・・。普通の人では敬ってしまうほどの大きな優しさが貴方にはあるように私は思います。」
「・・・え?」
「癒しの精霊様の御加護なのでしょうね。きっと幸せになれると、私は思いますよ。」
ニッコリと笑い、手を振る司祭に、クレオは深く礼をした。
「流石、司祭様は鋭いな。」
夕焼けで赤く色づく階段を登りながら、ポツリとクレオは呟いた。




