第十二話
セントポーリアの街中からは、けたたましいサイレンの音が響いている。
「はじまりましたね・・・ネモさん。」
クロはネモの背に手を当て、力を送りながら言う。
司祭がサイレンに騒いでいる声が聞こえるが、気にしている暇などない。
「これで少しは拡大が収まればいいけど・・・今で瀕死の者が800名・・・。全員を治すことは不可能・・・今は死者を食い止める事だけに集中しているから、感染者はまだまだ増えるよ。」
ネモの額には汗が浮かんでいる。
「クレオさんに頼るしかないですね。」
「ハーイ。ネモ渡してきたわよ。クレオったら馬に乗ってたわよ。」
「ありがと、カトレア・・・て、馬!?乗れないよそんなの?」
「私が教えてあげましたわよ。」
カトレアがフフンと鼻を鳴らす。
「・・・まったく、無茶をす・・・わわっ!」
ネモはバランスを崩して頭をゴチンと床にぶつけた。腕がガタガタと震え、力が入っていない。
「いったぁ・・・なんなんだよ・・・もう。」
フラフラと起き上がって、また作業に戻る。
「ネモさん、支えておくね。」
「ごめんクロ、こんなに力を使うの初めてだから。」
ネモは笑っているが、表情にに力がない。
「なんか私にもできることあるかしら?」
「カトレアにも心配されるなんて、よっぽどやばいんだね、僕。」
その時ネモのお腹がグウーと鳴った。
「ピザ食べたいな。」
「えっ?」
「ピザ持ってきてよ。一番カロリーありそうなやつ。・・・大丈夫、お前なら奪ってきてもバレないよ!」
「ちょいまち、あんた治安維持隊に協力してるんじゃないの?窃盗よ窃盗!」
ネモはにやっと笑ってカトレアを見る。
「ピザたべなきゃ、僕の空腹で人が死ぬぞ。お金、多めにこっそり置いてくれば大丈夫だって。」
そう言ってネモはカトレアに銀貨を投げやる。
「なによそれー。まぁ、・・・わかったわよ。しっかりなさいよネモ、今あんたが倒れたら、その800人の命、全部終わりなんだからね!」
「わかってるよ。あ、ジュースもお願いね。」
「全く・・・」
※※※
クレオは馬を走らせる。
どうやらソコトラ兵は北西の森の浅いところに隠れた宿営地を作ったらしい。
「もう、このあたりでいいよ、止まって!」
しかし馬は止まらない。
「止まってって!あたたっ」
馬は道なき道を走る。
枝がバキバキとクレオに当たる。
「止まれって!」
クレオがたずなを勢い良く引くと、馬は仰け反りクレオは投げ飛ばされた。
空中で、警備を行うソコトラ兵が見える。
クレオは受身をとらず、どしゃっと草の上に落ちた。
馬が心配そうに戻ってくる。
「誰だ!」
物音にソコトラ兵が向かってきた。
「いった・・・あの、ソコトラ国の方でしょうか・・・私、セントポーリアのクレオと申します。」
土を払う素振りをしつつ、ダガーをコートの下に隠す。
「セントポーリア?・・・クク・・・何が様だ」
ソコトラ兵は微かに嘲笑しながら話しかける。
「私の弟が今朝早く病に伏せました。街の病院では手のうちようがないみたいで、皆さんなら何か知っているかと・・・。」
「なんだ、私たちが原因とでもいいたそうだな。」
「いいえ、そんなことは、・・・ただ、異国の虫や生き物を媒介しても病が広まると聞きましたので。・・・どうか、弟をお救いください。」
なんだなんだと、ソコトラ兵たちが集まってくる。
セントポーリアのものだとわかると、笑い声が起きた。
「こいつ、一人だけできたのか?」
「どうやらそのようだな。馬にも乗りこなせていない、まぁ、一般市民だろう。」
「ふーん。まぁいい、こっちに来い。」
(完全にからかわれてるな。まぁ、都合がいいが、)
宿営地には大きなテントが1つ、クレオはぐるっと兵士に囲まれて王子の前に出される。
皆、ニヤニヤと笑っていて気分が悪い。
「その病、余に覚えがある。」
王子が兵を脇に2名引き連れて入ってくる。
小柄ででっぷりとした体型、きらびやかな宝石を付け、煙管をくわえながらクレオを見下げた。
「余の国ではありふれた病だ。初めは風邪のような症状だが、初めてかかったものはたちまちに命を落とす。衛生兵よ、あれを見せろ。」
衛生兵と呼ばれた白衣の兵士が鍵のかかった大きな箱を出す。
「ここに、薬がある。ざっと、三千名分だ。我々にとってはこれがなくてはやっていけない。」
クレオは顔を上げて、笑顔で王子を見る。
「なんと、そんなに!」
「今のセントポーリアの様子はどうだ?同じような病のものはいるか?」
「・・・朝早く街を出ましたのでわかりませんが、病院は立て込んでおりました。・・・もしかしたら、弟と同じ病のものが他にいるかもしれません。どうか、その薬をお分けください。」
クレオを取り囲む兵士がクスクスと肩を震わせる。
「残念だが、これはソコトラの民の分の薬だ。・・・これからセントポーリアに移住するであろう、民のな。」
王子は煙をふうっとクレオに吹きかける。
「・・・どういうことでしょうか・・・。」
「そうだ、君にはセントポーリアの成り行きを共に見てもらおうか。」
王子が手を上げると、兵士たちが、クレオの身体をロープで巻き付けた。
ダガーも、クレオの縄も、取られてしまう。
(やっぱりそう甘くはないな。)
クレオは落ち着いてされるがままになる。
「やはり武器は持っていたな。小汚いダガーだ。」
兵士の一人がダガーを床に投げ捨てる。
「・・・助けて・・・いただけないのですか?」
「助けるも何も、もう間に合わんよ。今頃、街は混乱に陥っているだろう。君の弟も、もう駄目だろう。」
王子は椅子に腰掛け、俯き跪くクレオを見る。
「明日にはセントポーリアの人間は皆死に絶えるだろう。君は、そうだな。ここまで来た褒美に最後に殺してやろう。あの、豊かな地は、我々が使ってやる。」
兵隊は皆大声で笑いながらクレオの元を離れていく。
床に置かれたダガーは兵によって次々にを踏みつけられていく。
途端クレオの顔つきが変わった。
「・・・やめていただけませんか、それは弟から借りた、大事なダガーなのです。」
クレオは、声を落として言う。その手はワナワナと震えている。
兵の数人がその言葉に、クレオの近くまで集まってくる。
「俺らに指図するんじゃねえよ。この、下人が!」
兵士の一人がクレオの顔に蹴りを入れる。・・・が、それは当たらず、クレオの手中に収まった。
ロープは綺麗に解けてしまっている。
「へ?なんで、解けて・・・ぎゃっ!」
足を掴まれた兵士はワケのわからないまま投げられ柱に激突する。
突然の騒ぎに、離れかけていた兵士は次々に剣や槍を手にとった。
「なんだ!?」
兵士たちが、クレオを取り囲む。
すると、室内にもかかわらず、冷たい突風が起こり、クレオを中心に砂埃が舞い上がった。
思わず周りの兵士は目を閉じる。
・・・その次の瞬間には周りの兵士は皆、地面に伏せられてしまっていた。
「・・・うっぐぐぐ・・・」
全員、手や足があらぬ方向を向いてしまっている。
部屋の中には冷気がたち込み、兵士たちは身震いをした。
「こんな下らない者達の為に、街の住民が命を落としてしまった。」
顔をあげたクレオの顔は青白く表情はない。
兵士達は何故か心の底から沸き上がる恐怖に身体がこわばってしまう。
王子を守るために前に立ちはだかった
兵士が恐る恐る口を開いた。
「セントポーリアには昔から二人の精霊が住むと言う噂があります。・・・一人は怪我や病をたちどころに治す“癒しの精霊”・・・もう一人は・・・
一人で兵士千名に値すると言われる“戦の精霊”・・・でございます。」
「・・・は?・・・まさか、彼が、ソレだというのか?そんな噂に怯むな!行け、殺せ!」
地面に投げ捨てられたダガーを手にするクレオに、四方から兵士が剣を手に飛びかかる。
しかし勢い良く振り下ろされたその手には剣が握られていなかった。
2、3本の指と共にガチャッと剣が下に落ちる音がする。
何が起こったか解らず動揺し、叫ぶ兵士を横目に、守りの無くなった王子へ飛び掛かる。
「!?はっ??・・・やめっ!ひいっ・・・!」
王子の喉元目掛けてダガーの刃が突き刺さる・・・その一歩手前で動きが止まった。
微かに震える刃の先からツウッと血が滴る。
王子を睨み、刃を構えたままのクレオが静かに口を開く。
「・・・これはネモが長年、街を・・・オレを守ってくれたダガーだ・・・。この刃で・・・人は殺せない。」
泡を吹いて失神している王子を後ろから抱き抱え、血が滲む首にダガーを向けたまま、クレオは衛生兵を睨む。
「その薬はオレが貰う。・・・王子の命が惜しくば、お前もセントポーリアに向かい、街の人々を助ける手伝いをしてもらおう。・・・それができなければ・・・わかるな?」
呻き声をあげ、転がる兵士達を見て、
衛生兵は声もなく、ただただ顔を縦に振った。




