第十一話
扉に再び鍵をかけてクレオが戻ってきた。
「どうだった?兄ちゃん。」
ネモが少し疲れた表情で顔を上げる。
「ラギ副隊長に外出禁止令をだしてもらう。」
「あの副隊長が、よく聞いてくれたね。」
ネモの言葉に、クレオはちらっと舌を出した。
「・・・え?まさか、兄ちゃん!?ばらしたの?」
「ネモのことは言ってないよ。」
「えええーっ!?」
「まぁ、それ以外方法はなさそうですよね」
そう言ってクロは頷く。
「そんなのバラしちゃったら絶対後でこき使われるよ!」
ネモが焦って言うが、もう時すでに遅し、だ。
「でも、どーすんの?それだけじゃ、感染者は抑えられないわよ。」
今回ばかりは真面目にカトレアが口を出す。
「ソコトラ兵にあたってくるよ。・・・まだ王子が出てから半日。彼らが蒔いた病の種だ。見張っていた感じでは、彼らに病の耐性があるか、もしくは治療法や、特効薬をもっていると考えられる。」
「もしかしたら、ネモさんの力以外で治せる方法があるかもしれないってことですね!」
クロはクレオを見上げて笑った。
「・・・誰が行くのさ。」
ネモは険しい表情で、視線を下に落とし、力を送り続けている。
「・・・副隊長にはオレが一人で行くと話した。」
「ダメだよ!!」
ネモは声を荒らげて言う。
「一人であの数の兵を相手にするっていうの?力の制御もできないのに!?絶対にダメ!!」
クレオは俯くネモの傍まで歩き、腰をおろす。
「ネモ・・・これしか方法がないんだ。ネモの体力もそう長くは持たないよ。」
ネモは首を横に降る。
「僕は大丈夫だから、なんとかするから、・・・だから。」
「・・・姉さん・・・お願いだから。」
クレオがネモの肩に手を置いて言うが、ネモは拒否し続ける。
カトレアはそんな二人の元にゆっくりと近づいて、地図をみた。
「・・・人が・・・死んだわ。」
「えっ!?」
ネモが“命の地図”に目をやると、1つ、また1つと赤い光が消えていく。
「あ・・・あぁっ・・・。だめっ・・・消えちゃダメだ・・・!」
ネモがさらに強く力を注ぐが、消える光は止まらない。
「殺しちゃった・・・僕が・・・力が足りないから・・・」
顔を青くして震えるネモの小さな肩をクレオはぎゅっと握った。
「姉さんのせいじゃない。ソコトラ兵のせいだ。」
クレオは立ち上がってクロの方を向く。
「クロ、ネモを頼むよ。この力はかなり体力も精神も消耗されるから、少しでも、ネモに力を分けてあげて欲しい。」
クロは頷く。
「それならなんとか。」
クレオは足早に教会を出ていこうとする。
「クレオ!お願い辞めて!!カトレア!兄ちゃんを止めに行ってよ!!」
ネモが叫ぶが、カトレアはピクリとも動こうとしない。
「クレオは僕がいなきゃ力が制御できないんだ。暴走したら、きっと、人を殺めてしまう・・・!エゴだってなんだっていい!街の人が死んでも・・・僕はクレオを人殺しになんかさせたくない!」
叫ぶネモに近づき、カトレアが見下ろす。
「クレオをそうしたのはあんたじゃない。」
驚いて顔を上げたネモを見ながら、カトレアは淡々と話始める。
「ネモは生まれたときから勝気な性格で、運動神経は抜群。癒しの力の存在がわかってすぐ、その力を狙われないよう、男として育てられた。2つ下の弟が生まれたとき、あんたは思った。“この子は僕が守るんだ”って。」
「・・・カトレア・・・?」
「あんたは強くなった。弟を守るため、弟に怪我をさせないため、弟が誰かを傷つけなくて済むように。あんたは犠牲になった。・・・でもね、それじゃだめなのよ。クレオは戦の精霊なのよ。」
「・・・」
ネモが項垂れる。
「クレオが上手く力を使えないのは、自分の力に対する恐れのせい。あんたがクレオに力を使わせなかったせいで、クレオはほとんど力を使えないまま、その力は成長と共に強まっていった。」
カトレアが閉じた扉を見つめて目を細める。
「力のコントロールに必要なのは大切なものを守ろうとする強い決意。あんたの力の源と同じ。・・・クレオは・・・あんたの弟なら大丈夫よ。」
カトレアは雑にネモの頭をポンポン叩いた。
ネモは震え続ける手をギュッと握った。
「仕方ないな、わかったよ・・・カトレア・・・」
※※※
クレオは街の外に繋がる門に向けて走っていた。
門の前にはラギ副隊長が待ち構えている。
「クレオ君・・・君、馬は乗れるか?」
「馬・・・ですか?」
副隊長の横には栗毛の立派な馬がいる。
「残念ながら乗ったことは・・・。」
「・・・まぁ、この子は速い牝馬だが、賢いやつだ。戦の精霊である君ならすぐ乗れるだろう。使えそうなら使ってやってくれ。
副隊長はたずなをクレオに渡す。
「では、私も忙しい。失礼するよ。」
「・・・えー・・・。」
クレオは馬を見て途方に暮れる。
「有難いことだけど、ホントに乗ったことないぞ?お前、大丈夫か?」
牝馬はヒヒンと鳴き、クレオをベロンと舐めた。
「う・・・うーん。試してみるかな。」
顔中ベタベタで。とりあえずまたがってみる。
「たずなを引っ張って無理に動かすんじゃなくて、お腹を脚で押して動かすのよ。方向転換も脚ですんの。」
「カトレア!」
ふわっとカトレアが現れ、何かをクレオに投げつける。
「ネモからよ。無事に帰らなかったら許さないってさ。」
受け取ったのは革のカバー付きのダガーが2本。かなり使い古されているが、刃は綺麗に研がれている。
「ネモのだ・・・そっか・・・ありがとう、カトレア。」
クレオは少し微笑んで、ダガーを腰に付ける。
トン、と馬の腹部を叩くと、外に向かって歩き出す。
「ホントだ。動いた。」
「じゃあ、両足を後ろにずらして圧力をかける。」
言われるままにすると、馬はグン、と速く走り出した。
「うわっ?!」
クレオは振り落とされそうになりながらもなんとか乗っている。
「んじゃねー!いってらっしゃーい!」
街の門でカトレアは手を振り見送った。
どんどん遠くなる街をクレオはちらっと見ながら、馬を走らせる。
「街の外なんていつぶりだろ・・・嫌な感じは・・・北西から・・・よかった。それ程遠くはないな。」
この速度なら1時間はあれば着きそうな距離だ。
恐らく、少し離れた場所で、セントポーリアの成り行きを待っているのだろう。
「どうやって乗り込もうか・・・考える時間はないな・・・。あぁ、尻痛い・・・。」
慣れない乗馬に顔を歪めながらも、スピードは緩めずに、クレオは向かう。
・・・いや、スピードの緩め方など、始めから知らなかった。




