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精霊の街   作者: きつねこ
10/13

第十話

挿絵(By みてみん)


クレオは街の屋根伝いに表通りに向かう。


ソコトラの王子は、街の役員達との会食を終え、宿泊施設へと向かっている。

付き添いの兵士は変わらず3~40人といった所。

話から察するに和平の挨拶に来たようだった。


「・・・オレの思い違いだろうか・・・。いや・・・。」


兵士たちの表情は硬い、ただの和平の挨拶ならば、もっと和やかな感じでもよさそうだが。


結局一晩見張ったが、変わった動きはないまま朝を迎えた。


兵士達は、セントポーリアの隊員達と

友好の証に胸につけたピンバッジの交換をし、帰っていった。


※※※


「どうだった?兄ちゃん。」


アパートではネモが朝食を作って待っていた。


「・・・うん、変わった様子はなかったよ。・・・気の所為だったかな。」


クレオはアクビをして、テーブルに 突っ伏す。


「そっか。それならよかったね。」


「あー・・・今日は朝から司祭様の手伝いだった。」


クレオはため息をついて、体を起こし、朝食を食べだす。


「僕はパトロールに付き合わなくちゃ。まぁ、僕からも詮索かけてみるよ。・・・もう終わったことだけどね。」


※※※


ラギ副隊長はいつもと変わらない様子で街を廻る。


「副隊長、昨日はソコトラの王子がいらっしゃっていたんですか?」


傍らでネモはラギ副隊長を見上げて聞いた。


「あぁ、私は参加していないが、街の近くにきたので、是非、市長や隊長たちに挨拶をとのことだったらしい。隊員の四分の一は警備に取られていたが、まぁ、平和に済んで良かったよ。」


「ソコトラの王様ってどんな人なんですか?」


「お、君も市政に興味がでてきたのか?・・・まぁ、不憫なことに、貧しい国で、なかなか治めるのが難しいだろうが、良く国民をまとめている。手腕のある王だな。」


「へえ。」


「わが隊に入るのなら、遠征につれていってやるぞ、街の外に目を向けることも重要だ。」


「・・・えー・・・まぁ、考えときます。」


ネモは副隊長や隊員たちと、街を練り歩く。家々の玄関には長机が出され、野菜や花々を人々が飾り付けている。


「もう、収穫祭の時期だな。」


「明日でしたね。」


「収穫祭では人が集まる、スリを謀る輩も毎年出る。去年はネモ君のおかげで無事に終わることができた。今年もできたら警備の手伝いを頼みたいのだが。」


「勿論。」


ネモにとっては毎年の仕事だ。

祭りを楽しむのは半ば諦めている。


「ごほっ・・・ごほっ」


隊員の一人がネモの背後で咳をした。


「・・・風邪ですか?」


「あぁ、ごめんねネモ君、昨日の警備で少し、風邪をひいたみたいだ。・・・でも大丈夫。この程度なら仕事に差し支えないよ。」


「お前、体を鍛えるだけでなく体調管理も仕事のうちだぞ。」


「はっ!!」


隊員は副隊長に一喝され、姿勢を正した。

隊員の胸元にはソコトラ兵のピンバッヂが輝いていた。


※※※


パトロールが終わったのは正午をかなり過ぎたころ。

ネモはアパートに帰る前に、塔の教会に立ち寄った。

教会も収穫祭に向けての準備で、花飾りや、街の人々に振舞われるワインなどが至る所に置かれている。


クレオは椅子に横になって寝息をたてていた。


「あら、ネモ君。静かにしてあげてね。休憩をとったらそのまま寝てしまったのよ。よほどつかれていたのね。」


司祭は人差し指を口に当てて、ヒソヒソ声で話した。


「僕が寝てたら頭叩くのに・・・」


「あなたは怠けてるだけじゃないの」


クレオはネモに借りたマフラーを握ったまま起きる気配がない。

ネモは脱いであったクレオのコートを上に掛けた。


「可愛い顔で寝てるわねー。こんな子、弟に欲しいわ。真面目でよく働くし。」


司祭は祭壇の椅子に腰掛け頬ずえをつく。


「可愛い?図体はでかいし、結構笑えない冗談を言うよ。兄ちゃんは。」


司祭はネモの方をチラっと見て微笑む。


「それはあなたが特別だからじゃない?いっつも、ネモはーネモはーって、あなたのことばっかり。そりゃ彼女もできないわ。」


ネモはちょっとたじろいだ。


「えー・・・僕、弟なんだけど。それは困ったな。」


ネモが苦笑いしていると、教会の扉がバタンと開いた。


「こんにちは司祭様、あれ?ネモさんも、・・・ん?なに?」


勢い良く入ってきたクロに、司祭は「しーっ!」と人差し指を口にあてる。

クレオの存在に気がついて、クロは何故かマスクをつけた姿で、そーっとネモのそばにやってきた。


「今日は次から次に男の子たちが来るわね。」


司祭は少し嬉しそうに席を立つ


「凄い飾りつけですね、ゴホッ・・・そっか・・・明日が収穫祭でしたか。・・・あの、すこしですが、塔の共益費から教会の運営費です。」


クロはカバンから白い封筒を取り出し、司祭に渡した。


「ありがとう。・・・あら?管理人さん?今日は声が少しおかしいわよ?」


「・・・風邪ですよ。昨日までは大丈夫だったんですけど。遅くまで外で掃除をしてたからかなぁ。」


「まぁ、気をつけてね。じゃあ、忘れないうちに金庫に入れて、帳簿をつけてくるわ。」


司祭は封筒を手に奥の部屋へ入っていった。


「風邪、大丈夫?クロ。」


ネモがとなりのクロを心配そうに見る。


「ゴホゴホ・・・いざとなったら力で治せるんたけど、今日は忙しかったから忘れてたんだ。」


「わかるよ。いつでもできるから後回しになっちゃうんだよね。・・・あれ?その手の痣なに?」


ネモがクロの右手を指差す。長袖からちらっと赤黒い痣が見える。


「なんだろ、風邪でボーっとしてどっかでぶつけたかなぁ。」


クロが袖のボタンを外し腕をまくって、ハッと息を止めた。


「・・・なに?これ・・・。」


腕には沢山の痣があり、斑になっている。クロの横にいたネモが無言で逆の腕を捲ると、そちらも同じようになっていた。


「酷い内出血・・・朝には無かったの?」


クロは信じられない、と言った顔で、首を振る。


「こんなの・・・ゴホッ・・・すこしも・・・。・・・ん?」


クロは何かに気づいてマスクを外し、顔を青ざめた。


「まずい・・・今すぐ治すよ。」


クロは目を閉じて集中する。体が熱くなってどっと汗が吹き出るが、腕のあざは少しづつ消えていく。


「ああ、確かに僕と同じ力だ・・・けど・・・しんどそうだし、やってあげよっか?」


「・・・い、・・・いや、自分でできることは、自分でする・・・よっ・・・。」


数分後、クロの痣はすっかり綺麗になって、咳もおちついた。


クロは呼吸を落ち着かせ、口の中に残ったモノを、ぺっとマスクに吐き出す。マスクの内側は真っ赤に血で染まっていた。


「ちょっ!何それクロ!」


それを見て、ネモが目を見開く。

クロはマスクをくしゃくしゃっと丸めてポケットに突っ込んだ。


「・・・治ったんだから、深く考えない!い・・・いいよね!」


クロは笑って平静を装おうとしているが、かなり動揺しているようだ。


「そりゃ、治っちゃえばそこまでだけど、僕でもそんな病、見たことが・・・」


そこまで言って、ネモは黙ってしまった。


「ネモさん?」


クロが心配そうにネモを覗きこむ。


「・・・見た。同じような咳をしていた人。」


一緒にパトロールをしていた隊員だ。

嫌な予感がする。

クレオの感じた嫌な気配、知らない病、ソコトラから来た王子と兵隊達。


ネモはスタスタと癒しの精霊の像の前まで進む。


「クロ、覚えておくといいよ。・・・ここがこの街の中心・・・“癒しの精霊の力”が一番発揮出来る場所。」


ネモはすとん、とあぐらをかき、目を閉じる。


「暫く、誰も入ってこないように扉に鍵をかけてくれる?あと、司祭も出てこないように見張ってて。」


「えっ?」


クロが声をあげた瞬間、ネモを中心に大きな金色の光が円状に広がる。

円の端の八方から、光の柱が立ち、さらにそこを中心とした円が広がり、光の中には無数の星のようなものがきらめいて見える。


「うわっ・・・!」


クロは驚いてしりもちをつき、眩い光に目を奪わた。


「流石にこれは普通の人にも見えちゃうからね。」


クロはハッとして、入口の扉の鍵をかける。


「あ、光が椅子に邪魔されてるとこもどけてくれる?」


「はっ・・・はい!」


クロはてきぱきと椅子をどけ、司祭の入っていった部屋の引き戸につっかえ棒を立てた。


「・・・うーん・・・ネモ?」


流石の騒ぎに、クレオが目を擦りながら体を起こす。


「・・・えっ、なにごと?」


驚いたクレオはすっかり目を覚まし、二人に駆け寄った。


「クロ、これはこの街の地図だよ。」


ネモがクロを見ながら淡々と話す。


「ち・・・地図?・・・でも、道も建物も、何もないけど・・・。」


「・・・これはね・・・この街の人間の命の地図。」


ネモがそう言い、地面に着いた手に力を込めると、円の中の無数の星は一層輝き、青や白、黄色にあざやかに色を変えた。

その中の五百個ほどが、不気味に赤黒く目立って光り、少しずつ、その数を増やしている。

もう、消えかかりそうな弱い赤い光も中にはある。


ネモとクレオはそれを見て息を飲んだ。


「・・・やられた、どうしよう・・・兄ちゃん。」


ネモは赤い光を見て固まっている。


「・・・これは、どうしてこんなことに?」


クレオは厳しい顔で、ネモの横に立ち、“命の地図”を見渡す。


「クロが妙な病にかかってたんだ。似た症状の人がいたから調べたら、こうなってた。」


ネモの指が小刻みに震えている。


「妙な病?」


クレオがクロの方を見る。


「咳と・・・身体の内出血・・・それに吐血です。・・・でも、今朝まで本当に普通だったんです。・・・あの、その赤い光って?」


クレオは眉をしかめて、目線を足元の光に落とす。


「消えかかっている命の光だ。」


どんどん広がっていく赤い光にクロはたじろいだ。


「感染症・・・かな、ネモ。」


「・・・うん。恐らくかなり強い感染力・・・街の人間には耐性が全くない、新しい病だね。」


クレオはうーんと唸って考えた。


「・・・赤い光のうち、治安維持隊に属する人がどれだけいるかわかるか?」


ネモは暫く目を閉じる。


「顔を知ってる人が15人。・・・だから多分、倍の30人以上は隊員。」


クレオはため息をついて地面に座り込んだ。


「この街の住民がおよそ一万人。隊員の割合が多すぎる。確実に、ソコトラ兵が持ち込んだ病だ。」


「・・・とりあえず重病の人から取り掛かる・・・けど・・・僕の力でも2、3日かかるか・・・」


ネモがうなだれて光を見る。


「それじゃダメよ。ネモ。」


カトレアがクロの後ろからフワッと現れた。


「病気の増え方は、一人から二人、四人と倍倍にふえる。しかも明日は人が集まる収穫祭・・・。」


「・・・間に合わないな。」


クレオがカトレアの方を向く。


「そ、最悪、街の人間の大多数は死に絶える。」


「セントポーリアの市政は麻痺する。・・・治安維持隊も機能しなくなる。」


クロがクレオの話を聞いて、あせって二人を交互に見た。


「・・・嘘でしょ。病気だけでそんなことなっちゃうんですか?今はこんなに平和な街なんですよ?」


ずっと無言で力を送り続けていたネモは苦しそうな顔をあげた。


「・・・どうする?僕はここを離れられない・・・ほおっておけばじきに死者がでる。」


「・・・まずは感染を止めないと・・・。」


クレオがたちあがった瞬間、扉から大きな音が響く。


「ネモ君はいるか、いるならすぐにここを開けてくれ。」


切羽詰った声が扉の向こうから聞こえてくる。


「ラギ副隊長だ。」


ネモが、イライラした様子で言う。


「あれ?なにこれ、ちょっと、ネモ君空けてー!」


クロの後ろのつっかえ棒をした扉もガタガタ鳴る。


「司祭も・・・。」


ネモが扉を交互に睨み、ため息をつく。


「オレが行く・・・。」


クレオが歩きだし。まずは司祭の方の扉に向かう。


「すみません司祭様!扉が空かなくなったようです。修理を頼みますので、暫くゆっくりしていてください。」


「えぇ?それは困ったわねぇ・・・」


クレオはブツブツ話している扉の向こうの司祭を放置して、入口の扉の鍵を外し、中を見せるまもなく、外に出て扉を後ろ手に閉めた。


「何でしょうか、ラギ副隊長。」


「クレオ君か、ネモ君はいないのか?」


「ネモはいません。私が代わりに聞きましょう。」


副隊長は少し悩んだ後口を開く。


「今朝、ソコトラ兵を見送っていた隊員が次々と倒れている。・・・恐らく、交換したバッジに何か仕組まれていたようだ。毒か、何かによって隊長も伏せてしまった。ソコトラ兵を追尾するのに、ネモ君の力を借りたい。」


「・・・それはダメです。ネモを行かせるわけにはいきません。・・・それに、あなた方にはそれ以上のやるべきことがあります。」


副隊長は少しいらついた様子でクレオに背を向ける


「私達はプロだ。君に何が言える。協力願えないならもういい。」


「ラギ副隊長。必要なのは追尾ではなく、これ以上被害を増やさないことです。これは、毒ではなく病の感染を使ったテロです。街の人々を守るのなら、まずは外出を徹底して禁じ、感染者を増やさないようにするべきです。」


副隊長は後ろを振り返り、チラッとクレオを見る。


「感染?万が一感染なら、病院に行かねば死んでしまうだろうが。」


クレオはそれを聞き、少し黙ったあと、副隊長を見つめ静かに言う。


「癒しの精霊様がお守りくださいます。」


副隊長は鼻で笑った。


「こんな時に精霊様か、そんな夢うつつを今言っている暇はない。ソコトラ兵を捕まえ、治療法をを吐かせればいい話だ。」


「・・・なら、それには私一人が行きましょう。副隊長様は街の人々をお守りください。」


真剣なクレオの表情に、副隊長は向き直る。

クレオの真面目な性格を知らないわけではない。


「正気か?お前。死ぬぞ?」


怖い顔で副隊長はクレオを見る。


「癒しの精霊の力が届くのはこの街の中だけです。もし、感染した隊員がいた状態で、街の外にでたら、それこそ誰も助かりません。・・・それに。」


クレオは深く息を吐いて、副隊長をまっすぐ見た。


「あなた方が居ない方が安心して挑むことができます。」


急に冷気があたりに立ち込め、クレオを中心に風が吹く、


「なっ・・・なんだ?」


副隊長は風圧で腰をつく、鋭い風によって頬が浅く切れて血が滲んだ。


「これ以上被害が増えれば、“彼女”が悲しむ。」


強い風で目を細めた副隊長はクレオの姿を見て、言葉を失った。


見てくれはいつもの好青年だが、何故か底知れぬ恐怖を感じる。

副隊長ともあろう自分が、そこまで人を恐るのは初めてだった。

・・・それは人ならざるものが感じさせる恐怖。


「・・・クレオ君・・・君は・・・。」


次の瞬間、風が止み、何事もなかったようにクレオは副隊長に手を差し出した。


「お察しの通りですよ。・・・手遅れになる前に、外出禁止令を出してください。」


「・・・こんなことが、あるとは・・・。」


副隊長は頭を横にふったあと、クレオの手を借りて立ち上がった。


「・・・わかった。外出禁止令を出そう。病院にも感染に注意するよう伝達する。ソコトラ兵を攻めようという声も上がるだろうが、そうはさせない。私が責任をもつ。」


「すみません、ラギ副隊長。」


クレオは深々と頭を下げた。


「・・・やめてくれ、こちらも悪かった。・・・君のことは私の胸の内に留めておこうと思うが、いいだろうか、戦の精霊殿。」


「・・・ええ、助かります。」

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