第一話
円形の外壁に囲まれた街、セントポーリアは、秋を迎えようとしていた。
街の真ん中の塔に住むネモは大きく伸びをして、窓を開ける。
清々しい青空に、明け方の少しひんやりとした風が気持ちいい。
リビングからいいにおいがただよってくる。
「おはようネモ、ご飯できてるよ。」
ドア越しから落ち着いた青年の声がする。
「いまいくー。」
ネモは金色に輝く短い髪をバサバサと掻きながら自分の部屋を後にした。
「昨日肉屋のリリイさんに、余ったからってハムをもらってね。」
そう言い、ドアをあけた先には長身の青年。
名前はクレオ。身長は180センチ以上あり、短く綺麗な黒髪で、優しそうな整った顔をしている。
「・・・それ絶対余り物じゃないよ。」
モテる人は違うねーっとネモは苦笑いした。
一方のネモは背が低く、身長は150cmあるかないかといった位。
いたずらっぽくつり上がった目をしている。
「ネモ・・・茶化さないでよ・・・違うって。嫌なら食べなくてもいいけど。」
クレオは出来立てのハムエッグをフライパンから皿にうつしながら、困った顔でネモをみた。
「ごめんごめん。たべるって!」
ネモは笑いながらテーブルに着いた。
・・・その時。
バンバンバンバン!!
『?』
リビング直結の玄関ドアからの激しい音に、2人は目を合わせた。
フライパンを降ろし、クレオが玄関を開けると、厳ついがっしりとした体型の中年男性が立っていた。
「朝からすまないねクレオ君。・・・弟のネモ君は・・・いるね。」
「なんか急用ですか?治安維持副隊長さん。」
ネモは座ったまま、くるりと体の向きを玄関に向けた。
「朝食中か、悪いな。明け方、街の中心部で金持ちの家を数件狙った窃盗事件があった。犯人の顔はわかったんだが、まだ捕まらないんだ。逃げる際にけが人も出ている。協力を願えるかな。」
ネモは副隊長に一度背を向け「げーっ」と苦い顔をしたあと、笑顔で振り返った。
「お安い御用です。」
隣の椅子に置いていた革のカバー付きの2本のダガーを手早く腰につけ
「すぐ帰るね。兄ちゃん」
とクレオを見上げる。
クレオは少し困った顔で、「気をつけて」と手を振った。
ネモとクレオのアパートは塔の最上階。
個室が2つとリビングダイニングが1つ、トイレ、浴室、ベランダがあるにしては、なかなかの安物件だ。
その理由は下の階までの階段の辛さにある。
階段を下りながら、ラギ副隊長はネモに写真を見せた。
「うーん。いかにも悪党って顔!」
写真には中太りで髭ヅラの目つきが悪い男が写っている。
「中心部の青果売り場のあたりで見失なったそうだ。……盗まれた物品もまだ見つかっていない。」
ネモはうーんと唸りながら階段を下り、しばらくの無言の後、
「地下・・・かもね。」と言った
「地下か。」
「青果売り場のあたりは水を良く使うから、地下水道が整ってるんだ。マンホールから入って・・・そうだなぁ。水がまだ綺麗で、地上に人影が少ない・・・ついでに、定期整備のための無人の簡易休憩施設がある。マリー通りの端の地下・・・なんてどうかなぁ。」
「なるほど。地下までは考えていなかった。」
「中心部以外はなかなか一般人が地下水道に入るのは厳しんだけどね。ここだけは違うのさ。」
「ははっ。さすがこの街に精通しているな。是非我が隊員になって欲しいものだ。」
ラギ副隊長はヒゲをはやした厳つい顔をほころばせ、バシバシとネモの背を叩く。
ネモ小さな背に当たる衝撃に、眉をしかめる。
「まっ・・・まぁ、僕も忙しい身だし、それに、治安維持隊の皆さんにはとてもかないませんよ。」
※※※
地下水道の探索には、隊員二名と案内役にネモが行くこととなった。
比較的綺麗な水といえど、流れているものは下水、
あたりには鼠やらコウモリやらがいる気配がするが、水路の流れは早めで、水音だけが大きく聞こえる。
ネモと隊員二名は、水路の端の細い点検用の歩道を歩く。
「・・・いたぞ!!」
隊員の一人が、休憩施設のあるあたりに明かりと、犯人の人影を見つけ、駆け出した。
「もう逃がさんぞ!」
隊員が犯人の目の前までたどり着いた時、ネモは妙な感覚を感じ、もう一人の隊員の背後に隠れる。
・・・ザクッ!!
「ぐうっ!!?」
犯人とは別の方向から腹に深々と刺された槍に、隊員は目を見開いた。
物陰から薄汚れた格好の細身の男が現れる。
「・・・治安維持隊か?・・・もう一人いるなっ! 仲間伝えろ!俺たちを宝と共に街の外に出せ!・・・でないと、こいつにトドメをさすぞ!」
いかにも悪党らしい犯人は、2人いたらしい。
残された隊員はたじろいだ。
「さあ、早く連絡を・・・おごっ!?」
槍を持った男が急に白目を向いて倒れた。
「おっ・・・おい!ぐあっ!!」
仲間に目を奪われたもうひとりの男も上から振ってきたモノの衝撃で床に頭を強打する
。
その男の背の上にはびしょ濡れのネモがニヤリと笑って立っていた。
「みねうちじゃー。」
両手のダガーをくるっと回し、腰にしまって、倒れた隊員に駆け寄る。
「大丈夫?傷は痛む?・・・って、痛いに決まってるよねぇー・・・2人いるって気配に気づくのが遅かった・・・ごめんね。」
ネモは隊員に肩を貸し、抱き起こす。
「・・・いたた・・・いや、命拾いした。・・・ん?傷は、・・・思ったより全然浅いようだな。」
「よかった。よかった。 ラッキーだね。」
なんとか、重症の怪我人もなく、事件は一件落着した。
※※※
「いや、うちのものが慎重さに欠けていたために、迷惑をかけたな。ネモ君」
悪党二名を引きずったラギ副隊長が、軽くネモに礼をする。
「いいえー。僕が先に見つけてたら同じだったかもしれませんし?」
ネモはニコリと笑って、服の裾の水を絞った。
「地下水道では汚れたろう?どうかね。隊員用の広い銭湯があるのだが。」
銭湯、という言葉にネモは目を輝かせる。
「銭湯!!!いき・・・・・・いや・・・だめだ・・・今回は急用があるので・・・」
しかし、何かを思い出した様子で、肩を落とした。
「しかし、少々臭うぞ?」
「・・・げっ・・・ほんとに?・・・でも・・・うーん。うーーーーん。でもなぁ。ほら、見せたくない傷とかがあったり?・・・なかったり・・・?。」
躊躇するネモを見て、副隊長は首をかしげる。
「そんなもの、街を守っている我々にとっては勲章のようなもの。恥ずかしがることはないだろう。」
「ははっ、まぁ、また行かせてください。」
ネモが困った顔をして言うので、副隊長は少し残念そうな顔を見せたが、それ以上は言わなかった。
※※※
「兄ちゃん!だだいまっ!!ふろーーー!!」
アパートに帰るやいなや、玄関も開けっ放しにリビングで服を脱ぎ散らかし、パンツ一丁で風呂場に掛けていくネモを、クレオはぎょっとして見た。
「・・・ちょっ・・・ちょっと!ネモ・・・」
「あっ、それね!下水に浸かったから、後で洗濯するし、おいといて!」
顔をひょいと風呂場から覗かせたネモは黒のボクサーパンツを先ほど脱ぎ捨てた服の上に投げた、
「もっ・・・もう!!ネモ!」
クレオは手で目を覆いながら叫ぶ。
「ちゃんとしてって!オレの気も考えてよ!」
焦るクレオの声も、ネモには全然届いてないようだ。
シャワー音がしばらく続いた後、風呂場から、腰にバスタオルを軽く巻いたネモが出てきた。
体に傷はどこにもない。細い腰に似つかず、お腹は綺麗に割れている。
クレオはネモに背を向けて深いため息をついていた。
「そういえばさ。ラギ副隊長に銭湯に誘われたんだけど、やっぱり行っといてもよかったかな。」
「えっ!!!ダメっ!ダメダメダメ!!」
驚いて振り返り、ネモを見たクレオはその体をじっくり見た後・・・
「・・・はっ!!!ごめん!!!もう、ホントやめて!!」
・・・と体ごと仰け反らせネモから視線をそらした。
「・・・こうしてたらどう見ても“女の体”には見えないと思うんだけどなー」
1人バタバタするクレオを見て、ネモは不思議そうにポツリと呟いた。
「・・・もし男だらけの銭湯になんかい行って、バレてなにかされそうになったらどうするの・・・」
背を向けてクレオが小声でいう。
「兄ちゃん心配しすぎだよー。億が一、そんな人が居たら、まぁ、潰すだけだけどね。」
ハッハッハと、仁王立ちで笑うネモに、クレオは頭を抱えた。
「・・・家では【兄ちゃん】でなくていいんだよ。・・・‘‘姉さん‘‘・・・」




