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9話



 俺の部屋には美桜さんという、俺の体を診察してくれた彼女が残ってくれた。


「本当に申し訳なかったね」

「いえ、本当は本物のドレスをご用意させていただきたかったのですが、どうしても間に合わずに……。申し訳ありません」


 俺はシルバーの上下に蝶ネクタイという用意をさせてもらった。


「お体は大丈夫ですか?」

「あぁ、あいつを見送るくらいは十分にやれるさ」

「なにか、ご要望があればお申し付けくださいね」



 二人で部屋を出て、プールに向かった。


 海の見えるプールサイドには、その用意がすでにされていた。

 十字架のある台と、キャンドルスタンド、ライトアップされたプールの中を横切るように、仮の足場が組まれていて、その上に真紅のバージンロードが作られている。



 最後の願い。それは結婚式を挙げたいというものだった。それはきっと彼女たち「二人」の願いでもあったのだろう。


 それが仮に「ごっこ」であっても、もう構わない。


「あと、どのくらいの時間がある?」

「そうですね、あと1時間ほどです」

「そうか、準備が出来たら、すぐに始めてしまおう」


 可憐の活動限界、そして彼女を迎えに来た回収隊。せっかくここまで来ている。大きなトラブルは起こさずに済ませてしまいたい。


『美桜ちゃん、準備はどう?』

「こちらはいつでもOK。始めるよ」


 小さく立ち上がったウインドウに頷いた彼女は俺の手を引いた。


「悠介さまはこちらでお待ちください。花嫁さんをお連れします」


 バージンロードの前で待つと、扉が開いた。


「凄い……」


 彼女の声がした。

 真っ白なロングスカートのワンピース、手には白い手袋にブーケを持ち、頭にも生花で飾りをつけてもらっている。


「悠介さん……」

「これが、おまえにしてやれる最後のことだ」


 俺の前に立ち、涙でいっぱいの瞳で見上げてくる。


「はい、腕を組んで、まっすぐに進んでください。あっ、そうでした。これを……」


 美桜さんは俺の胸にブートニアを差し込んでくれて、全ての準備は整った。


「あとは、お二人のタイミングにおまかせします」


 アテンドしてくれた二人は、プールサイドを回って祭壇の横についた。


「行けるか?」

「はい」


 一歩を踏み出そうとしたとき、微かな音に気がついた。どこかモーターなどが無理をしているような異音だ。きっと、どこかのギアとサーボが噛み合っていない。こんな音はこれまでで初めて聞く。もう少しなんとか持ちこたえられないものか。


「気にしないでください。このくらいは平気です」


 困ったような顔をしている。人間で言えばきっと動くことが出来ないほどの故障なのだろう。


「ゆっくりでいい。焦るな」

「はい」


 ふだんの一歩の半分以下。二人で腕を組んでいたから、途中転びそうになったけれど、なんとか無事に祭壇の前にたどり着いた。


「悠介さん、あなたは可憐さんに永遠の愛を誓いますか?」


 渚珠さんの声が心に染みこんでいく。


「誓います」


「可憐さんも、あなたは悠介さんに愛を誓いますか?」

「はい……、誓います……」


 小さな声だったけど、可憐はハッキリと告げてくれた。


「ここにお二人の署名をしてください」


 渚珠さんが差し出してくれた結婚証明書に二人でサインをする。


「これで、お二人を夫婦と認めます。おめでとうございます」


 拍手とフラワーシャワーをもらいながら、二人での写真を撮ってもらった。


「ありがとう……ございました……。これで……、思い残すことはありません」


 そこまで言い切ったとき、可憐が体勢を崩した。


「しっかりしろ」

「悠介さん、みなさん……。私は、本当に幸せでした。最後にこんなわがままを聞いていただきました」


 座り込んだ可憐を抱きしめる。


「悠介さん……、私は、悠介さんのお役に立てたでしょうか……」

「可憐、おまえは、これまでも、これからも、最高のパートナーだ」


 しかし、彼女は首をゆっくり横に振った。


「私の役目は終わりです。あとは可憐さんが天国でお待ちしています。悠介さん、これからは私がいませんから、気をつけて……」

「待っていろ。すぐに俺も追いかけるから」


 他の人には分からないほど、彼女は小さく肯いた。


「悠介さん、私の停止をお願いできますか……? 時間切れではなく、悠介さんの手で停めていただきたいんです……」


 その方法は俺たちが眠る島を見に行った日の夜に教わっていた。


「いいんだな?」

「はい。時間が切れて、悠介さんにご迷惑をかけるわけにはいきません」


 最後の力を振り絞るように、可憐は腕で身体を支えて背中を俺に向けた。


 ワンピースの後ろのファスナーを半分ほど下ろした。


 人間で言えば肩甲骨の間、背骨が通っている位置に触れると小さなくぼみに当たる。

 そこに親指で力を入れると、バチンと音がして、普段は使わない扉が表面の皮膚ごと開いた。


「可憐、分かるか? いいんだな……」


「はい……。そこにある、赤いコネクタを抜いてください。それが動力線です。…………急いでください。悠介さん、すぐそこまで回収班が来ています」


 気がつけばこの島のシステムを管理しているという凪紗が見あたらない。

 この島の防災システムを使って、回収班の到着を遅らせてくれていると言っていたか。


「可憐……」

「はぃ……」


 彼女の使用者マスターとしての最後の確認だ。


「いいんだね?」

「はい……。お願い……します……」


 鼻をすする音がする。髪の毛でその表情を見ることは出来ない。もし、見てしまえばもっとその決心が鈍ってしまうだろう。


「はい……、すみません……。もう大丈夫……です……」

「分かった……」


 彼女と過ごした時間が脳裏に流れていく。俺は目をつぶって、25年間の稼働で固くなっていたコネクタを引き抜いた。そして、扉を閉めた。


「ありがとう…ございます…。私、悠介さんと一緒にいられて……幸せでした……」


 抱き寄せてみると、頬に涙の痕が残っている。それでも、可憐は俺に最後の笑顔を作って見せてくれた。


「また、会おうな」

「はぃ……」


 頷いて微笑んだまま、彼女はまぶたを閉じた。

 試しに腕を曲げてみても、もう電源が入っていないから、自分では元に戻らない。


「可憐……」


 腕時計を見た。彼女に残されていた時間は、わずか10秒ほどだった。


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