6話
「みんな、来たよ!」
管制室のモニター前から、凪紗の声が全員に飛んだ。
「なんかあった?」
「可憐さんの回収隊だと思う。オートクルーズの目的地がここになってるから」
「どのくらいで来る?」
「そうだねぇ、この分だと明日の夕方かな」
「そうか……」
すっかり作戦場所となった宿泊フロント前のロビーで、全員が集まっての打ち合わせが始まる。
特に変更はない。昨日からの指示を継続する。個別に対応策を考える者はそれを継続すること。
渚珠と奏空、美桜は二人の最後の時間まで願いを叶えると同時に、何か異常が発生しないように見守ることを継続すると。
今朝の時点では、可憐が稼働していることに違法性はない。島の外を楽しむのであれば、早い方がいい。
「あの、もしお願いできるなら、ある場所に連れて行っていただきたいのですが……」
朝食の時間で悠介からそんな話を持ちかけられた。
「もちろん。船で行けますか?」
「少し遠いですが……」
見せてもらった地図。ここからなら、船で片道1時間弱と言うところだろうか。
「でも、あの辺なんかあったかな……」
出発の準備を渚珠が進めていると、途中の食事の用意をしていた奏空、そして美桜が意外な物を持ってきた。
「スコップ? なんに使うの?」
「これから行くところで使いたいんだって」
船のナビゲーションシステムでその海域を調べても、港など特段の設備などがあるわけではない。大まかな設定をして、あとは現地で探すことにした。
「そこに……、何か意味があるんですよね」
船を進める渚珠に、悠介が黙って肯いた。
「この騒ぎが終わった後、ひとつだけお願いしたいことがあるんです……。今日はその準備です……」
船は遠浅の湾に入ってきた。それまでのマリンブルーから、白い砂地の海底が見えるようになり、全体的にペールミントのような色彩に変化してきた。
「あれ……かな……」
「そうですね。よかった。ちゃんとありました」
渚珠がゆっくりとその場所に船を進める。
「奏空ちゃん、ロープを持って、あの木に結んでくれる?」
「分かった」
学校の教室、約ひとつ分くらいの広さになるだろうか。浅瀬の中に浮かぶ本当に小さな島。流れついたヤシの実から芽を出したのがきっかけであろう木が2本。あとは砂地という土地。
「渚珠ちゃん、OK」
「ありがとう。降りましょうか」
船底を少しだけ砂地に乗り上げさせて船を停めた。
五人でその島に立つ。入江にあるため、波は静かに砂浜を洗っている。
「この島は……?」
「松木さん、ALICEポートの皆さん……」
悠介が口を開くところを可憐はそっと見守っていた。
「お願いがあります……」
「はい……?」
「この島は、可憐と僕がこれまで貯めてきた貯金をほぼ全て使って譲っていただいたものです。どんなに小さな場所でも構わない。可憐は昔から、海辺と星が大好きな女の子でした。そんな彼女の願いを叶えてやりたいと、ずっと……」
「それは、大変なことだったでしょう……」
いまのアクトピアで、新たに陸地を所有するということは、本当に大変なことだ。ALICEポートは本当に例外だらけの場所だということだけど、宇宙港という施設だからこそあれだけの土地を使うことが出来ている。
個人で所有している場所というのは、やはり代々受け継いできた住民たちが守ってきているものがほとんどだ。
「たまたま、この島の所有者と仕事で知り合いまして、可憐の話をしたところ、それなら有効に使ってほしいと譲っていただきました」
それだけでも、二人の絆が深いことはよく分かる。
可憐は、自分たちがこの世に生まれる前にすでにこの世を去ってしまっている。その記憶を継いでいる彼女をパートナーとして互いに支えあってきた。彼女の願いを叶えるために、これまでの全てを投げ打った悠介の気持ちは本物だから。
「山野さんはご存じのとおり、私ももう長くはありません。そうなると、またこの島が誰のものか分からなくなって、静かな環境がなくなってしまうかも知れない。そこで、皆さんに、この島をお譲りしたい」
「でも……」
「分かっています。この島の使い道も皆さんにならお任せできます。ひとつだけお願いしたいのは、私と可憐をここで眠らせて欲しいと言うことです」
しばらくの沈黙。小さなさざ波が打ち寄せる音だけが流れていた。
「分かりました」
「渚珠ちゃん?」
「お約束します。この島は、このまま静かな楽園として保存したいと思います」
「でも、どうやって……?」
「みんな知ってるでしょ? ALICEポートがある海って、海流があるから、海岸以外は海遊びできないんだよ。ここならそう言うことも出来る。小さい休憩所だけ作って、あとは手をつけない。私たちと、泊まってくれるお客さんだけのプライベートビーチならお二人も寂しくない。いかがですか?」
「素晴らしい」
「それだけで大丈夫?」
「あとは、航行用の電波施設を置いて、灯台みたいな役割にする。管理が私たちなら使用許可は下りるよ」
「ありがとうございます……。やはりみなさんにお話ししてよかった」
そのあと、渚珠は残っている凪紗に連絡をとり、この島の正確な場所を特定してもらっている間、四人は椰子の木の根元にシャベルを突き刺した。そして、そこを墓地として申請することにした。そうでもしないと、いつか騒ぎになってしまいかねないから。
「可憐、気付いていたんだろう? 俺のこと……」
「ごめんなさい……。本当なら、悠介さんを見送ってから停まりたいんです。でも、私にはその時間は残されていないと思います。でも、それは本当はいいことなんです」
「そうだろうか? 俺はもう可憐を助けてあげることも出来ないんだぞ?」
「だって、本当の私はいま空の上で悠介さんを待っているはずです。私が残ってしまっては、おかしな事になってしまいますから」
可憐が悠介の腕をそっと押さえた。
「大丈夫です。私のことは、他の誰かではなく、悠介さんに停めて欲しいんです。だから……、その時はお願いします……」
「それでいいのか……?」
「はぃ、私はもう十分楽しませてもらいましたから」
気がつけば、船は出航したALICEポートに到着していて、渚珠がひとり片づけをゆっくりと行っていた。
「すみません。ご迷惑をおかけしてしまいました」
「いいえ。お気になさらずに。お時間は構いませんよ」
二人が降りてきて、渚珠のそばまでやってくる。
「無茶なことをお願いして申し訳なく思っています。私たちにはあんなお願いを出来る資格も本来はありません。それなのに、ここのみなさんは私たちのために力を貸してくださっている」
「今回は事情はおありですけど、私たちの普段の仕事と変わりません。たとえ時間が決まっていると分かっていても、その間だけでも、幸せだったと思ってもらえるなら、わたしたちはベストを尽くしてお手伝いをさせていただきます」
「最後にこちらに来られて、本当によかったと思っていますよ」
三人は夕焼けの赤い色に染まりながら部屋に戻っていった。
「さて、明日の夜には着くよ。どうしようか」
「二人とも、ちゃんとその時間は分かっているしね。そのままでいいんじゃないかな」
深夜、スタッフルームでは凪紗をはじめ五人が集まっていた。
話題はひとつだ。
「万が一を想定して、きっと早めに着けるようにしてくると思うんだよね。その時にいろいろありそうだな……」
「明日の夜なんだよね。そこまでは何とか引っ張りたいなぁ」
明日の一日が終わったとき、可憐が稼働状態にあることは違法になってしまう。当人たちを含め、それは全員が解っている。
ただ、少しでも最後の時間まで本人たちの意志に任せたい渚珠と、作業を急ぎたい回収班との思惑は埋まることはないだろう。
恐らく、ゆっくりと別れを惜しむ時間になるはずだ。そこに踏み込んで欲しくはない。
「どうせ今は部外者立ち入り禁止になっているんだよね。防犯システムで対応しちゃったら?」
「ま、まぁ……。放水機とかの水圧上げればねぇ。あとはレーダーのバリアで凌いでもらうか……」
「いいよ、ただ誰もケガだけは出さないようにお願いね。あと、時間が来たら、ちゃんと回収はしてもらわないとだから」
「それじゃあ……、子どものいたずらに少し構って貰いましょうかねぇ」
渚珠と凪紗はそこで相談すると、スプリンクラーや、表示灯、レーザー距離計などの表示や出力をめちゃくちゃに設定した。これでは自動接岸は使えないし、近付こうものなら、全ての物を侵入者と判断したコンピューターは自動的に放水などで追い返そうとする。
最後の仕上げに、渚珠は凪紗との連名で、「防犯システムで故障発生につき明日夜まで接岸不能」という情報を発表することになった。




