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5話


「奏空ちゃん、あのお二人をここにお願いできる?」


 渚珠の依頼で、悠介と可憐の二人がロビーに揃った。


「本当に、わざわざこの島まで来ていただきまして、ありがとうございます。お二人の事情につきましては了解いたしました……」


 渚珠が弥咲を見る。その弥咲は美桜の隣に席を替わっていた。

 弥咲には経験がない。これは美桜にしか出来ないことだから。もう助からないという宣告。そして、本人や周囲がどう受け入れてこの後の時間を過ごしていくかという流れは、誰も経験したことがないから。


「結論から申し上げます。可憐さんはご存知だったんでしょうね」


 弥咲と視線を交わした可憐は俯いた。


「ボディとしては、修理をした上でまだ動かすことが出来ますが、可憐さんを可憐さんとして保つことは、残念ながら出来ません」


「あと、どれくらいの時間が残っているんでしょう」

「本来、もともとの閾値までは持って今日を入れて3日。緊急で10パーセント閾値をずらしても、1日延ばせるか。ただし、それは誤作動を起こす可能性もある。誰かに被害が出ないとも限らない」


 仲田博士の苦肉の策だった。可憐の人格が壊れないギリギリ。そこまでなら、時間を延ばせるかも知れない。


「分かりました。ありがとうございました。ですが、もう可憐を連れてどこかに行くことも出来ません」

「でしょうな。故障した時点で、可憐は修理不能であることを分かっていたはず。自分を回収に来ることは前々から分かっていたんではないか?」


 可憐の手を取る。涙を流しているところを見る限り、彼女が人造物であるとはとても思えなかった。


「悠介さん、ごめんなさい。私たちは絶対に嘘をついてはいけないのに」

「それだけ、可憐は人間らしいってことだよ。よく頑張ってきたな。ご苦労さん」


「ちょっと、待っていただけませんか?」


 回収の手続きをとろうとした二人を、渚珠が止めた。


「この島なら、もし何かが起きたとしても、被害は最小限ですみます。最後の最後まで、二人でゆっくりしていってください」

「渚珠ちゃん!?」


 期限の切れた機体を運用し続けることは、法律でも違反になってしまうことを渚珠自身も分かっているはずだ。


「みんな、最後の1日は島をでていて。わたしが責任を取る。それぞれの持ち場については、明日から全部休業にしてください」

「はい」


 打ち合わせが終わった。仲田博士は可憐に緊急措置を施すと作業場に連れて行った。


「渚珠ちゃん」


 誰となく、渚珠の前に集まってくる。


「無理すんなぁ?」

「へ?」

「誰も、渚珠ちゃんだけに責任取らせるなんて思ってないんだから」


 いつしか、四人全員が渚珠の周りに集まっていた。


「危ないことなら、何度もやってきてるじゃん。可憐さんだって、きっとそこまではって考えてるよ。最後まで協力する」


「みんな、いいの?」

「それがALICE(ウチ)のやり方でしょ?」


 最後まで見届ける役を渚珠に任せ、久しぶりに凪紗が陣頭指揮を執る。


 渚珠、奏空、美桜は最後まで二人とまわりのです安全の確保を優先とすること。弥咲はギリギリまで解決策がないか探すこと。自分は回収班をギリギリまで食い止めること。


「いい、けが人を出しちゃダメよ?」

「はい!」


 そこに可憐が戻ってきた。


「どう?」

「みなさん、ありがとうございます。私と悠介さんのために。私も分かっています。でも、もし、本当にどうにもならなくなってしまったら、これをお渡ししておきます」


 強制停止信号を発信できる。これを使用されたら、強制的に内部の回路を破壊されて即座に停止は出来るが、最後の別れの時間はなくなってしまう。誰もが使いたくなかったが、万一と言うことで悠介に持たされていた物だという。


 全員の意見で、渚珠が持つことになった。





「可憐、最後に無理をさせて済まなかったな」

「いいえ。言いましたよ。私は悠介さんのそばにいるのがお仕事です」


 客室に戻って、二人だけの時間になった。


「考えてみれば、もっと自由に過ごさせてあげてもよかった。いつもそばにいてくれたことは本当に嬉しかったけど、可憐の自由を奪ってしまっていたかも知れない」


「悠介さん、私は幸せ者なんです」


 ため息をつく彼の手をそっと握り、潤んだ瞳で頷く。


「本当なら、悠介さんとの時間はとっくの昔に終わっていたはず。それが形が変わったとはいえ、こうやって続けさせてもらえた。これを感謝せずにはいられません。だから、大丈夫」


 可憐は悠介の顔を見つめて、微笑みながら肯いた。


「おまえは、恐くないのか?」

「それは……、恐くないと言えば嘘です。きっと、私はリサイクルすることも出来ないでしょうから、バラバラにされて処分されてしまうと思います。でも、それよりも、私がいなくなることで、悠介さんが元気をなくしてしまう。それが心配で……、その原因となってしまう私自身が情けなくて……、悲しいんです……」

「なんてやつなんだ、おまえは……」


「悠介さん、確か私の体だけはまだ修理できると言ってましたよね?」

「あぁ」

「それなら、『私』は消えてしまっても構いません。悠介さんがこの『姿』を見ていることで救われるのなら、私はその選択肢を受け入れようと思います。いかがでしょうか?」


 首を横に振る。それは絶対にしたくない。


「可憐、おまえはおまえだから。その体に新しい人格が入ったとしても、それを『可憐』とは呼べないだろう。そんなものに俺は救われるとは思えない。それなら、俺は動かなくなったおまえのそばにずっと、それこそ最後までいる。それが俺の気持ちだ」


「悠介さん、私が悠介さんとずっと一緒にいられる方法、なんとか考えてみますね」

「あぁ、頼むよ」


 この日も、夕方まで二人海岸で語り合っていた。

 そのシルエットは、とても幸せそうにも悲しそうにも、夕焼けの闇の中に溶けていった。

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