2話
夜遅く、時計も午前2時を過ぎた頃だろうか。
ロビーの奥に人の気配があって渚珠は顔を上げる。
「あ、落ち着きませんか?」
都筑悠介というのが、宿泊カードに書かれた名前だった。決済システムに問い合わせても間違いないから本名なのだろう。
「本当にお騒がせして申しわけありません」
「いいえ。いろんなご事情をお持ちの方がいらっしゃいますから、それは大丈夫ですよ」
ロビーのソファーに腰を下ろした悠介も、疲れているように見えた。それでも眠れないのだろうか。
「あの……、私でよろしければ、お話を伺ってもよろしいですか? 何が助けが必要なら……」
この夜の到着といい、不思議な組み合わせの二人組ということもあり、何らかの事情はありそうだとは予想していた。
「そうですね、もうこの場所にたどり着けたのですから、お話をしてもいいのかも知れません」
渚珠の前で、彼は疲れたようにため息をついた。
「弥咲ちゃん、ごめんね」
「ううん。でも、あたしを希望してきたって?」
深夜で申し訳ないと思いながらも、悠介の口から弥咲の名前が出てきたこと。そして、彼らが弥咲に救いを求めてきているということが分かった。
渚珠がその話をすると、弥咲は嫌がりもせず、すぐに着替え部屋を出てきてくれた。
「お待たせしました。河嶋弥咲です」
静まりかえって、1箇所だけ明かりを付けているロビー。
扉を開けて制服で現れた弥咲に、悠介はようやく顔をほころばせた。
「ご迷惑をお掛けすることは重々承知しています。ですが、あなたにしか頼るところが無いのです」
深々と頭を下げた悠介に、渚珠と弥咲は顔を見合わせた。
明かりを暗くしている深夜の客室廊下を三人で進む。
二人の泊まっている部屋まで来ると、悠介は扉を開けた。
「どうぞ、お願いします」
ツインのベッドの片方は空いている。これは悠介が使っているのだろう。
そして、もう一つ、可憐の休むベッドに目をやったとき、弥咲は悠介を振り返った。
「指名してきた理由が分かりましたよ。どうりで……」
弥咲がベッドの端からコンセントに繋がっているコードを手に取った。
「見せていただいてもいいですか?」
悠介の許可を貰い、掛け布団をめくる。
コードはベッドの上に横たわる可憐の腰の部分で服の中に消えていた。
パジャマのズボンをそっと悠介がずらすと、腰骨の辺りの皮膚が一部めくれ上がっており、その中のコネクターに繋がっている。
マニュロイド、それが可憐の正体だ。大昔ふうに簡単に言ってしまえば、ロボットだったり、アンドロイドと呼ばれたりする、人間の形をした機械である。
海中、宇宙空間などという危険な場所、工場などの単純作業では、人間に代わりロボットが作業を行うのが一般的であり、初期は人の手で行われてきた作業が、手順が確立されると、機械に取って代わられることも多い。
彼らはその作業環境によって最適な形をしているのだが、やはり人型、そして人間の生活パートナーとしての存在も増えている。
特にこの一見人間と区別が付かないほど精巧に出来ているものを、マニュロイドとして区別している。
介護現場などで活躍することも多く、男性、女性、世代など様々な種類がある。
「いま、彼女はどういうモードですか?」
「夜間のセルフメンテナンスモードに入っているので、朝の5時までは目を覚ましません」
「そうですか……」
弥咲はズボンを元に戻し、あらためて視線を下ろした。
可憐だってこの状態を今日いきなり会った自分に見られることは嫌だろう。
不完全ながらも、ある程度複雑な感情のやりとりが想定されている環境で生活するマニュロイドには基礎的な感情が備わっている。体を見られて恥ずかしがるくらいであれば、可憐だって十分に持ち合わせているはず。
「何年になるんですか?」
目を閉じて、静かに寝息をたてている可憐は、このコードさえ無ければ普通の人間にしか見えない。
「私が二十歳の時からですから、もう25年になります」
渚珠もそれを聞いて驚いた。そうなると、悠介が四十五歳になる。それにしては年を取っているように見えてしまう。
「25年ですか? それはずいぶん長く一緒にいるんですね」
「はい。ですが、もう限界かも知れません。最後に弥咲さんに見ていただいて、それで決めるために……」
「追われていたんですね……。それで目立たない夜に……」
弥咲が可憐の手を握る。
「渚珠ちゃん、明日はメンテナンス棟をお休みにしてもらえる? あたし、しばらく作業場に籠もることになると思う」
「うん。分かった。えと、悠介さんは付き添われますか?」
「いや、可憐には私から話をします。弥咲さんのやり方で調べていただいて構いません」
朝からの予定を打ち合わせて、渚珠と弥咲の二人が戻っていく。
「弥咲ちゃん……」
「あ、ごめん。25年かぁ、厳しいかも知れないなぁ……」
これまで、こんなに寂しそうに話す弥咲を見たことがない。
200年前に残されたコンピューターから、データを取り出したこともある彼女がこれだけ弱気なのは、それだけ厳しい理由があるのだろうと思った。
「とにかく、やってみるよ。悠介さん、あんなに大切にしているんだもん」
渚珠に朝食後の作業開始を話すと、弥咲は部屋に戻っていった。




