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12話



「弥咲ちゃん、もう少し前」

「渚珠ちゃん人使い荒いよぉ」


 久しぶりの全員オフの1日。渚珠は荷物を船に積んで、あの島に来ていた。


 悠介の葬儀は、彼女たちの手で静かに行われた。もともと、子どもを含めた身寄りがいない彼のことだったから、どこに届けを出すかも問題になったけれど、それもすっかり落ち着いた。


 この日の朝、美桜は朝食の席で、悠介たちを眠らせてあげたいと提案し、みんなで用意してあった機材を船に積みこんで出発した。


 島に着いて、弥咲と渚珠がスコップで穴を掘った。

 この島は後でALICEポートのサテライトとして使わせてもらう予定だから、多少掘られたりしても平気なように深めに頑張った美桜が、そっと箱を持ってくる。


「はい、これ」

「うん、ありがと」


 遺骨にしてしまうと、あとで偶発的にでも見つかったときに厄介だ。二人にはゆっくり眠ってもらいたいと、悠介も婚約者の可憐と同じように灰としてもらった。


「美桜ちゃん……。用意できたよ」

「うん、ありがとう」


 器の中の全部の灰を混ぜて静かに収める。その横に悠介から預かったあの記憶チップを置き、最後に二人が別れ際に書き残した婚姻証明書を置いた。


 あのチップ以外は、時が経てば完全に土に帰ってしまう。万一発見されたときのことも考えたけれど、中の記憶を取り出すことは事実上できないという弥咲の言葉もあって一緒に埋葬を決めた。


「弥咲ちゃんごめんね力仕事……」

「まぁ、気にしない。美桜ちゃんこそ元気出して」

「ありがとね」


 この一件から、やはり一番心境に響いてしまったのが、悠介を最後まで看護していた美桜だった。


 彼らが最初にALICEポートを訪れて、悠介を診察をしたとき、彼女にはこの先の展開はある程度想定できていた。


 残念だけど、もう間に合わない……。

 正直に言えば、可憐が先か悠介が先か。そんな状態だった。

 それでも他のメンバーにはそれを伝えなかった。患者の病状は重要なプライバシー事項だから。


 ある日中、悠介が昼寝中だと可憐がひとりで美桜のところに来た。

「悠介さんは、厳しいですか?」

「えぇ、あなたは分かっているのでしょう? 正直、厳しい……」

「あの……、それではお願いです。悠介さんが最後まで痛みや苦しみを感じないようにすることは、お願いできますか?」

「つまり、ホスピスケアということですね?」

「はい。私がいなくなり、悠介さんが落ち込んでしまうことは分かっています。そこに自分の体の痛みと向き合わせるのは、私には伝えることが出来ません……」

「本当に、マスターさんのことが好きなのね」


 弥咲からの可憐の残り時間を聞いた。どんなに悪く見積もっても、このまま容態が急変しなければ、なんとかなるだろう。


 可憐を見送りたいという悠介と話し合って決めた。薬の力を使ってでも、彼女を見送るまでは頑張ると。その後は、彼の望みどおりにしよう。


 可憐を見送った後の悠介は、美桜に告げた。


「あとは、自然に時間ときが終わるのを待ちたいんです」

「分かりました。ですが、痛み止めだけは続けさせてくださいね」

「貴女のようなお医者さんは初めてですよ」


 このステージまでくると、もう治療というよりも、終末ケア(ターミナルケア)になってくる。


 美桜も研修医のころからこのようなシーンには何度も遭遇してきていた。周囲に残した問題もない、自分の終末期も理解しているなら、あとは静かにその時まで心穏やかに過ごして欲しい。


 スペースや環境に制限があるスペースコロニーの時よりも、このALICEポートは自由で選択肢もたくさんあった。暖かい日は海岸にも行けたし、真っ青な空の下で、美桜と二人で日光浴もできた。



 渚珠を連れて、サナトリウムのバルコニーで声をかけたとき、はじめは眠っているのかと思ったほどだ。すぐに呼吸がないことに気づいて脈を計ったときに、美桜はこれまで何人かの患者を看取ってきて、初めて涙をこらえられなくなった。


 渚珠に抱きしめられて、嗚咽を漏らした。


 単純に悠介を助けられなかったということではない。

 一組の男女の純粋な想いの結末に耐えられなかったから。


 遺してしまう彼のために奇跡を起こした彼女。そして、形だけでも二人の夢を叶えたいと願い、残り時間の全てを使った挙式。

 簡単に機械との婚姻は認められないという文言では片付けられなかった。


「美桜ちゃん、二人とも幸せそうに笑ってる。やれることはやったんだよ。美桜ちゃんもお疲れさまでしたぁ」

「ありがと……」


「これから、同じようなことが起きるかも知れないねぇ。やっぱりルナやコロニーでも、最後は好きなところでってケースも少なくないんでしょ?」

 

 奏空の言うとおり、このアクトピアの景色の中で最後の時間を過ごすというのは、ひとつの切ない願いでもあり、渡航が叶わないケースにおいては、本人の意志に一番近い環境でという終末ケアも、コロニーにおいて増えつつある。


「うん……、そうかも知れないね。だいたい最後はホスピス的な部屋に入ることも多いね」


 美桜が治療をする病室とは別に、サナトリウムの部屋を作ったのは、こういった経験をもとにしてのことだろう。




「さぁ、終わった」


 全てを収め終えた穴を再び埋め戻し、その上に二人の名前を彫ったストーンを置いた。


「あとは、悠介さんたちに管理はおまかせしましょう。また来ますね。凪紗ちゃん、弥咲ちゃん、作業終わった?」


 このあと、この島にはレジャー用の小屋と、航行標識用の電波ビーコンを設置するための準備作業がこの二人によって行われていた。



 渚珠が船を出して、五人で帰路につく。


「今回はおつかれさま」

「奏空ちゃん……」


 一番後ろで、いつまでも来た方向を眺めていた美桜の肩にそっと手を載せた奏空。


「あの三人は、ちゃんと想いが届いたんだもの。美桜ちゃんが悲しむことはないんだよ。それに最後までお見送りしたんだから、それで大丈夫」


「ありがと……」


「美桜ちゃんが元気なかったらね……。みんな分かってるよ。でもね、私たちのお仕事の中にはこういうこともあるって事なんだよね」


 (ポート)という場所がら、人との出会いと別れはいつも見てきているはずなのに。


「そうそう、美桜ちゃんがこの間言っていた計画、あれには私も渚珠ちゃんも賛成してる。また進めようよ」

「うん、そっかぁ。あれも考えなくちゃならないね」


 いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。まだここでやらなくちゃならないことはいくらでも残っているのだから。


 放っておけばこぼれてしまいそうな涙を、上を向いて何とかこらえた。


「うん、もうこれで終わり。さぁ、また頑張るよ私」


 暖かい南風が彼女の髪をかき回す。瞑った目を開いて、美桜は視線を船の前に向けた。


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