序幕:少年
私たちは、嘘っぱちに囲まれて暮らしている。
「明日のU市は雪の日だ」
昨日職場の人たちがそう話していたのを、唐突に思い出した。気象管理センターの決定だ。それならこのトンネルの向こうは、きっと一面の雪景色、なのだろう。
立ったまま地下鉄の窓に映る自分の顔を見ながら、深く溜息を吐いた。友人との約束の時間は既に過ぎてしまっているだろう。さっきT市の外れの駅を出たから、目指す駅まであと五分。このわずか数分の道のりがじれったい。
友人へ向けて遅刻の連絡を入れられない私は手持ち無沙汰で、身体を捻って辺りを見回した。
平日の割に車内は混み合っていた。目を引く色と言えば、座った乗客と乗客の合間にのぞく座席シートのクッション部分だけ。それも随分と褪せた青緑色だ。人々は皆面白みのないモノトーンの服を身に着け、虚ろな表情のまま、ここではないどこかへ目を向けている。
ふとその人混みの途切れた先、一人の少年と目が合った。
「あっ」
あの子だ、と瞬時に気付いた。耳にかかるくらいのふわりと柔らかそうな髪、澄んだ白い肌、そして何より大きく真っ直ぐな瞳の少年。彼から私へと注がれる視線を遮るものは、ない。
静まり返った車内で、人目も憚らず声を掛けようかと口を開きかける。彼はそんな私を射竦めた後、すっと踵を返して歩き出した。まるで雑踏が幻ででもあるように、するすると離れていく。追うつもりは、もうない。