Rêve de Violette -スミレの夢-
ある荒れた土地に、小さなスミレの種が一粒どこからともなく運ばれて来ました。
誰にも気付かれずに運ばれ栄養も十分にあるとはいえない土地へ辿りついたスミレは、その場所で長い間眠り続けました。
栄養が十分でなくても太陽の光を一杯に浴びた種はしばらく眠り続けたのち、外が暖かくなると小さな芽を出しました。
しかしスミレは誰にも気付かれることがなく、そこを歩く人々に踏まれてしまったりということすらありました。
スミレはそれに耐えることが出来ず、倒れたまま嘆き悲しみました。
このまま自分は誰にも見てもらえぬまま枯れていくのだろうか。そう思うと、もう上を向く元気すらありませんでした。
何日も倒れたまま嘆き悲しんだスミレは、ある日自分のことをじっと見つめる視線に気が付きました。
その視線は小さな少女のものでした。少女は倒れ伏しているスミレの芽を見ると、眉をひそめて立ち去っていきました。
自分を見つけてくれた少女に喜んだスミレが落胆し再び悲しんでいると、こちらへ向かって来る足音が聞こえます。
それは先程の少女の足音でした。少女はスミレのそばにしゃがむと持ってきた植物用の栄養剤を土にさしました。
両親に内緒で持って来たのでしょうか。走ってきたため頬を赤くし息を切らしながら満足そうに笑う少女は人指し指を唇にあて言いました。
「誰にも内緒よ」
栄養剤もとても美味しいものでしたが、それ以上に少女が自分に向けてくれた笑顔にスミレの心はとても温まりました。
それから少女は毎日のように訪れ、大きな瞳を輝かせながら色々な話をスミレに聞かせてくれました。
そのうちにスミレは誰かに見てもらいたいという漠然とした思いから、少女の笑顔を見るために綺麗な花を咲かせたいという思いを強く抱くようになりました。
しばらく経ったある日のこと。少女が来るのを待ち望んでいたスミレは、彼女が悲しそうな顔をしながらこちらに向かってくる姿を見て不思議に思いました。
スミレの前でしゃがみ泣き出した彼女が話してくれたことは、『この街にやってくる人が増えてきたので新しく駐車場を作ろうという話が出たこと。大人達が荒れたままのこの土地に目をつけたこと。アスファルトで地面が覆われてしまえばスミレが出てこられなくなってしまう』ということでした。
しかしスミレは今自分のいる場所以外の世界を見たことがないので、何のことか分からずにぼんやりとしていました。
ただ少女の笑顔が見られないことに悲しくなりました。
それからまたしばらく経ったある日、何人もの男の人がなにやら重そうな道具を持って荒地へやって来ました。
その日から何日も何日も作業をし、スミレは根から響いてくる振動と、少女が最近姿を見せないことに不安になりました。
いつの間にか周囲は生い茂っていた草は一本もなくなり、茶色く平らな土だけになっていました。
荒地の隅にいたスミレは抜かれてしまうことだけは避けられましたが、地面を固める機械に踏まれ、しばらくの間意識を失っていました。
スミレが意識を取り戻すと、周囲は真っ暗闇で上は硬いもので塞がれていました。これが少女の言っていたアスファルトというものなのでしょう。
上を向こうとしても向けないことに気が付いたスミレは、もう少女の笑顔を見ることが出来ないのかと思い泣き続けました。
アスファルトの下は色々な音が聞こえてきました。人の足音や話し声、時には心の声までもがスミレの中に流れ込んできました。
ある日のこと。聞きなれた足音が近づいてきたと思うと、スミレのそばで止まりまるであの少女のようにしゃがみこみました。そう、それは成長して少し大きくなった少女でした。
スミレは少女が来てくれたことを喜びましたが、すぐに少女が泣いていることに気が付きました。
どうして少女が泣いているのか分からず最初は戸惑っていたスミレは、少女の心の声が聞こえて悲しくなりました。
少女はスミレがアスファルトの下で悲しんでいるだろうと思い、そのことをとても悲しんでいたのです。
スミレと少女はしばらくの間お互いを想って悲しみました。
悲しんだあとに、スミレはこう思いました。
「もう1度、少女の笑顔が見たい」と。
その日からスミレは潰れていた身体をなんとかアスファルトの上に出そうと日々身体を伸ばす努力を始めました。
しかしアスファルトはとても硬く重く、スミレがいくら下から押してみてもびくともしません。
スミレはそれでも諦めませんでした。何日も何日もアスファルトを押す日々が続き、気が付くと数年の月日が経っていました。
ヘトヘトになりながら上を見あげたスミレは、アスファルトに小さな亀裂が入り日の光が差し込んでいる事に気が付きました。もう少しで少女にまた出会う事が出来る。そう思うと、スミレはまた力一杯アスファルトを押し上げました。
それからまたしばらくの月日が経ち、スミレはようやくアスファルトの外に身体の一部を出すことが出来ました。スミレはそのまま力を込めて残りの身体を外に出します。
そうしてようやく地上へ出た時に、久し振りに浴びる日光にスミレは目を細めました。その時、暖かい日差しに顔をほころばせたスミレの瞳に飛び込んできたのは、ずっとスミレが見たいと待ち望んでいた少女の輝くような笑顔でした。 〈完〉
今回は少し明るい話が書きたいと思い、スミレが主人公の小説を書きました。
少女とスミレの気持ちが通い合うというなんとも奇妙な話になってしまいましたが、私はスミレも植物としてではなく、1人の人間として心情を書いていきました。
この小説は誰にも見向きもされなかったスミレが、少女という大切な人を見つけることで生きがいを見つけ素晴らしい力を発揮するという話にしました。そういう人が1人でもいたら、実力以上の力が出せることってありますよね。
最近は悪いニュースを多く聞くので、少しでも前向きな話になればいいと思いながら書きました。地味な設定ながら前向きさが伝わればいいと思います!
最後まで読んでくださりありがとうございました。