Life is sweet
身を守る為に足掻くほど、身体は地へと沈んでいく。足が底に届くことはない。
じっとりとした空間で俺たちは手を握っていた。湿気と汗の臭いで埋め尽くされて、頭はおかしくなっている。ここで息絶えることは確定事項で、あとはこの残された時間をどのように過ごすのか、それが問題だ。
とりあえず手を繋いだ。残りの運命共同体。時間的な差はあれど、どちらかが助かるなんてことは余程ないだろう。外では爆撃音、指揮を取る人間の声、悲鳴と、あとなんか得体の知れないものの鳴き声。
「……まるで漫画みたい」
黙り込んでいた彼女の声と俺の思考がリンクして微笑んでしまう。普段の彼女だったら「何が面白いのよ」なんて言って頭を叩かれていたところだろう。そんな想像にも笑いがこみ上げる。思考と記憶の中でしか、もう感情表現をするきっかけもない。
微笑む俺を虚ろな顔で見つめる彼女を視線に捉えたまま、表情筋を動かすこともままならない。
「熱いね」
「そうだね」
「私たちどうなるの?」
助かるよ、なんて夢みたいなことを言って彼女は救われるのだろうか。ならば何を求めているんだろう、黙り込んだ俺に小さく謝りながら膝を抱え込んだ。
ミネラルウォーターは最後の一口。食料はもうない。その一口を口に含み、彼女にキスをした。
「ん、ぬるい」
「もう最後」
「うん」
「御馳走様でした」
人類を守るための地下シェルターは"アレ"にとっては玩具なのだろう。
特に俺の祖父母が残した、旧型の少人数用シェルターなどそれこそビー玉を転がすよりも扱いに容易い。命からがら逃げきっても、逃げ場はそれしか残されていなかった。思えば長生きしたほうだ。食事と水分も最低限しかない。言えども二人で過ごして二週間分は用意されていたのだ。通常の災害であれば救助を待つには十分な量だ。
異常なのだ。しょうがない。イレギュラーに対応する策など、一般市民に思いつく筈はない。
「ああ、ねえ、私携帯の充電器持ってるの忘れてた」
「繋がるかねえ」
「待ってね」
「……圏外だ、そりゃそうだよねえ」
「繋がってもどこに連絡するよ」
「警察も駄目だもんね……もうガラクタだ」
世界中が襲われているのだろうか、それともこの国が襲われているのだろうか。答え合わせもできないまま少し目を瞑る。
「嫌な話するわ」
「なに?」
「俺、次寝たら死んじゃうと思う」
「偶然だね、私も」
体力は限界だった。精神的にも限界だった。二人でいたからこそここまで持ったのだ。
最初は言い争いもしたが、体力の無駄を知った。穏やかでいることが一番の癒しだった。気持ちぐらいは小手先のものでも安らぎを得たかった。俺たちはお互いに癒しを求め、癒しあい、そして安らかに死んでいくのだ。
「心残りとかさあ、話したくないんだ」
「そうだね、最後ぐらいさっぱりしておきたいよね」
「あ、でもお風呂は入りたかった」
「それ漫画でもよく言うよね」
「ってか心残り言っちゃったわ」
少しだけ時間が巻き戻った気がした。このまま戻して、戻して、生まれるころまで戻して、また彼女と出会ってやり直したかった。未来がどうなろうが関係ない、ただ彼女との時間をもう一度。
足掻くのを止めたのは間違いではなかったと思う。諦めも大切なのだ。物事においても、命においても、諦めは大切なものだ。そして安らぐものもある。
「はあ、寝るか」
「疲れたもんね」
「やっと楽になるわ」
「音楽でもかけよう、最後に」
彼女の携帯からは結婚行進曲が流れ出す、最後の力を使い果たさせたいのか爆笑してしまった。頬を膨らませて横たわる彼女の頭を撫でた。
「キスしながら寝よう」
「笑ったくせに」
「最期のロマンス」
「くさいなあ」
小さな体を抱き寄せて、唇を重ねて眠る準備。最期の睡眠の安らかさたるや。
なんか体の力が抜けてきた。気を張り詰めていたんだろうな。全てが抜けていくような。彼女の体だけは離さないように抱きしめて、愛の言葉はまた来世。
人生は甘美なものだ。
20160918




