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Life is sweet

作者: rono
掲載日:2016/09/18


 身を守る為に足掻くほど、身体は地へと沈んでいく。足が底に届くことはない。


 じっとりとした空間で俺たちは手を握っていた。湿気と汗の臭いで埋め尽くされて、頭はおかしくなっている。ここで息絶えることは確定事項で、あとはこの残された時間をどのように過ごすのか、それが問題だ。

 とりあえず手を繋いだ。残りの運命共同体。時間的な差はあれど、どちらかが助かるなんてことは余程ないだろう。外では爆撃音、指揮を取る人間の声、悲鳴と、あとなんか得体の知れないものの鳴き声。


「……まるで漫画みたい」


 黙り込んでいた彼女の声と俺の思考がリンクして微笑んでしまう。普段の彼女だったら「何が面白いのよ」なんて言って頭を叩かれていたところだろう。そんな想像にも笑いがこみ上げる。思考と記憶の中でしか、もう感情表現をするきっかけもない。

 微笑む俺を虚ろな顔で見つめる彼女を視線に捉えたまま、表情筋を動かすこともままならない。


「熱いね」

「そうだね」

「私たちどうなるの?」


 助かるよ、なんて夢みたいなことを言って彼女は救われるのだろうか。ならば何を求めているんだろう、黙り込んだ俺に小さく謝りながら膝を抱え込んだ。

 ミネラルウォーターは最後の一口。食料はもうない。その一口を口に含み、彼女にキスをした。


「ん、ぬるい」

「もう最後」

「うん」

「御馳走様でした」


 人類を守るための地下シェルターは"アレ"にとっては玩具なのだろう。

 特に俺の祖父母が残した、旧型の少人数用シェルターなどそれこそビー玉を転がすよりも扱いに容易い。命からがら逃げきっても、逃げ場はそれしか残されていなかった。思えば長生きしたほうだ。食事と水分も最低限しかない。言えども二人で過ごして二週間分は用意されていたのだ。通常の災害であれば救助を待つには十分な量だ。

 異常なのだ。しょうがない。イレギュラーに対応する策など、一般市民に思いつく筈はない。


「ああ、ねえ、私携帯の充電器持ってるの忘れてた」

「繋がるかねえ」

「待ってね」


「……圏外だ、そりゃそうだよねえ」

「繋がってもどこに連絡するよ」

「警察も駄目だもんね……もうガラクタだ」


 世界中が襲われているのだろうか、それともこの国が襲われているのだろうか。答え合わせもできないまま少し目を瞑る。


「嫌な話するわ」

「なに?」

「俺、次寝たら死んじゃうと思う」

「偶然だね、私も」


 体力は限界だった。精神的にも限界だった。二人でいたからこそここまで持ったのだ。

 最初は言い争いもしたが、体力の無駄を知った。穏やかでいることが一番の癒しだった。気持ちぐらいは小手先のものでも安らぎを得たかった。俺たちはお互いに癒しを求め、癒しあい、そして安らかに死んでいくのだ。


「心残りとかさあ、話したくないんだ」

「そうだね、最後ぐらいさっぱりしておきたいよね」

「あ、でもお風呂は入りたかった」

「それ漫画でもよく言うよね」

「ってか心残り言っちゃったわ」


 少しだけ時間が巻き戻った気がした。このまま戻して、戻して、生まれるころまで戻して、また彼女と出会ってやり直したかった。未来がどうなろうが関係ない、ただ彼女との時間をもう一度。


 足掻くのを止めたのは間違いではなかったと思う。諦めも大切なのだ。物事においても、命においても、諦めは大切なものだ。そして安らぐものもある。


「はあ、寝るか」

「疲れたもんね」

「やっと楽になるわ」

「音楽でもかけよう、最後に」


 彼女の携帯からは結婚行進曲が流れ出す、最後の力を使い果たさせたいのか爆笑してしまった。頬を膨らませて横たわる彼女の頭を撫でた。


「キスしながら寝よう」

「笑ったくせに」

「最期のロマンス」

「くさいなあ」


 小さな体を抱き寄せて、唇を重ねて眠る準備。最期の睡眠の安らかさたるや。

 なんか体の力が抜けてきた。気を張り詰めていたんだろうな。全てが抜けていくような。彼女の体だけは離さないように抱きしめて、愛の言葉はまた来世。



人生は甘美なものだ。


20160918

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― 新着の感想 ―
[一言] 状況説明が文の中ほどにあることで、より逼迫感が伝わってきました。短編ながら何か長いストーリーを読み終えた後のようです。
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